2008年3月19日水曜日

お世話になったあの方に・・・

先週のはじめに、鼻水がでるようになりました。くしゃみもでました。喉は痛くないので、どうもカゼというよりは、花粉症かなぁ・・・と思っていたら、本格的に花粉が飛び出したと週の後半には、ピタっとおさまってしまいました。

花粉症のある方は、週の後半から「つらいつらい」と言い出しました。おや、ちがうのかなぁ。

今日は朝から天気はいまいち。雨かポツポツ。昼からはザー。花粉は落ちてしまいますから、花粉症の方は辛くなかったことでしょう。でも、自分は鼻がつまってしまいました。鼻が出て、患者さんとしゃべっていてもつらい。呼吸困難になりそうです。

カゼだぁ。間違いなく、カゼです。頭痛もあるし、下がり気味のテンションを保つのに精一杯でした。幸い、天気のせいか早めに終了できましたので、今日は早めに寝かせていただこうと思います。

と、思いましたが、長女が明日は高校の卒業式。お世話になった先生の似顔絵クッキーを友達と作りました。ほとんどは国語のH先生の似顔絵なんですが、ひとつ混ざっているのは世界史のE先生。1000点満点体力勝負のテストで、例のラインの奇跡事件の先生です。

今日、職員室に持って行ったそうです。当然、受けたようです。H先生は「腐るまでとっておく」と言ったそうですが、食えよぉ~!!

2008年3月18日火曜日

中日ファンが私を戦いに引き込んだ


2000年は20世紀最後の年。世の中は2000年問題に揺れて始まりました。自分は母校を辞して春から女子医科大学へ転出し、新しいスタートを切った年なのです。その年の9月はシドニー・オリンピックで盛り上がり、最後の種目の女子マラソンが9月24日に行われ、朝からテレビ中継で日本中が湧いたのです。なにしろ高橋尚子が優勝して金メダルを取ったんですから。

しかし、その日はそれだけでは終わらなかったのです。夕方から自分は長男を伴って外出。電車に乗って、ついた先は東京ドーム。巨人対中日の今季最終戦を観戦するのが目的です。この年のペナントレースはほぼ読売ジャイアンツの優勝は間違いのないところでしたが、中々優勝が決まらず巨人ファンは毎日いらいらがつのっていたのです。昨日もだめ、今日もだめの連続でしたが、チケットを持っている自分としては昨日決まらなくてよかった、という思いでした。

巨人も残り試合はあと4試合。今日は2位の中日を直接叩いて優勝する最後のチャンスです。球場内はただならぬ雰囲気。しかし中日に2回に頼みの先発上原が打ち込まれ3点を先取されます。一方巨人は中日の先発前田の前に沈黙。6回にも1点を取られ4対0となると、もはや今日の優勝は消えたという重苦しい空気だけがドームに充満しました。

6回裏の松井の打席が終わると席を立つ人がぞろぞろ。7回が終わるとどはどは帰って行きます。自分も帰るのに混雑するのはいやなので、長男に「帰るぞ」といいました。長男はさっき勝ったジャイアンツ・メガホンを振り回して、「もう1回松井に打席が回るから見ようよ」というのです。まぁ、めったに連れてこれるもんでもないので、まぁいいかということになって、最後まで見る覚悟を決めました。

そして運命の9回裏。先頭の村田は三振。しかし、ここからです。元木、高橋由、松井と3連続ヒットで満塁。ピッチャーはギャラードへ交代。次は? マルチネスだぁ~。でも三振。三振でよかった、と思う間もなく江藤の満塁同点ホームランが飛び出し、その怒号のような歓喜の声がおさまらないうちに二岡の弾丸がライトスタンドに突き刺さったのでした。

長男はジャイアンツ・メガホンがばきばきになるまでそこらあたりを叩いていました。長嶋さんが宙に舞い、ナインがグランド1周するところまでいました。帰りの地下鉄の中で、前に座っている人に、「今ね、逆転優勝したんだよ」と話しかけたくなるのをがまんするのに苦労しました。今でも翌朝の報知はとってあるんです。

どうだまいったか、中日ドラゴンズ!!

