2019年11月30日土曜日

Janet Baker / Mahler Lider (1968)

バーンスタインをはじめ、60年代から70年代にかけてマーラーの録音が活発になりだした時に、マーラー作品で重要なポジションであるメゾソプラノ歌手というと、ほぼクリスタ・ルードヴィヒとジャネット・ベイカーの二人につきる。

ルードヴィヒは1928年生まれ、ベイカーは1933年生まれ。今はお二人とも90才前後ですが、当時は30~40歳で、歌手として最も脂がのり切っていた頃。オペラの花形ということでは、ソプラノ歌手にやや理がある感は否めませんが、リートではメゾソプラノ歌手の方が柔らかく嫌みが少ないように思います。

さて、特にベイカーは、オーケストラとの共演だけでなく、単独のアルバムでもマーラー作品を多数録音しています。

映像としてはバーンスタインの「復活」があります(ちなみに第3番はルードヴィヒ)。CDは、バーンスタイン、バルビローリを中心に多数あります。

「少年の魔法の角笛」は1993年(?)にウィン・モリス指揮ゲラン・エバンス(Br)とのアルバムがあり、ご自身のアルバムとしても網羅できており、前回取り上げたビアノ独奏による歌集(1983年)とともに、こちらのオーケストラ伴奏歌集(1968年)を合わせて聴きたい。

両方のアルバムで「さすらう若人の歌」はダブりますが、伴奏の違いがあるので違った味わいが楽しめます。バルビローリは交響曲でも有名ですが、ここでは落ち着いた演奏で歌手を引き立てます。

ベイカー、ルードヴィヒの後を継ぐのが、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターであり、21世紀になってマグダレーナ・コジェナー、アンナ・ラーション、藤村実穂子らが活躍していすが、いずれも今や50才前後。さて、次世代のメゾソプラノは誰が担っていくのでしょうか。

2019年11月29日金曜日

Simon Rattle / Mahler Das Klagende Lied (1983)

グスタフ・マーラーというと、交響曲と歌曲だけを作った特異な作曲家といわれています。確かにその通りで、いくつのオペラに挑戦したことは間違いないのですが、いずれも途中で筆を折っている。室内楽も、弦楽四重奏の断片が残っているだけ。

そんな中で、この「嘆きの歌 (Das Klagende Lied)」はちょっと変わった位置づけされる曲。

まず、これがマーラーの作曲家としてのスタートの曲であるということ。そして、明確なストーリーを下敷きにした「カンタータ」と呼ばれる特徴を備えていることが特徴。

グスタフ・マーラー、18才。音楽院を卒業して、「ベートーヴェン賞」への応募作品としてこの曲を作ったと言われています。普通なら習作扱いであまり評価されませんが、後々までマーラー自身が手を入れ続け大事にしていました。

この賞の審査員にはブラームスも入っていて、結果は落選。マーラーはそのため指揮者の道に進んだと語っていますが、真偽のほどははっきりしていません。

もともとは3部構成で、第1部では弟を殺す兄、第2部では死んだ弟の骨が真実を語ります。そして第3部で、弟の代わりに王女と結婚しようとする兄の悪事を骨が暴くという内容。歌詞はマーラー自身によります。

ところが、最終的にマーラーは第1部を削除してしまい、起が抜けた承転結だけの構成にしてしまい、ストーリーだけでなく音楽的なつながりも希薄になってしまっていると指摘されています。

1973年になってやっと第1部の楽譜が出版されたので、最終版の第2部と第3部だけのものと、第1部を加えた3部構成で演奏するものとがいろいろと見つかります。

映像としては、CDにもなっていますが、ピエール・ブーレーズの2011年ザルツブルク音楽祭のビデオが、おそらく唯一のものかもしれません。これは最終版での演奏です。

1970年のブーレーズの最初の録音では第1部+最終稿の3部構成になっています。1989年録音のシャイーとファスベンダーのものも同様の構成。1997年に初稿が公開され、完全オリジナル・パーションと謳う世界初はケント・ナガノ指揮ハレ管弦楽団のようです。

有名なのは、1983年のベルリンフィルの前のバーミンガム市交響楽団でのサイモン・ラトルの3部構成の演奏。旧EMIのマーラー全集にも含まれました。バーミンガムのラトルのマーラー全集は、全体的に評判は悪くありません。

