2週続けての台風で、各地にいろいろと影響が出ています。
自分が住んでいる横浜の付近では、昨日は昼頃から弱い雨が降り始め、暗くなる頃からは本降り。夜9時ごろには、風も強くなり、いよいよ台風が近づいてきたなという感じでした。
夜中は、叩きつけるような雨が続き、そこへ強い風の音が加わって、何度か目を覚ましまし恐怖の一夜ならぬ、強風の一夜となりました。
気象庁の予想通り、午前3時ごろには関東を抜けたようで、朝の時点では小雨が少し残っている程度。出ていた警報も、朝の時点で注意報に格下げになりました。
どのタイミングで来られても台風は困りますが、列島縦断の大きな勢力を持った直撃の台風である事を考えると、先週の台風と違って、休み明けの生活には影響が無く助かりました。
雑誌じゃないから、毎週来られても・・・まぁ、季節的にこの時期はしょうがない。
この写真は、日曜日に通りかかった消防署の前の光景。はしご車を伸ばして、作業をしていたのですが、おそらく台風に備えての整備・点検、あるいは訓練ではないかと思いました。
昔より台風が来てものんびりしていますけど、こういう警察・消防などのいろいろな準備があるからこそ、自分らはのん気に構えていられるんでしょうね。
市民生活のインフラを支える仕事をしている方々は、見えないところでいろいろと頑張っているわけで、もっと感謝をしないといけませんね。
2014年10月13日月曜日
介護職員初任者研修 2014年秋
昨年の春から、もともと介護ヘルパーの資格が、介護職員初任者研修という形になって、資格としてはグレードアップ。高齢化社会に向けて、必要な人材を確保するために、より正当性を強化しました。
その分、勉強する量と質は増加。受講する方々は大変です。丸々1日かかる講義が連日続いて、さぞかし疲れることでしょう。
昨日の日曜日は、この講習の医学に関する講習で、1日講師をしてきました。医学についての全般を、1日で説明するなんてことは、当然無理。まして、大多数の自分の専門外の話をするのは、かなり大変なことです。
それでも、それなりに自分も勉強して、少なくとも最低限の間違いのない知識をお伝えするようにしています。昨日の聴講者は・・・7人!!
春と秋にある研修会ですが、以前は30人程度はいつもいたものです。それが、去年の制度変更後、激減。今回はついに10人を割ってしまいました。
そりゃ、お前の講義が不人気なんだろう、とお叱りを受けるかもしれませんが、何も自分が関係している研修会だけのことではないらしい。
以前の制度では、半日単位が主で、家庭がある人も気楽に参加できました。丸々1日を連日にわたって拘束されるとなると、参加できる方は限られます。
資格の価値を上げることは必要ですが、ハードルが高くなって、逆に人材確保がむしろ難しくなってしまったようで、今後も需要が増える職種としては危機的な問題になりそうです。
実際、受講生が集まらないため、開催を中止するところも出ているとのことで、早くやり方そのものを考え直さないと、取り返しがつかないことになるのではないでしょうか。
講義をする側からすると、少ないことは悪くはありません。一人一人り反応がよくわかりますから、説明を補足したりしやすい。自分で言うのもなんですが、1日かけただけの価値は感じてもらえたのではないかと思います。
その分、勉強する量と質は増加。受講する方々は大変です。丸々1日かかる講義が連日続いて、さぞかし疲れることでしょう。
昨日の日曜日は、この講習の医学に関する講習で、1日講師をしてきました。医学についての全般を、1日で説明するなんてことは、当然無理。まして、大多数の自分の専門外の話をするのは、かなり大変なことです。
それでも、それなりに自分も勉強して、少なくとも最低限の間違いのない知識をお伝えするようにしています。昨日の聴講者は・・・7人!!