Nardyさんのコンソメ・レシピ

さとちんさんのリクエストに応えて、早速コメントを返していただきました。Nardyさん、どうもありがとうございます。ただ、そのままコメントに埋もれさせてしまうには惜しいレシピなので、こちらに移しておきます。なお、Nardyさんは心はアイルランド人(?)の薔薇栽培の名手にて、ハードロック命の大和撫子であります。

以下コメントより転載

えぇ~、なんかリクエストが来ていますが、最後にやったのは2年前くらいなので記憶が・・・

コンソメの作り方は、本来は一度出汁を取ったあと、さましてから、再び野菜と細かく切った肉と卵白を混ぜたものを加え、中~弱火で沸騰させて、ポコポコと数時間煮込む・・・のだったはずです。

ポトフの再利用では、4人分(600~800mL)で卵白2個分くらいを軽くほぐして、冷めた状態の残り汁(野菜くずなどは一度濾しておきます)に混ぜて、中~弱火にかけて沸騰させます。

沸騰したら超弱火でアクと卵白と油が固まって蓋のように浮いてくるまで煮ます。スープがきれいになったら火を止めて、ガーゼとかリードのクッキングペーパーみたいなものを敷いたざるで、お玉でなるべくゴミを入れないようにスープだけをすくって濾します。

これに塩でちゃんと味付けをして、私は最後に醤油を1滴垂らしてできあがりにしています。

洋風卵豆腐や、野菜の千切りのゆでたものや、小さくつくった鶏肉のクネルなんかを浮かすと本格的ですよ~

2008年3月17日月曜日

簡単アイントプフ

アイントプフはドイツの家庭料理で、コンソメスープにソーセージやじゃがいも、ニンジンなどをいれて煮込んだもので、庶民的なものの代表だそうです。

フランス料理のポトフは同じようなものですが、煮込んだ後にスープと中身は別々に食べるのだそうです。アイントプフは、それぞれの家庭で味が決まっていて、どれが本物というのはないそうなので、うちのはこれ!っていえば、それがアイントプフになるわけです。

うちのはコンソメスープで作りました。ソーセージ、じゃがいも、たまねぎ、キャベツ、いんげんをことこと煮ました。ジャガイモも小さめに切れば、15分くらいでOK。時間もかからず、野菜を食べれて、美味しいんだから文句のつけようがありません。

時間が無いときの一品にお勧めですし、冷蔵庫の整理にも役立ちます。

2008年3月16日日曜日

逆立ちしたってクリニックは病院にはなれないからな

そうなんです。大多数のクリニックは院長が唯一人の医者で、さらに入院するためのベッドを持っていません。もちろん中には、複数の医師が勤務するクリニックもありますし、最大19床までのベッドを持っているところもありますが、それは大変わずかです。

病院は、複数の医師が分業化した様々なスタッフと共同で医療にあたり、連続的な治療が必要な状況では入院という方法で経時的により密度の高い医療を行うことができます。その中でも大学病院を中心とした大規模な病院は、研究と教育という医療全体の底上げの使命も担っています。

Dr.Mの本日のブログで、今の医療問題の一端が大変分かりやすく書かれています。萎縮医療、防衛医療といった言葉は本来さびしい話ですが、現実に今の日本の現状であることは否定できません。

いきなり、根底からひっくり返すことはかなり難しいことだとは思いますので、目先のことから改革していくことは間違ってはいないのでしょうけど、それにしてもあまりに現場を無視した数々の制度変更は、ますます医療の昏迷を深めているだけと考えている医師は少なくないでしょう。

例えば、4月からの診療報酬改定の中でクリニックの再診料が平日6時以降と土曜日12時以降の時間帯で引き上げられます。500円値上がりしますので、3割負担の方は150円の負担贈となるのです。これは「もっと金を出すから病院の負担を減らすためにクリニックは休まず働きなさい」という方針の現れの一つです。