確かに第1部は、作曲者の未熟なところからくるやや冗漫な印象は拭えませんが、ラトルの熱演は随所に後年のマーラーらしさを感じられる仕上がりになっています。

とは言っても、マーラーの作品史としての重要性は認めるものの、音楽的にはワンランク落ちるという受け止めはしょうがないかと思います。

2019年11月28日木曜日

Janet Baker / Mahler Songs of Youth (1983)

グスタフ・マーラーは1860年の生まれで、10代のうちに作曲をはじめたらしいのですが、実際に演奏可能な譜面残っているものは1880年、二十歳の時の2つ歌曲が最も古いとされています。

自ら作詞して、もともとは片思いの相手に捧げる5曲の歌曲集とするつもりだったようですが、3曲作ったところでふられて計画は頓挫。
春に Im Lenz
冬の歌 Winterlied
草原の5月の踊り Maitanz im Grunen

「草原の5月の踊り」は、最初の歌曲集若き日の歌(Lieder und Gesange aus der Jugendzeit)」にタイトルを変えて転用されました。「若き日の歌」は1892年に出版されましたが、3部構成で、第2部と第3部の9曲は「少年の魔法の角笛」から詩を取っています

第1部は次の5曲からなります。
春の朝 Fruhlingsmorgen (作詞リヒャルト・レアンダー)
思い出 Erinnerung (作詞リヒャルト・レアンダー)
ハンスとグレーテ Hans und Grete (草原の5月の踊り)
セレナード Serenade aus Don Juan (作詞ティルソ・デ・モリナ)
幻想 Phantasie aus Don Juan (作詞ティルソ・デ・モリナ)

「若き日の」を付けたのは出版社の都合で、本来のタイトルは「歌曲集 (Lieder und Gesange))」だけ。第1部は、一部交響曲に利用されたパートもありますが、基本的にピアノ伴奏譜による古典的ドイツリートの雰囲気が漂い、正直あまり面白いものではないかもしれません。

全15曲を網羅した録音は意外と少ないのは、たぶんLPレコードの収録時間(一般的に片面20分、両面で40分)の関係もあるかもしれません。

ここで紹介するのは、バーンスタインのマーラー物ので共演が多いジャネット・ベーカーの1982年の録音。このアルバムでは、初期の2曲、「若き日の歌」全14曲、続く「さすらう若人の歌 (Lieder eines fahrenden Gesellen)」全4曲をすべて網羅していて、まとめて聴くのに便利。

ベーカーの歌唱は、落ち着いていて嫌みが無いので聴きやすい。収録順序はバラバラですが、初期の作品と後年のものでは、曲としての完成度は歴然としていることがよくわかります。

2019年11月27日水曜日

Leonard Bermstein NYP / Mahler Symphony #5,8 excerpt

また、こんなマニアックな音源を探し出して喜んでいると指摘されそうな話。

マーラー人気隆盛の立役者、レナード・バーンスタイン。自ら、マーラーの化身と化して火山を噴火させる勢いで指揮棒を振り、ステップを踏み続けました。

その遺産は、2つのCD全集、1つのビデオ全集として集約されて、マーラーの曲を聴いて聴く上で避けては通れない金字塔となっています。

当然、これらを聴きこむのはけっこう大変で、良い子のファンはそれだけで十分過ぎです。ところが、さすがにバーンスタインですから、全集に集められた物以外の音源もちらほらあるんですね。

実は正規盤にもかかわらず、不思議な音源が見つかりました。Columbiaレコードでの初出音源を、再発売する際に再構築したシリーズがありまして、その中に交響曲第8番の第1部のみ、交響曲第5番のアダージェットのみという録音がクレジットされています。

8番は最初の全集に含まれるロンドン交響楽団とのものは1966年録音ですが、それよりさかのぼる1962年のニューヨークフィルとのもの。5番は全集の中の1963年の全曲録音より遅れる1968年のものです。

8番は、エイヴェリー・フィッシャーホール開場記念の演奏会の記録。そして5番は、1968年6月6日に暗殺されたケネディ大統領のための6月8日に行われた追悼ミサでの演奏です。

どちらも、「バーンスタインのマーラー」と思って聴くと音質的にも内容的にも不満が残るものかもしれませんが、歴史的な記録としての意義はありますね。

他の盤には収録されていないようですが、幸い中古がかなり安くなっていますので、バーンスタインを全部集めたい方は必携の音源です。

2019年11月26日火曜日

濃霧


昨日の朝は、濃い霧が発生しました。

横浜北部の地域では珍しいものではありませんが、都内では霧の発生は数年ぶりらしい。

「都内 霧」とかで検索すると、かなりアートでファンタジックな画像が見つかりますが、自分が撮影したのはこれくらい。

見方によってはホラー。霧の中から出てくるものは・・・

2019年11月25日月曜日

Pierre Boulez / Mahler Symphony #2 (2005)