春と秋にある研修会ですが、以前は30人程度はいつもいたものです。それが、去年の制度変更後、激減。今回はついに10人を割ってしまいました。
そりゃ、お前の講義が不人気なんだろう、とお叱りを受けるかもしれませんが、何も自分が関係している研修会だけのことではないらしい。
以前の制度では、半日単位が主で、家庭がある人も気楽に参加できました。丸々1日を連日にわたって拘束されるとなると、参加できる方は限られます。
資格の価値を上げることは必要ですが、ハードルが高くなって、逆に人材確保がむしろ難しくなってしまったようで、今後も需要が増える職種としては危機的な問題になりそうです。
実際、受講生が集まらないため、開催を中止するところも出ているとのことで、早くやり方そのものを考え直さないと、取り返しがつかないことになるのではないでしょうか。
講義をする側からすると、少ないことは悪くはありません。一人一人り反応がよくわかりますから、説明を補足したりしやすい。自分で言うのもなんですが、1日かけただけの価値は感じてもらえたのではないかと思います。
2014年10月12日日曜日
三位一体節後第17主日
三位一体節後第17主日です。この三位一体節後というのは、長いわぁ。キリスト教徒の方々は、この期間をどうやって過しているのか・・・って、まぁ、普通に社会生活をしているんでしょうね。
今日も、300年ほど前のドイツ、ライプツィヒの聖トーマス教会では、バッハがカンタータを演奏していました。
300年前と書くのは簡単ですが、世界史を眺めてみると、ドイツでは表面的にはカトリック対プロテスタントの三十年戦争が終わって半世紀が過ぎて社会が落ち着きを取り戻した頃。両者が共存し文化的にも円熟して行く時代だということです。
フランスではまだ革命前。16~17世紀に栄華を極めたスペインが、どんどん弱体化している頃。コロンブスがアメリカを発見するのが15世紀末。植民地と化し、独立戦争までまだ半世紀というところ。
ちなみに、コロンブスが新大陸に上陸して、サン・サルバドル島と名づけたのが1492年の・・・今日、10月12日のこと。うーん、520年前ですね。
そう考えると、こりゃそうとう昔の事ですよね。その頃の音楽をせっせと聴くというのも、ずいぶんとマニアックな話と言われるのも当たり前の事かもしれません。

さて、今日のためのカンタータは3曲。
BWV114 ああ、愛しきキリストの徒よ、雄々しかれ (1724)
BWV148 その御名にふさわしき栄光を (1725 or 1723)
BWV47 おのれを高うする者は卑うせられ (1726)
今日のカンタータは、比較的元気がいい曲調です。BWV114も出だしは協奏曲風。BWV148も、冒頭のトランペットが印象的。
そんなわけで、300年前のドイツの一都市の生活に思いを馳せてるわけです。
今日も、300年ほど前のドイツ、ライプツィヒの聖トーマス教会では、バッハがカンタータを演奏していました。
300年前と書くのは簡単ですが、世界史を眺めてみると、ドイツでは表面的にはカトリック対プロテスタントの三十年戦争が終わって半世紀が過ぎて社会が落ち着きを取り戻した頃。両者が共存し文化的にも円熟して行く時代だということです。
フランスではまだ革命前。16~17世紀に栄華を極めたスペインが、どんどん弱体化している頃。コロンブスがアメリカを発見するのが15世紀末。植民地と化し、独立戦争までまだ半世紀というところ。
ちなみに、コロンブスが新大陸に上陸して、サン・サルバドル島と名づけたのが1492年の・・・今日、10月12日のこと。うーん、520年前ですね。
そう考えると、こりゃそうとう昔の事ですよね。その頃の音楽をせっせと聴くというのも、ずいぶんとマニアックな話と言われるのも当たり前の事かもしれません。
BWV114 ああ、愛しきキリストの徒よ、雄々しかれ (1724)
BWV148 その御名にふさわしき栄光を (1725 or 1723)
BWV47 おのれを高うする者は卑うせられ (1726)
今日のカンタータは、比較的元気がいい曲調です。BWV114も出だしは協奏曲風。BWV148も、冒頭のトランペットが印象的。
そんなわけで、300年前のドイツの一都市の生活に思いを馳せてるわけです。
2014年10月11日土曜日
2014年10月10日金曜日
5年連続の世界制覇
すごい事です、内村航平選手。
昨夜、中国で行われている世界体操で、個人総合で5連覇を達成しました。21歳の時から勝ち続けているわけで、体操競技としては前人未踏、快刀乱麻、質実剛健、金剛不壊。
ちょっと前に書いた、「今年のスポーツ」の中に記憶しておかないといけません。演技の安定感は抜群でした。