病院の機能を引き出すために、入院の必要のない軽症の病人をクリニックに誘導しようという発想は間違っていないと思いますが、患者さんの立場で考えると、現実に値段が高いクリニックにわざわざ行くでしょうか。土曜日の午後に病院に再診して薬を出してもらうと3割負担の方だと540円くらいかかりますが、4月からはクリニックにかかった場合には730円程度かかり、200円くらいよけいに必要になるわけです。

もちろん、その時間にしかかかれないという方もいますが、それなら午前中に受診しようということになれば、混雑して一人あたりの診療時間はますます減ってしまいます。だったら積極的にそういう時間に診療をしようと思っても、スタッフに働いてもらうためにはさらなる人件費がかかりますし、だいたいスタッフがそろうでしょうか? むしろ病院に受診した場合の方が自己負担が多くなるように改定することはできないのでしょうか。

逆に病院はクリニックにはなれないわけで、はっきりとして機能分離を前面に出していくことが必要です。最初に書いたように、クリニックと病院の最大の違いは医療の密度と入院ができることです。いずれにしても、まず医療費削減を前提とした改定が続く限りさらに医療の問題は迷路に入っていくのでしょうね。高齢者は増え続け、医療費が増え続けることは避けられないのですから。

とにかく何十年かして「昔は良かった」とか「古き良き時代」といってもらえるような今であるように、できる範囲で精一杯がんばることしかできない小さなクリニックの院長のぼやきでした。

整形外科医は内科をする人ではなかった

整形外科で糖尿病の知識はいるか? って、基本的にはいらないわけですが、でも糖尿病で必ず起こってくる三大合併症というのがあって、目と腎臓と、そしてもう一つが末梢神経。この末梢神経障害の自覚症状というのが、手足のしびれとくれば整形外科にくることが多い。

こういうときに問題になるのは、原疾患の科の病気として扱うのか、あるいは症状が出ているところの科の病気として扱うのかということです。現実問題、糖尿病のコントロールがちゃんとついていなければ悪くなる一方ですし、そのうち筋肉の萎縮も加わってくるわけで患者さんは整形外科に相談に来ることが多くなります。

さらに動脈が閉塞して血流障害から手足が腐ってしまうような重篤な合併症を起こせば、もはやどう見ても内科ではどうしようもない。また、世の中には糖尿病を持っている整形外科的疾患の患者さんは山ほどいて、手術をする場合には短期的な血糖値のコントロールを余儀なくされるわけです。

そんなわけで、多少の勉強は整形外科医もしなければなりません。高血圧とか高脂血症とかのような内科的な疾患についても同様のことが言えます。大きな病院にいるときは、すぐに専門科の先生に相談ができますが、開業しているとなかなかままなりません。

ましてやリウマチの患者さんは、もともといろいろな薬を使用しているため全身をまんべなくチェックしていく必要がありますから、内科的な最低限の知識は必須と言うことになります。さらに当直バイトをしていると、内科的な問題ばかりなので、医局にいるときは、こうやってブログを書いているか、常勤の先生の本を借りて読んだりすることが多くなります。

それはそれで、勉強になっていいわけですが、不整脈が連発している状況でひやひやしながら手術をやったり、簡単に下がらない高血圧の患者さんに微量点滴を細かく調節しながら心臓に直接影響するような薬を使ったりするのは慣れていないので疲れますわぁ~・・・といいつつ、今日も当直にいそしむのでありました。

Stephane Grappelli in Paris

グラッペリといえばジャズ・バイオリンの草分けの一人(ちーぷさんもお気に入り)。フランスジャズの世界はジャンゴ・ラインハルトが元祖みたいなもんですが、ベルギー人のジャンゴの場合はジプシーギターがベースにあって、そのパートナーであったグラッペリは生粋のフランス人。より優雅な雰囲気の漂う音色は多くのヒトを魅了し、1998年に89才で亡くなるまで現役で活躍したわけです。