一度気になりだすと、とことん深入りしてしまう性質なもんで、本当にこの2カ月くらいは音楽というとマーラーばかりを聴き倒していました。

初めはマーラー初心者が必ず抱く感想・・・長い、うるさい、大袈裟、難解などなど、まさにその通りの印象で、これが好きな人の気が知れないみたいに思っていました。

幸い、映像付きで始めたので、まぁ何とか視覚的な面白さもあって、ガマンして見続けていると、だんだんマーラーの面白さがわかってきたようです。

何度も聴いているうちに、まずとりとめのないように思っていたメロディがだんだん頭に残るようになってきた。これが実にかっこいい旋律なんですね。いくつものかっこいいパートが絡み合って最後に盛り上がるところは、かっこいいの集大成状態。

その反面、さすがに優秀な指揮者だったマーラーだけに、一つ一つの楽器の特性をうまく利用したソロ・パートがたくさんあって、そこだけ聴いていると室内楽のような緻密さがある。

また、クラシック音楽ではほとんど目にしない、耳にしない楽器、あるいは楽器と呼べないような効果音のための大道具・小道具が満載で楽しいなんてもんじゃない。

さらにさらに、楽器だけじゃ足りずに歌までふんだんに出てきます。独唱あり、合唱ありでバラエティーに富んでいる。専門家がマーラーの交響曲は、交響曲という名を借りた音楽の総合芸術であるというのが理解できます。

いろいろな映像が手軽に楽しめる今の時代で良かったと本当に思いますし、これから聴いてみようという方は是非映像から入ることを強くお勧めしたい。

まとまった映像というと、交響曲10曲、大地の歌、歌曲集のほとんどを網羅しているのはバーンスタイン。40年以上たつ古い物になってしまいましたが、いまだに色褪せない魅力が満載です。

そして、われらがアバドのルツェルンでのチクルス。一部が不足してしまいますが、画質良し、音質良しで文句がありません。凄腕揃いのオケも見所・聴所満載です。

シャイーもゲバントハウスでいくつかあります。それぞれ違う指揮者でロイヤル・コンセルトヘボウの全集も楽しい。ヤルヴィ(子)の全集もあります。

今回おすすめしたいのは、ピエール・ブーレーズの「復活」です。全集CDのソロイストは、シェーファーとデヤングでウィーンフィルの2005年の演奏。ビデオは同じ年なのにオケはベルリン・シュターツカペレで、ソロイストもダムラウとラングです。

ベルリン・シュターツカペレは、とにかく美人が多い!! ・・・ってどこ見てんだよといわれそうですが、映像ではここも重要。ただし、メゾソプラノのラングが、ちょっとヴィジュアル的には・・・

最終楽章、合唱が入る直前のフルートとピッコロの掛け合いは、美人二人が素晴らしい。さすがにパユのうまさは文句ないけど、男性二人のルツェルンより見ていて嬉しくなります。

演奏は、非常に一つ一つの音符をきっちりと出すこと、そして休符を決めることでビシっとめりはりのある感じ。スピードも比較的早めの感じで、だれるところがありません。ちなみに客席にバレンボイム氏がいます。

些細なことは気にせず感情先行型のバーンスタインと比べて、適度な抑制のもとで全体の流れをきちっとまとめ上げながら盛り上げるアバド。ブーレーズは、感情に流されずに超まじめに楽譜を追いかけて、楽曲の構造を明らかにする演奏という感じでしょうか。

いゃぁ~、マーラーって本当に楽しいです。

2019年11月24日日曜日

Diana Damrau & Ivan Paley / Mahler Des Kunaben Wunderhorn (2003)

そもそも「少年の魔法の角笛(Des Knaben Wunderhorn)」は、19世紀初頭に、アルニムとブレンターノによって出版された「マザーグース」のようなもの。ドイツの民間伝承の歌の歌詞を蒐集したもので、国民の潜在意識に必ず残っているような基本文化的な存在らしく、詩人ゲーテもこれらを絶賛しています。