内村本人が日頃から目指している「美しい体操」を見事に具現化していたと思います。まだまだ、ピークを維持できていて、次のリオ・オリンピックまでは期待できそうです。
また、田中佑典が3位に食い込んだ事も、一緒に拍手喝采したいと思います。田中三兄弟の末っ子として、ついに結果を出してきました。
先日の団体が、もう金は決まりかと思っていたところに、最後の最後、中国の驚異的な鉄棒演技により逆転されました。いゃぁ、残念でした。
内村自身もよく言っているように、団体での優勝は彼らの悲願ですから、内村選手が現役のうちに、何とか達成しておきたいことでしょう。
そういう意味では、次世代の台頭が心配なところ。今回も、団体の床などに白井クンが登場しましたが、まだまだオールラウンダーとはいえません。そもそも、彼以外に次の選手があまり見えてこないことが心配ですが・・・
そういえば、昨日はもうひとつの五連覇のニュースがありました。村上春樹のノーベル文学賞が非選出5年連続・・・これは周りが騒ぐだけで、勝手に受賞の期待を寄せている話。本人はいい迷惑みたいなところかもです。
昨夜、中国で行われている世界体操で、個人総合で5連覇を達成しました。21歳の時から勝ち続けているわけで、体操競技としては前人未踏、快刀乱麻、質実剛健、金剛不壊。
ちょっと前に書いた、「今年のスポーツ」の中に記憶しておかないといけません。演技の安定感は抜群でした。
内村本人が日頃から目指している「美しい体操」を見事に具現化していたと思います。まだまだ、ピークを維持できていて、次のリオ・オリンピックまでは期待できそうです。
また、田中佑典が3位に食い込んだ事も、一緒に拍手喝采したいと思います。田中三兄弟の末っ子として、ついに結果を出してきました。
先日の団体が、もう金は決まりかと思っていたところに、最後の最後、中国の驚異的な鉄棒演技により逆転されました。いゃぁ、残念でした。
内村自身もよく言っているように、団体での優勝は彼らの悲願ですから、内村選手が現役のうちに、何とか達成しておきたいことでしょう。
そういう意味では、次世代の台頭が心配なところ。今回も、団体の床などに白井クンが登場しましたが、まだまだオールラウンダーとはいえません。そもそも、彼以外に次の選手があまり見えてこないことが心配ですが・・・
そういえば、昨日はもうひとつの五連覇のニュースがありました。村上春樹のノーベル文学賞が非選出5年連続・・・これは周りが騒ぐだけで、勝手に受賞の期待を寄せている話。本人はいい迷惑みたいなところかもです。
2014年10月9日木曜日
第12回田園都市リウマチフォーラム
昨日、第12回になる田園都市リウマチフォーラムでした。皆既月食が気になるところでしたが、横浜北部では雲が厚く、ときたまうっすらと垣間見える程度。月食はあっさり忘れて、勉強の方が大事。
何度も書いていますが、自分と近隣の開業医の先生で始めた関節リウマチの勉強会が発展してできたフォーラムですが、2010年からはじめて、これで丸4年になりました。
よく続いている会だと思いますが、これも参加してくれるほかの先生方のおかげ。来る人がいなければ、自然消滅してしまいます。リウマチ診療をしていく中で、自分たちが知りたいことをテーマに、話を聞きたい先生を選んできたことが要因ではないかと思います。
さて、今回は、この会の顧問をお願いしている聖マリアンナ医科大学の山田秀裕教授の出番です。たびたび講演をお願いして、そのたびに貴重な時間をさいていただき、ありがたいことです。
今回のテーマはリウマチ類縁疾患。そもそも、これがあれば絶対というものがないリウマチの診断ですので、似たような病態をしっかりと鑑別する事は大変重要なこと。
その多くが、古くから血清反応陰性関節症という呼ばれ方をして区別されてきました。血清反応とは、元々はリウマチ因子(抗変性IgG抗体)という検査項目のこと。
リウマチ因子(リウマトイド因子、リウマチ反応)という名称は、本当に誤解を招きやすく、これが出るだけでリウマチだと思ってしまう・・・患者さんはともかく、医者でもけっこういることは問題です。実際、リウマチ因子が出るリウマチ患者さんというのは2/3強で、出ない方もかなりいます。
今は、リウマチの診断では抗CCP抗体というものがより重要視されていて、リウマチ患者さんでの検出率は90%程度といわれています。ですから血清反応陰性例も、以前よりはだいぶ絞り込まれたと言えますが、それでも抗CCP抗体の出ない場合はまだまだ存在します。
特に、リウマチを心配というクリニックを初診する患者さんでは、かなりの方はリウマチではありません。自分の私感では、実際にリウマチなのは数十人に一人。逆に、9割以上は抗CCP抗体が検出されません。