最近地元フランスでの録音シリーズのBOX SETが発売され、大変格安で手に入れました。たいていはHMVを利用しているのですが、今回はamazonから購入。7枚組のセットがHMVではおおよそ10000円(割引がつけられればおおよそ9000円)で、ばらばらに購入することを考えれば十分に安いのですが、amazonはその上を行く7000円台です。他の通販では12000円くらいが多く見られますので、これは絶対に買いの値段。

さて中身はオスカー・ピータソンとの競演盤2枚の他にコール・ポーター演奏集、スタッフ・スミスとの競演盤など主要な物が含まれていて、曲目もジャズ・ファンなら何度も聞いたことがあるスタンダードが一杯詰まっています。黒人のfunkyな演奏と違い、優雅な響きを漂わせるバイオリンはフランス料理フルコースをゆったりと楽しむようなところがあります。

とにかく無条件に楽しく、自然と足が動いてしまうのです。まじめに聞いてもよし、BGMで聞き流してもよし。しばらくクリニックのBGMに登場する回数が増えそうです。

2008年3月15日土曜日

関節リウマチ2008

関節リウマチの治療法は21世紀に入って劇的に変化しており、我々のような専門をうたっているものにも、ついて行くのは大変なことです。まして、インターネットの普及により、一般の方も簡単に様々な情報に接することができるため、正しい情報を選択していくことはきわめて重要なこととなっています。

昨年は診断上大変に有意義な抗CCP抗体測定の保健適応がなされ、日本で2番目に登場した生物学的製剤のエンブレル(エタネルセプト)の一般使用が解禁となりました。そして年末のエンブレル副作用報道の騒ぎまで何かと話題に事欠かなかった一年間でした。

しかし今年はさらに大きな話題があります。それは第3、第4の生物学的製剤の登場です。最近の厚生労働省の薬事審議会でアクテムラ(トシリズマブ)が承認され、さらにヒュミラ(アダリムマブ)も続いて承認される見通しとなっています。そうすると、おそらく夏頃に製品として市場に出回ることになる物と考えられます。

生物学的製剤とは、関節リウマチの病気で関節内で実際に骨破壊に強く影響しているサイトカインを攻撃する薬で、直接的な効果が期待できるわけです。2003年に日本で最初に登場した生物学的製剤はレミケード(インフリキシマブ)で、その絶大な効果はそれまでのリウマチ治療では考えられないくらいのものでした。

ただし、マウス型とヒト型の混合であるキメラ型とよばれる性質から薬を無効にしてしまう中和抗体と呼ばれる物を体内に作ってしまう可能性があり、そのために免疫抑制効果のあるメソトレキセート製剤を服用し続ける必要がありました。また、数時間かけての点滴で行うため、患者さんにも医療施設にも負担が大きかったことは否定できません。

ヒュミラはレミケードと同じ抗TNF-α抗体と呼ばれるものですが、完全ヒト型であることと皮下注射による投与が可能であることから、レミケードの欠点を大幅に改善した物といえるでしょう。もう一方のアクテムラはすでに別の自己免疫性疾患の治療薬として使われており、やはり絶大な効果が認められています。こちらは抗インターロイキン6(IL-6)受容体拮抗薬という位置づけにあり、点滴での投与となりますが、ターゲットとなるサイトカインが今までの物とは違う(エンブレルもターゲットはTNF-α)ので、他の薬で無効だった方にも効果が期待できます。

今までながれからすると、いずれも新薬は専門医のいる施設が登録しての限定的な使用から始まり、使用する場合には厚生労働省への全例登録ということが義務づけられることと思います。そして1年間程度の期間を経て、一般使用が許可されるということになると思われますが、この期間に副作用問題を含めた最低限の使用に際してのノウハウが蓄積されていくことになるわけです。

自分のクリニックもリウマチを専門としてやっているからには、これらの新薬も使用できる体制はとっていくつもりですが、この全例登録期間は慎重な対応を求められるので、今後様々な情報を取得していく必要があります。

何故広告はこうも大変なの?.

