もしも、世の中に果物がりんごとみかんしかなかったら、わざわざ名前で呼ぶ必要はなく、こっちとそっちだけで事足りてしまいます。そこにイチゴが加わっても、あっちが増えるだけ。
ところが、さらにキウイとか、バナナとか、パイナップル、柿にびわ、ぶどうやらすいかにメロン等々と増えてくると、代名詞だけでは無理になってくるわけで、ちゃんとした名詞が必要。それぞれに固有の名前をつけて呼ぶ必要が出てくる。
じゃあ、キャベツはどうなのというと、甘くないし、どうも今までのものとは何かが違う。そこで、それまでのものは果実という集合名詞で呼んで、キャベツは野菜として分類しようということになるわけです。
つまり、特徴が似ているものを整理していく手法が分類であって、知識量が増えてくると物事を分類しないと頭に入ってこないのです。ただ、分類する根拠については、主観的なところがあって、人によって微妙に異なる場合があってやっかいな時がある。
でもって、本題なんですが・・・小説とか映画とかでよく使うサスペンスという言葉なんですが、これが実に難しいと思うんですよね。サスペンスとは何ぞや。何となく使っていますが、実際のところきちんと定義することはできるのか。
スリルとサスペンスというように、使う場合があります。スリルは比較的簡単。スリルとは、ドキドキハラハラするような心理状態のこと。笑いから来てもいいし、恐怖から生まれてもいい。でもスリラーという場合には、怖がらせるものに限定して使われている。
サスペンスは、ズボンのサスペンダーに由来して、人の気持ちを宙吊りの不安定な状態にするようなものということらしい。となると、何らかの不安を抱かせて観客の緊張を生み出すことが必要不可欠ということで、主としてその手段は犯罪が中心になってくる。
通常は、誰が犯人なのかわからないというような、じわじわと不安感をあおり続けるような状況が多い。ところが、突然襲ってくる不安の場合にはサスペンスとは呼ばず、どちらかというとホラーとなり、そこに血が飛び散るとスプラッターでしょうか。
ヒッチコックがサスペンス映画の神様と呼ばれる所以は、まさにそういう観客の不安感をうまくコントロールする映画を作ったからで、 演出・脚本・撮影のいずれにもいろいろな意図が隠されていたことは、「映画術(トリフォーとの対談)」の中で明かされています。
特に「鳥(1964)」では、何度も鳥が人を襲うのですが、そのパターンはすべて異なり、サスペンスの教科書のような存在です。何故鳥が襲ってくるのか最後まで提示されない状況が、観ている側に持続的な不安を抱き、ところどころで実際の襲撃を直接的・間接的に見せることで予想できないショックを与えるのです。
今の映画の作り手が、映画を作ろうとしたら、特にそれがサスペンスならなおさらのことヒッチコックの影響なしということはまずありえない。どこかで何らかのひっかかりはあって当然でしょう。特に1980年に亡くなった直後には、ヒッチコックへのオマージュとして、直接的なヒッチコック風の映画が数多く作られました。
もちろん全部観たわけではないのですが、少なくとも何本かのなかかで印象に残っているのが「殺しのドレス」です。監督はブライアン・デ・パルマ。70年代に「キャリー(最近リメイクされました)」で一躍有名になったヒッチコックの影響が色濃く出ている監督の一人です。
この映画では、明らかにヒッチコックの「サイコ」を強く意識した作りになっていて、日本ではその直前にTVシリーズの「女刑事ペパー」で人気になっていたアンジー・ディキンソンのシャワー・シーンが冒頭にあり、いきなり襲われる(幻想)からスタート。
美術館のシーンもいかにもヒッチコック的。そして主役と思っていたディキンソンが、エレベータ内でのナイフで殺されるところも「サイコ」全開です。そしてエンディングではナンシー・アレンのシャワー・シーンで再び・・・
じわじわと長回しで主観的に迫っていく撮影は、後にデ・パルマ・カットと呼ばれる熱狂的ファンを生み出すのですが、ここでは実にヒッチコック的。「サイコ」や「フレンジー」などの冒頭で、ヒッチコックが見せた遠景から連続的に人物のアップに寄っていく「客観から主観」の手法を取り入れたもの。
デ・バルマは「ボディ・ダブル(1984)」では、「裏窓」と「めまい」をモチーフに取り入れていて、ヒッチコック好きからすると、思わずニヤニヤしたくなる映画監督なのです。「ミッション・インポッシブル(1996)」では、夜のプラハのシーンにヒッチコックを感じる部分が少なくありません。
まぁ、誰が分類したのかサスペンス映画という枠組みがあって、いろいろなものが含まれているので正確に定義することはかなり難しい感じがするわけですが、とりあえず「ヒッチコックの映像手法を直接的・間接的に取り入れた映画」と言うこともできたりするという話でした。
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