抗CCP抗体陰性の方は、大多数は加齢性だったり、腱鞘炎だったり、使いすぎだったりという、病的にはあまり心配ないものですが、稀にこの中に従来言われていた血清陰性関節症が含まれてくるわけで、開業医にとってはより注意を払わないといけないところ。
教科書では、リウマチではないということで、比較的あっさりとしか書かれていない項目で、意外と知識をアップデートしにくい部分なのですが、今回の山田先生の話で、実はかなり研究が進んでいて、具体的な治療についても最新の知見を解説していただき助かりました。
自分の体に対して、自らアレルギーを起こしている、自己免疫性疾患の一つという考え方は古くからありましたが、その実態がインターロイキンと呼ばれるサイトカインの一種を介して起こっていることが判明し、治療方法も抗サイトカイン療法に移行してきているとのこと。
抗サイトカイン療法は、リウマチではもう当たり前になった生物学的製剤を用いるもので、これは医学全体がマクロを対象とした治療からミクロをターゲットに、より原因治療に近づく流れにそくした物です。
従来行われていた、消炎鎮痛剤だけ、あるいは抗リウマチ薬を併用してみる方法よりも、積極的な改善が認められているので、正確な鑑別診断と治療介入の重要性は増していると言えます。
リウマチ医にとっては、リウマチに目がいきやすく、「リウマチ以外」を忘れがちになる傾向があります。開業医レベルでは、「リウマチではない」と判断できることは大変重要ですので、今回の話はとても役に立つ内容でした。
何度も書いていますが、自分と近隣の開業医の先生で始めた関節リウマチの勉強会が発展してできたフォーラムですが、2010年からはじめて、これで丸4年になりました。
よく続いている会だと思いますが、これも参加してくれるほかの先生方のおかげ。来る人がいなければ、自然消滅してしまいます。リウマチ診療をしていく中で、自分たちが知りたいことをテーマに、話を聞きたい先生を選んできたことが要因ではないかと思います。
さて、今回は、この会の顧問をお願いしている聖マリアンナ医科大学の山田秀裕教授の出番です。たびたび講演をお願いして、そのたびに貴重な時間をさいていただき、ありがたいことです。
今回のテーマはリウマチ類縁疾患。そもそも、これがあれば絶対というものがないリウマチの診断ですので、似たような病態をしっかりと鑑別する事は大変重要なこと。
その多くが、古くから血清反応陰性関節症という呼ばれ方をして区別されてきました。血清反応とは、元々はリウマチ因子(抗変性IgG抗体)という検査項目のこと。
リウマチ因子(リウマトイド因子、リウマチ反応)という名称は、本当に誤解を招きやすく、これが出るだけでリウマチだと思ってしまう・・・患者さんはともかく、医者でもけっこういることは問題です。実際、リウマチ因子が出るリウマチ患者さんというのは2/3強で、出ない方もかなりいます。
今は、リウマチの診断では抗CCP抗体というものがより重要視されていて、リウマチ患者さんでの検出率は90%程度といわれています。ですから血清反応陰性例も、以前よりはだいぶ絞り込まれたと言えますが、それでも抗CCP抗体の出ない場合はまだまだ存在します。
特に、リウマチを心配というクリニックを初診する患者さんでは、かなりの方はリウマチではありません。自分の私感では、実際にリウマチなのは数十人に一人。逆に、9割以上は抗CCP抗体が検出されません。
抗CCP抗体陰性の方は、大多数は加齢性だったり、腱鞘炎だったり、使いすぎだったりという、病的にはあまり心配ないものですが、稀にこの中に従来言われていた血清陰性関節症が含まれてくるわけで、開業医にとってはより注意を払わないといけないところ。
教科書では、リウマチではないということで、比較的あっさりとしか書かれていない項目で、意外と知識をアップデートしにくい部分なのですが、今回の山田先生の話で、実はかなり研究が進んでいて、具体的な治療についても最新の知見を解説していただき助かりました。
自分の体に対して、自らアレルギーを起こしている、自己免疫性疾患の一つという考え方は古くからありましたが、その実態がインターロイキンと呼ばれるサイトカインの一種を介して起こっていることが判明し、治療方法も抗サイトカイン療法に移行してきているとのこと。
抗サイトカイン療法は、リウマチではもう当たり前になった生物学的製剤を用いるもので、これは医学全体がマクロを対象とした治療からミクロをターゲットに、より原因治療に近づく流れにそくした物です。