うちのような貧乏クリニックですが、細々と広告なるものを出しているわけです。特に3月から4月は転入・転出のシーズンですから、新しく都筑区に住まいを移してきた方々に認知してもらうことは大変に重要なわけです。

さらに横浜市営地下鉄グリーンラインがもうじき開通すると、今までの青葉区以外に港北区や緑区からも直通で来やすい位置にあるので、このあたりにも知られたいと思うのは当然なわけです。

医療については実質的な広告は厳しく規制されており、その網をかいくぐったぎりぎりの企画へのお誘いというのもしばしばあるわけです。全国誌でよくある名医紹介特集にのせませんか? みたいなのはそういう一つ。いずれにしても高い掲載費を工面するわけにもいきませんので、ごく限られたものに限ってやっているわけです。

まず、ビタミンママ。地域のおかあさんのための口コミ誌としてスタートして、だいぶ大きな情報基地として成長しています。開業からお世話になりましたが、それなりの数の患者さんが来院するきっかけになっていると思われます。読者やホームページの利用者はおかあさんが多いので、うちが力を入れている関節リウマチの患者さんの年齢層がかぶってきます。また、スポーツによる問題を含む小児整形外科の対象にもなっています。

お店などで無料で配布するパドの地域のドクター特集はディレクトリーとしての役割がありますので、昨年に続いてのせることにしました。各家庭に配布される都筑区医療マップも同様の意味で継続している媒体です。近くの町の自治会回覧板にも載せています。これらはいずれも数万円程度で比較的安い割には、保存性があって長期間継続しての広告効果が期待できるものと思っています。

そして看板広告として唯一のもので、最も金がかかっているのがセンター南駅改札を出て北側の出口5番に降りていく長いエスカレータの上の電飾です。もともとかなり大きめの物で、年間で100万円近くかかっていたのですが、今は同じビルのただ内科と共用しているので、だいぶ安く使えるようになりました。また、みなきたウォークができて、さらにコーナンの開店により人の流れが出始めたので、その効果はますます大きくなっていると思われるので、何とか死守していかなければと思っています。

そして、金がかからず絶大な効果が期待できるのがホームページです。クリニック全般のページ関節リウマチ専門のページ、そしてこのブログ。それぞれを何とか生かしてクリニックを知ってもらうことが、最も重要であると考えているわけです。特に同じ階の木村泌尿器皮膚科木村先生の知名度はインターネットを通しても抜群で、何とかその大きなお腹に小判鮫のようにへばりついていっておこぼれををいただかないと。

それとビルの入り口の立て看板や、最近裏に張り出したポスターなどは手作り品で、よく見ると大変にお粗末な物なんですが、現場を知ってもらうためには効果的だと思っています。横浜市の地域の条例でセンター南駅周辺のビルを飾ることはいろいろ規制があるため、ゲリラ活動で行っていて、ビルのオーナーにも怒られるのを覚悟でやっているところがあるんですが、幸い理解のある方で何とかお目こぼしにあずかっています。

でも結局は口コミが一番であることは、本当に思い知らされましたので、とにかくしっかりとお話しして、できるだけ早く治して、患者さんとの良好な関係を作っていくことが最高の宣伝活動であることはまちがいありません。

2008年3月14日金曜日

卒業

3月も半分を終え、ついこの前お正月と思っていたのにあっという間にサクラの便りを待つ今日この頃です。卒業は今の時期の一大イベントでして、誰でも何回かの卒業を経験しているわけです。

心から友人との別れを惜しんだこともあるでしょうし、この後にくる新しい出会いにわくわくしたこともあるでしょう。学校の卒業以外にも、仕事の上の卒業もあったかもしれません。

人生の節目は多くて困ることはありません。もちろん多すぎては問題かもしれませんけど、人は同じことばかりやっていたら飽きがきますから、絶えず自分のモチベーションを維持していく上でも、一定期間で区切ってその成果を総括する卒業というイベントは意味がありますよね。

