2021年8月21日土曜日

アンダー・ザ・スキン 種の捕食 (2013)

弦楽器の神経質な不協和音が響くなか、遠くに見える小さな光にゆっくりと近づいているのか、それとも光が大きくなっているのか、なんて思っていると急激に強い光に変わる。ドーナッツ状の物体が現れ、何かが中心の穴に接続していくと、意味のない断続的な女性の声がしてきます。円形の物はさらに眼球の虹彩に変化し、タイトルの「UNDER THE SKIN」がシンプルに表示されます。この冒頭のシークエンスだけでも、不思議感満載です。

一転して、夜。川沿いの道をバイクの光が動いています。バイクは停まっている白いバンのところで停車し、ライダーは川の土手を降りていったかと思うと、女性の死体を担いで戻ってきて、バンの中に放り込む。バンの中は真っ白な空間で、裸の女(スカーレット・ヨハンセン)が、死体から服を脱がせて身につけます。

女はバンを走らせ、、何人か通りがかりの男性に道を尋ねます。一人住まいの自営の男を見つけると声をかけ廃屋に連れ込みます。その中は真っ黒な闇に包まれた空間。服を脱ぎながら進む女を、男が服を脱ぎながらゆっくり追うと、男はしだいに黒い床の中に沈み込んで消えていきました。

女は海岸で海から上がってきたキャンプをしているという男に声をかけますが、ちょうどその時溺れている夫婦がいて男は助けに行きますが、彼も溺れてしまいます。女は倒れている男を石で殴りつけバンに引きづりこむ。バイクのライダーが男のキャンプ道具を片付けます。

クラブに現れた女は、一人きりだという男を誘う。この男もまた黒い闇に沈んでいく。闇の中に浮かぶ男の前方には海にいた男が漂っています。海にいた男は、急激に中身が吸い出されたようにしぼみ皮だけになってしまい、赤い液体状のものが流れ去っていきました。

ライダーが現れ、女の周囲を回って何かを入念にチェックして去っていきます。次に女が声をかけたのは、腫瘍で顔が変形している男でした。女性と付き合ったことが無いという男もまた黒い闇に沈んでいくのですが、その後、女は鏡に写っている自分を見つめる。そして沈んだはずの男は裸のまま廃屋の外に出ていくのです。しかし、ライダーがやってきて男を回収していきます。

霧の深い山道でバンを捨てた女はレストランでケーキを注文しますが、吐き出してしまいます。逆に、バス停で男に声をかけられ男の家に泊めてもらい、女は姿見の鏡に写る自分の裸体をしげしげと眺めます。そして4人になったライダーは、様々な方向に走り去っていく。女は男とベッドを共にするが、途中で飛び起きて自分の股間を確認するのです。

森林を彷徨う女に作業員の男が声をかけます。男は女を追いかけてきて捕まえ強引に服を脱がそうとする。しかし争っているうちに、女の肌が服のようにはがれて男は愕然として逃げ出します。女はウエットスーツを脱ぐように敗れた皮膚を脱ぐ、下から真っ黒な皮膚が現れます。戻ってきた男はガソリンをかけ火をつけ、女は燃え尽きます。

・・・というわけで、超異色のSFスリラーで、この年の話題をかなりさらったのは、スカーレット・ヨハンソンのヌード・シーンがあるから・・・だけではありません。監督はジョナサン・グレイザーで、2004年にはニコール・キッドマンを起用した「記憶の棘」という話題作を作った、主としてPVやCMの仕事をしている人。

ミッシェル・フェイバーという人が書いた原作小説があるので、エイリアンが人間を食用に捕獲している話だとわかりますが、映画では台詞らしい台詞は皆無なので、男を誘うヨハンセンと沈んでいく男をひたすらスタイリッシュな映像で見せられるだけ。とはいえ、毎回少しずつ趣向を変えてくるので、なかなか興味深く見続けることができます。

しかし、しだいに女は人間に対する情のようなものが芽生えてくるところが、この映画のすべてと言ってもよさそうです。ライダーは女の仲間であり、仕事をする環境を整え、ちゃんと捕獲しているかの監視役です。ライダー役は、イギリスでは有名なプロのライダーの方で俳優ではありません。同情という感情が芽生えるきっかけとなる顔の変形した男は、実際に病気がある人でメイクではありません。

その他の街中のシーンなども、演技ではなくドキュメンタリー的な撮影による物らしく、現実感を膨らませる役割をしています。音楽もほとんど無く、聞こえてもひたすら不協和感だけというのもなかなか思い切ったことをする監督です。

ヨハンセンのヌードが目的、あるいは「伏線の回収」と称してやたらと説明を求める方にはおそらく退屈な映画です。しかし、映画にイマジネーションの余地を残すことに期待するむきには平均点以上の出来となったのかもしれません。

ちなみに日本語版は高価なので、安いアメリカ版で視聴しました。会話はスコットランド訛りの強いもので、ほぼヒアリングできませんでしたけど、本当に大した台詞はないのでこれでも十分という感じです。