従来行われていた、消炎鎮痛剤だけ、あるいは抗リウマチ薬を併用してみる方法よりも、積極的な改善が認められているので、正確な鑑別診断と治療介入の重要性は増していると言えます。
リウマチ医にとっては、リウマチに目がいきやすく、「リウマチ以外」を忘れがちになる傾向があります。開業医レベルでは、「リウマチではない」と判断できることは大変重要ですので、今回の話はとても役に立つ内容でした。
2014年10月8日水曜日
ノーベル賞
~讀賣新聞
日本人 としては、誇りに思えるニュースです。学問を実際に利用した「物作り」が評価された事は、素晴らしい事だと思います。
ダイオードという半導体は、自分が高校生の時に、いろいろな電子回路を半田ごてで作っていたときにはすでにあったもの。それから数十年間、特に社会的に話題になることもありませんでした。
実際、青色ダイオードが登場したことは、人の生活を質的にも量的にも大きく変えるものでした。発明されたのは1993年、でも、我々に存在を知らせたのは2001年のニュースでした。
それは、発明した中村氏が、その特許を所属していた会社ではなく、自分にあるとする裁判をおこしたということでした。その裁判は、いろいろな議論を巻き起こしますが、今は横に置いておきましょう。
今回の賞は、基礎的な純粋に物理学の研究として、理論を完成させた赤崎・天野両氏と、実用化させた中村氏の三人に贈られたもので、バランスのいい人選なのでしょう。
実質的な実用化から、わずかに10年ちょっとですが、さまざまなものが従来の光原にとってかわりつつあります。
例えは、今見ている、このパソコンの薄い液晶画面。長い間、テレビの別名にもなっていた「ブラウン管」は完全に消滅したといえます。街に出れば、信号機がいつのまにか、ものすごく薄くなっています。
発熱を抑え、省エネとしての効果は絶大で、「地球にやさしい」代表的な文化革新という評価は、誰もが疑うことがないところ。
青色発光ダイオードの重要な原材料にはガリウムが使われているのですが、現在は中央アジア地域に資源として依存しており、今後はこれらの安定供給と、ガリウムに取って代われる物質の開発が課題と言えそうです。
2014年10月7日火曜日
モンテヴェルディの名盤
モンテヴェルディ死後は、急速に忘れ去られ、再認識され盛んに演奏されるようになったのは、実に20世紀、それも1950~60年代に宗教音楽を専門にしていたミシェル・コルボの業績が大きい。
さらに、アーノンクールやレオンハルトらのピリオド奏法の楽団が登場してから、まだまだ黎明期だった古楽ブームの先駆けとして、かれらはこのイタリアの天才を再発掘したのです。最初に取り上げられたのが「聖母マリアの夕べの祈り」で、かれらはこぞって録音を行いました。

ガーディナーの率いるモンテヴェルディ合唱団は、そもそもガーディナーが学生の時の1964年に「聖母マリア~」のために結成したのが始まりであるというのは有名な話で、1974年と1989年の2度の録音があります。
特に1989年の録音は「聖母マリア~」の録音としては最高傑作と言われており、モンテヴェルディ合唱団に対して世界中で最も優秀な合唱団という評価を決定づける作品になりました。彼らは一部のマドリガーレ、「オルフェオ」、「ポッペア」も録音しています。
スペインのジョルディ・サヴァールは、「オルフェエ」は映像作品も残しています。ほとんどクラシックでは反則とも言えそうな、見事なサヴァールの登場シーンからひきつけられます。
宗教曲集はコルボの集大成したボックスが有名ですが、「倫理的・宗教的な森」は、コンチェルト・パラティーノ、あるいはバッハ・コレギアム・ジャパンの名演も忘れてはいけません。

最近では、イタリアの古楽アンサンブルのラ・ヴェネキシアーナが、系統的にモンテヴェルディの録音を行っています。本家本元のイタリアのグループだけあって、力が入っています。
これまでに、すべてのマドリガーレ、3つの歌劇、「倫理的・宗教的な森」、「音楽の諧謔」が発売されています。あとは残るのは「聖母マリア~」のみで、どういう演奏になるのか楽しみです。
さらに、アーノンクールやレオンハルトらのピリオド奏法の楽団が登場してから、まだまだ黎明期だった古楽ブームの先駆けとして、かれらはこのイタリアの天才を再発掘したのです。最初に取り上げられたのが「聖母マリアの夕べの祈り」で、かれらはこぞって録音を行いました。
特に1989年の録音は「聖母マリア~」の録音としては最高傑作と言われており、モンテヴェルディ合唱団に対して世界中で最も優秀な合唱団という評価を決定づける作品になりました。彼らは一部のマドリガーレ、「オルフェオ」、「ポッペア」も録音しています。