我が家では長女が高校を卒業します。幼稚園、小学校、中学校に続いて4回目の卒業式はいよいよ来週。ここまでは親の責任は重大で、こどもの成長はイコール親の成長でした。大学からは半分大人ですし、自分で責任をしっかりともって貰う必要があります。

自分の卒業式はどうだったのかなぁ。あまり覚えていないんですよね。高校の卒業式は、意外とそれまで不良ぶったやつも皆学生服を着て記念写真におさまったんですよね。大学は、いろいろな学部と一緒で何が何だかよく覚えていない。成績優秀者が代表で証書をもらうので、自分らのような凡人はとにかくその他大勢として並んでいるだけです。ときメモのようなわくわくするようなエンディングとは、まったく無縁なわけです。

そんなですから、こどもにはできることなら、きちっとた思い出としていつか卒業を思い出せるようになってもらいたいものだと思います。長女は、もしも今回そうでなくても、まだ大学の卒業がのこっていますから、是非すばらしい青春を送ってもらいたいものです。

長男は来年高校を卒業するわけで、高校生としての最後の1年間をどこまで充実した物にしてくれるのでしょうか。そして、次男は・・・ノートに落書きしている場合じゃないよ。

2008年3月13日木曜日

いい医者になるのだな…

今日は午後は大学で外来、その後は新宿の京王プラザホテルまででかけてきました。T教授の退任記念式に出席するためです。久しぶりの大都会という感じで、知らない土地にいるようなものでした。

それにしても東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターで勉強できて良かったと思います。多くの先生方と知り合え、それも某大学の教授や助教授に転出した偉い先生とため口をきけるなんて、ちょっと想像もできないことです。あらためて日本で最もリウマチ患者さんが多い施設であることを実感し、誇りに思うことが出来ました。

そこには事務職で働く人、検査技師さん、レントゲン技師さん、リハビリのスタッフそして看護師さんなど多くの方のサポートがあるのです。実際教授もこれらの方々のサポートがあってやってこられたわけで、今の自分のようなわがままな外来をやらせてもらえるのも、全てのスタッフがしっかりと自分の仕事をしているからなんですよね。ほんと、いいところです。

このセンターとの縁を作ってくれたT教授には感謝しても感謝しても足りません。医術を実践する医者としての自分(アプリケーション・ユーザー)にとっては、これからもちょっとは知識を刺激する医学者としての部分を刺激してくれると思います。

クリニックで一人で医療を行っていると、しだいに自分の殻の中に入っていってしまう気がするんですよね。それが正しくない方向に向かっていることはいくらでもあり得るわけで、自分を正すことは大変重要なことなんです。

今日は食事よりも話に夢中になってしまい写真がありません。帰りに渋谷で撮影した都会のネオンでご勘弁を。公園通りバルコ前。スクランブル交差点なんて久しぶりに見たなぁ。

2008年3月12日水曜日

意外と、料理も楽しいようで

そもそも料理ネタが多いのは何でよ? って、誰も質問してくれないので、勝手にお答えすることにしました。まず、時間が無い、というかまだ外食に走る経済的余裕が無いのでお店めぐりができません。ということは、作るしかないという現実的な理由があるわけです。

それはともかく、料理自体が嫌いではない、というか年取って医者をやめたら、のんびり飲み屋のおやじになりたい・・・なんてことを常々考えている(らしい)。メニューの無い店で、今日はこれを食べてよってんで、勝手に作った物を出すというのが理想。半年くらい稼いだら、半年はお店は休業して遊んで暮らす。なんて生活をしてみたい。まず無理でしょうけど。

料理をするルーツは何だったんでしょうか。考えてみると、小学生の時の家庭科の授業まで遡るんですな。いくつか作ったんでしょうけど、最初に作ったメニューが最もインパクトがあって、今でも覚えている訳です。