スペインのジョルディ・サヴァールは、「オルフェエ」は映像作品も残しています。ほとんどクラシックでは反則とも言えそうな、見事なサヴァールの登場シーンからひきつけられます。
宗教曲集はコルボの集大成したボックスが有名ですが、「倫理的・宗教的な森」は、コンチェルト・パラティーノ、あるいはバッハ・コレギアム・ジャパンの名演も忘れてはいけません。
これまでに、すべてのマドリガーレ、3つの歌劇、「倫理的・宗教的な森」、「音楽の諧謔」が発売されています。あとは残るのは「聖母マリア~」のみで、どういう演奏になるのか楽しみです。
2014年10月6日月曜日
モンテヴェルディの仕事
しかし、音楽がバッハから始まったわけではなく、もっと古くから宗教、特にキリスト教と音楽とは密接に結びついていたわけです。ただし、時代を遡るほど資料が乏しくなり、話は混沌としてくるのはいたしかたがないところ。
クラウディオ・モンテヴェルディは、1567年生まれで、亡くなったのは1643年。バッハと、およそ一世紀ずれているイタリアの大作曲家として知られています。ちなみに、自分が敬愛するレオナルド・ダ・ヴィンチはさらに一世紀前になります。
時代分類では、ルネッサンス音楽とバロック音楽の両方にまたがり、サン・マルコ寺院の楽長として名を馳せました。
宗教音楽の中では「聖母マリアの夕べの祈り」が特に有名ですが、これは1610年の大規模な作品で、この成功がサン・マルコ寺院へつながります。
しかし、必ずしも宗教音楽を活躍の中心としたわけではなく、生涯にわたって作り続けた世俗歌曲であるマドリガーレの最初の曲集が発表されたのは1587年、二十歳の時でした。
マドリガーレは、自由詩に基づくルネッサンス期から続く多声(ポリフォニー)歌唱曲であり、独立した各声部が対等に扱われます。教会で歌われるポリフォニーはモテットと呼ばれました。
モンテヴェルディは、これらの伝統的なマドリガーレを、音楽演奏の「第一作法」と呼び、より歌詞が聴き取りやすい独唱、または重唱を中心としたモノディ形式を「第二作法」としました。
新しい第二作法では、必然的に楽器による伴奏が強化され、全体を通じて奏でられる低音域を中心とした伴奏である「通奏低音」が一般化されることになります。
使われる歌詞も、神への賛美が中心だったものから、より自由なものを取り入れ濃厚な感情表現を行い、いわゆる「ラブ・ソング」も登場することになります。
さらに、不協和音や半音階も大胆に取り入れることで、より音楽が劇的なものになりました。これらは、明らかにバロック音楽の基礎となるものでした。
マドリガーレ集は、モンテヴェルディのライフワークでしたが、生前に発表された8集までに、ルネッサンス音楽からバロック音楽への様式の変化がはっきりと示されています。
これらが集約された形となったのが、1607年に発表された謝肉祭のために作られた音楽劇「オルフェオ」で、今日のオペラの原点とも言える作品になります。
さらに「聖母マリア~」も、第二作法を駆使した、今までの宗教音楽とは一線を画すドラマチックな変化に富む音楽となり、今日までカトリック音楽史の最高傑作と称されるものでした。
そして、サン・マルコ寺院の楽長となった以降は、宗教音楽と世俗的な音楽劇の両方にわたって多くの作曲をして活躍し、1632年には司祭に就任しています。
残念ながら、その多くは譜面が失われてしまいました。「聖母マリア~」と「オルフェオ」以外には、現在では演奏可能なものとしては9集まであるマドリガーレ集、ミサ曲とモテットを集約した「倫理的・宗教的な森」(1641)、晩年の歌劇「ウリッセの帰還」(1641)と「ポッペアの戴冠」(1642)が主なものです。
2014年10月5日日曜日
三位一体節後第16主日
バッハの時代の宗教観からすれば、教会で演奏する曲というのは、音楽としては最も気高いものであったでしょう。バッハが生涯を通じてこだわった「整った教会音楽」を用意することは、強い宗教的信念があってできる、大変根気がいる苦労の多い作業だと思います。
ですから、バッハのパロディ技法を考えるときに、大原則となるのは世俗曲から宗教曲へのパロディは、曲の価値を高めることになるということです。逆に宗教曲を世俗曲に改編することは、曲の価値、さらには信仰を見下す行為であっただろうということです。
ただし、バッハは確かに敬虔なプロテスタントであったことは間違いないのですが、音楽家として自分の作品をしっかり残すことも、重要な課題としていた部分も否定できません。
つまり、整った教会音楽であれば再演の機会に恵まれ、せっかく作った音楽はずっと生き続けることになります。音楽を記録して、簡単に再生するような技術がなかった時代ですから、音楽家としての名声を確立するためには、再演されることは重要です。
世俗カンタータは、そのほとんどは一定の目的のために作られたもので、基本的には再演されることはなく、かけ捨てでおわってしまうものです。それらの音楽の中から、バッハが後に教会カンタータへパロディとして取り入れる行為は、曲の価値を継続させることにつながりました。
世俗から宗教へパロディとして取り入れることは、より高めることであり、宗教的にも音楽的にも合理的なものでしたが、実は逆の例外も見つかっています。
宗教から世俗という、特殊な例外は教会カンタータの中には数例指摘されていて、このことから宗教家としての葛藤はあったかもしれませんが、バッハは音楽家としての立場を優先することを決断することもあったということです。
世俗曲は通常依頼主がいて、その報酬はバッハの教会からの少ない給料を補うことに大変役に立っていました。ですから、バッハは世俗曲に対しても、依頼者の希望に沿ってオリジナルに力を入れたことは間違いありません。
世俗曲にパロディがほとんど無いというのは、そういう現実的な事情もあったと考えられています。時には、バッハをより人間的に考えることも重要なんだろうということでしょうか。
さて、三位一体節後第16主日です。4つのカンタータが残っています。
BWV161 来たれ、汝甘き死の時よ (1716)
BWV95 キリストこそ わが生命(1723)
BWV8 いと尊き御神よ、いつわれは死なん (1724)
BWV27 たれぞ知らん、わが終りの近づけるを (1726)
これらは、単独で収録されたCDはなさそうで、全集録音でのみ聴けるもの。比較的、地味な存在ということになります。
いずれも、瞬間的にはいいのですが、全体を通すとおとなしくて印象が薄い。タイトルは、「死」に関連したもので、派手さはない。
楽器の中では、リコーダーの活躍が目立ちますが、これが天上の世界の雰囲気を醸し出しています。
2014年10月4日土曜日
今年のスポーツ
まずは2月のソチ五輪でしょう。ジャンプの葛西紀明選手、最悪から最高の演技を見せたフィギアの浅田真央選手、そして文句なしの金メダルだった羽生結弦選手をあげたいと思います。
時間差が大きくて、リアルタイムでテレビ観戦するのは大変でしたし、この間に大雪もあったりして印象的な大会でした。
次は、6月のサッカー・ワールドカップ。残念ながら、決勝リーグに残れなかったので、日本の試合数としては多くはありません。一人だけ、印象に残ったのが長友佑都選手です。
最後の試合の後、力を出し切れなかったことが本当に悔しそうでした。本人の気持ちが、ストレートに伝わってきた感じがしました。
9月はスポーツの秋というくらいで、いろいろな種目の大会がありました。今年は父を突然亡くして心配された、レスリングの吉田沙保里選手が他を圧倒する力を出し続けたのがすごかった。
そして、記憶に新しいのがテニスの錦織圭選手。USオープン準優勝の快挙で、俄然注目の的。グランドスラム大会で、日本人が決勝戦に残るなんて、今まで想像もしたことがありませんでした。
そして、今日から1週間、世界体操があります。内村航平選手、白井健三選手は注目で、どれだけ印象に残る演技をみせてくれるか楽しみです。
そんなことを思い出していると、1年はあっというまだと、あらためて実感することしきりでした。
2014年10月3日金曜日
そろそろ年末は・・・
年末年始は・・・って、だいぶ気が早い話かもしれませんけど、そろそろ考え出す時期になりました。
官公庁の休みを基本にして、一般の店なども休みを決めることが多い。普通は12月28日に年内は終了して、1月3日まで休み、1月4日が仕事始めというパターンです。
今年は12月28日が日曜日ですから、12月27日は土曜日で官公庁は実質的に休み。1月4日も日曜日ですから、仕事始めは1月5日になるんでしょうか。
クリニックも、世間の流れとずれても困るものです。だからといって、同じに休んでいては休みすぎと怒られてしまいそうです。
年始は始まりは1月5日の月曜日しか選択肢はなさそうですから、ほぼこれで決まり。さて、問題は年末をいつまで診療するか。
開業して、最初の数年は、こっちも必死ですから12月31日まで診療していました。ところが、遠くから初診で来る人ばかり、応急処置におわれ、紹介状も書かないといけなくて、そりゃもう大変。
大きな病院には申し訳ありませんが、医者一人でやっているクリニックとしては、そういう患者さんは病院の救急外来に行ってもらいたい。最近はさすがに大晦日まで診療というのはやめて、12月30日までにしていました。
クリニックでは、少ないスタッフにも、しっかり休ませてあげないといけない事情もありますので、今年の場合は、12月29日の月曜日まで診療するのがいいかと思い始めています。