それはほーれん草のソテーとサラダのドレッシング。バターを溶かして、ほーれん草を炒めて塩こしょうで味付けするだけ。こんなシンプルな料理がめちゃめちゃ旨かった。今でも重要なレパートリーなのです。ドレッシングはサラダオイルとお酢を同量いれて塩こしょうで味付けという、これまたいたってシンプル。これもめちゃめちゃ旨かった。こちらも今でも基本レパートリーになっていて最後はここに戻ってくるという味なのです。

大学に入ってからは、テニス部は朝練があったので、5時に起床して5時半に家を出て6時新宿始発の小田急線急行に乗る。そして帰りは暗くなるまで練習して家に帰ると早くて9時くらいになるという生活をしていたのです。そうすると親の顔を何日も見ないなんてことがあって、自分でご飯を用意するしかないわけです。

臨床実習が始まるとアパート暮らしとなり、ますます料理をするしかない状況になります。さらにすぐ近くに住んでいたテニス部の先輩が、お茶碗とお箸を自分のアパートに置いていたので、ますます料理をするはめに・・・さらになじみになった近所のお店で、これはこうやって作るというような話をよく聞きまして、しだいにこんなになっちゃった、という訳だったんですね。

2008年3月11日火曜日

カレー臭

カレーを食べたくなった。タマネギをみじん切りにして、炒め始めた。しかし、そこでカレールーが無いことに気がついた。ガビ~ン!! しかし、今さら後には引けない。しょうがない、粉から作るか。

こういうときはS&Bの赤いカレー粉の缶がありがたい。ドライカレー用に買っておいてよかったです。そこで、カレー粉作りなんですけど、フライパンにカレー粉の他に一味唐辛子、粗挽き黒こしょう、ガラムマサラ、セージ、オルスパイス、オレガノなどうちにあるありとあらゆるスパイスを混ぜ合わせ弱火で煎ります。

炒めたタマネギに肉を加え、しょうがとにんにくを入れて炒め続けます。ニンニクは例によってできるだけ一杯。さらに小麦粉をてきとーに振りかけて和えます。どろどろが好きな人は多めに入れます。でも、小麦粉は少なめにして、途中でパン粉を入れた方が糊状にならずにインド風になるんですよ。

水をまたまたてきとーに入れます。コンソメをいれてケチャップ追加、本当はトマトピューレとかホールトマト、できることなら生トマトを煮つぶしたいところなんですけど、無いのでがまん。煎っておいてカレー粉をとばーっと入れて煮込めばできあがり。

あっというまに売り切れでできあがりの写真を撮るのを忘れていました。そのかわり、家の中はカレー臭で充満することは覚悟してください。加齢臭ではありません。

2008年3月10日月曜日

あきらめて 年を取ったと 老眼鏡

ついに買ってしまった老眼鏡。いままで随分抵抗したんですけれど、いろいろ困ることが増えたんですよね。

思えば勤務医やめたのは、手のしびれと老眼で、手術がつらくなったからだったなぁ。でも、開業しても手術をやめられず、しびれはでなくなったけど、近い物が見えにくいのは変わりません。特に手の手術をしていると、細かいところが多く、思わず顔を近付けてしまうのですが、そうするとよく見えない。顔を話すと、遠くてよく見えない。

最初は百均の安物でいいや、と思っていましたが、どうも度数の弱い物でも目が疲れるんですよね。眼鏡屋さんで測って貰って、その原因がよくわかりました。

もともと右目は視力は0.2位で乱視あり。左は0.7位で、両眼の裸眼視力はかろうじて眼鏡無し運転可というレベルなんです。ですから、ほとんど左目だけでしか見ていないらしいんです。ですから、両方同じ度数の老眼鏡をかけると、左右のバランスが悪すぎて目が痛い。

でもって、老眼の度数は左+1.25で右+0.5というバラバラになって、実際かけてみると大変見やすいわけです。それにしても、年取ったなぁ~、はぁ~。