だんだん、年を取ってくると、ただがんばるだけというわけにはいかなくなってきたと実感します。休むときにしっかり休まないと、体がもたないので、このくらいで御勘弁をいただきたいかな・・・という感じです。
官公庁の休みを基本にして、一般の店なども休みを決めることが多い。普通は12月28日に年内は終了して、1月3日まで休み、1月4日が仕事始めというパターンです。
今年は12月28日が日曜日ですから、12月27日は土曜日で官公庁は実質的に休み。1月4日も日曜日ですから、仕事始めは1月5日になるんでしょうか。
クリニックも、世間の流れとずれても困るものです。だからといって、同じに休んでいては休みすぎと怒られてしまいそうです。
年始は始まりは1月5日の月曜日しか選択肢はなさそうですから、ほぼこれで決まり。さて、問題は年末をいつまで診療するか。
開業して、最初の数年は、こっちも必死ですから12月31日まで診療していました。ところが、遠くから初診で来る人ばかり、応急処置におわれ、紹介状も書かないといけなくて、そりゃもう大変。
大きな病院には申し訳ありませんが、医者一人でやっているクリニックとしては、そういう患者さんは病院の救急外来に行ってもらいたい。最近はさすがに大晦日まで診療というのはやめて、12月30日までにしていました。
クリニックでは、少ないスタッフにも、しっかり休ませてあげないといけない事情もありますので、今年の場合は、12月29日の月曜日まで診療するのがいいかと思い始めています。
だんだん、年を取ってくると、ただがんばるだけというわけにはいかなくなってきたと実感します。休むときにしっかり休まないと、体がもたないので、このくらいで御勘弁をいただきたいかな・・・という感じです。
2014年10月2日木曜日
2014年10月1日水曜日
はざがけ
10月です。先週の秋分の日以来、秋らしさが深まった感じでしたが、この数日は日中は汗ばむ気温です。それでも、湿度が低いので、なんとかエアコンは使わずに過せます。
自分のテリトリーの横浜市北部地域は田園地帯で・・・なにしろ走っている電車が田園都市線というくらいですから、田畑があちこちにあるし、農協もあったりして、それなりにのどかに雰囲気。
いつも通る場所の水田も、稲刈りの真っ最中。刈られた稲はまとめて逆さにに架けて行きます。この時期に、よく見かける風情です。
これを「はざがけ(稲架)」と呼ぶんですね。実は、最近テレビのバラエティ番組で知りました。
刈り取った後の自然乾燥と、葉や茎からの養分を米に行き渡らすのが目的。機械で刈り取って、機械で乾燥させる方が手間は少ないのですが、昔ながらのはざがけをしたほうが、米はおいしいらしい。
でも雨が降ると大変ですし、干しすぎると割れてしまったりと、いろいろ気を使うことが多いらしく、刈り取ったらおしまいという単純なものではないようです。
このあたりでも、農地はどんどん宅地にかわったりしていますから、こういう光景もやがて見れなくなってしまうかもしれません。
自然の対話しながらの生活・・・ヒトの生活としては本来の姿なんだろうと思います。ヒトは自然をねじまげて、地球という星の上で暴君としてふるまいすぎている。そのつけが、いろいろな形で目に見えるようになってきました。
自分のテリトリーの横浜市北部地域は田園地帯で・・・なにしろ走っている電車が田園都市線というくらいですから、田畑があちこちにあるし、農協もあったりして、それなりにのどかに雰囲気。
いつも通る場所の水田も、稲刈りの真っ最中。刈られた稲はまとめて逆さにに架けて行きます。この時期に、よく見かける風情です。
これを「はざがけ(稲架)」と呼ぶんですね。実は、最近テレビのバラエティ番組で知りました。
刈り取った後の自然乾燥と、葉や茎からの養分を米に行き渡らすのが目的。機械で刈り取って、機械で乾燥させる方が手間は少ないのですが、昔ながらのはざがけをしたほうが、米はおいしいらしい。
でも雨が降ると大変ですし、干しすぎると割れてしまったりと、いろいろ気を使うことが多いらしく、刈り取ったらおしまいという単純なものではないようです。
このあたりでも、農地はどんどん宅地にかわったりしていますから、こういう光景もやがて見れなくなってしまうかもしれません。
自然の対話しながらの生活・・・ヒトの生活としては本来の姿なんだろうと思います。ヒトは自然をねじまげて、地球という星の上で暴君としてふるまいすぎている。そのつけが、いろいろな形で目に見えるようになってきました。
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