これらを歌詞として、新たに曲をつけた作曲家はたくさんいて、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、R・シュトラウスなどの歌曲が残されています。そして、その代表と言えるのが、そのもののタイトルをつけた連作歌曲集を作ったマーラーです。

基本的にはマーラーが詩集をもとに独自のメロディをつけたものですが、一部に原曲民謡の痕跡を認めると言われています。

マーラーの歌曲集のうち、全3巻構成のピアノ伴奏譜による「若き日の歌(Lieder und Gesange aus der Jugendzeit)」の第2巻と第3巻が「少年の魔法の角笛」を元にしたもので、合わせて9曲からなります。

いたずらなこどもをしつけるために (Um schlimme Kinder artig zu machen)
緑の森を楽しく歩いた (Ich ging mit Lust durch einen grunen Wald)
終わった、終わった (Aus! Aus!)
たくましい想像力 (Starke Einbildings-Kraft)
シュトラスブルクの砦で (Zu Strassburg auf der Schanz)
夏の交代 (Ablosung im Sommer)
別離と忌避 (Scheiden und Meiden)
もう会えない (Nicht wiedersehen)
うぬぼれ (Selbstgefuhl)

一方、オーケストラ伴奏譜による歌曲集「少年の魔法の角笛」の成立過程は複雑で、少しずつ完成していく途中で、追加・削除がいろいろあり、今日の形で一般的なのは全12曲の構成。

歩哨の夜の歌 (Der Schidwache Nachtlied)
無駄な骨折り (Verlorne Muh')
不幸な時の慰め (Trost im Ungluck)
この歌を作ったのは誰 (Wer hat dies Liedlein erdacht)
この世の生活 (Das irdische Leben)
魚に説教するバドヴァの聖アントニウス (Des Antonius von Padua Fischpredigt)
ラインの伝説 (Rheinlegendchen)
塔の中で迫害されている者の歌 (Lied des Verfolgten im Turm)
美しいラッパが鳴り響くところ (Wo die schonen Trompeten blasen)
高い知性を讃える (Lob des hohen Verstandes)

初版譜には含まれませんでしたが、「リュッケルトの詩による歌曲 (全5曲)」とともに「最近作の7つの歌」として死後に出版された2曲を含めることが一般的です。
死せる鼓手 (Revelge)
少年鼓手 (Der Tamboursg' sell)

これら以外に重要なものが3曲あります。
原光 (Urlicht)
 出版後に交響曲第2番第4楽章へ転用し、後に歌曲集からは削除
三人の天使が歌っていた (Es sungen drei Engel)
 交響曲第3番第5楽章として作曲
天上の生活 (Das himmlische Leben)
 歌曲集の一つとして作曲されたが交響曲第4番第4楽章へ転用されたため歌曲集出版時に含まれず

交響曲第2~4番が「角笛交響曲」と呼ばれる所以はここにあります。

バーンスタインは、1967~1968年にクリスタ・ルートヴィヒ、ワルター・ベリーでオーケストラ版と自らのピアノ伴奏版の2種類でいずれも原光を含む全13曲、ビデオ全集は1984年録音、ルチア・ポップ、ウォルトン・グレーンロースで全12曲、DG全集では1987年録音、ルチア・ポップ、アンドレアス・シュミットで原光を含む全13曲の4つの録音があります。

アバドは1998年にアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、トーマス・クヴァストフを起用して原光を含む全13曲の録音があります。

ブーレーズのマーラー全集に含まれる2010年、マグダレナ・コジェナー、クリスティアン・ゲルハーヘルによる全12曲は映像化もされています。

また、全盛期のエリーザベト・シュヴァルツコップ、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを迎えた1969年録音のジョージ・セルによる全12曲も名盤としてしばしば取り上げられます。

そして、「少年の魔法の角笛」の詩にもとづく全24曲をすべてピアノ伴奏で録音(2003年)したのが ディアナ・ダムラウ、イヴァーン・パレイで、特に「若きの歌」の含まれる9曲は録音が少ないため貴重で、テーマごとに曲順をシャッフルしていますが、まとめて聴けるものは他にはありません。

若いパレイは落ち着いて聴けますが、ソプラノのダムラウはピアノ伴奏だと高音が目立つ。ルードヴィヒ、オッターのようなメゾ・ソプラノ歌手の方がこの手の歌曲には向いているように思うのは個人的な嗜好でしょうか。

コジェナーはアバドのルツェルンでも、リュッケルト歌曲集と交響曲第4番に登場しますが、映像を見てしまうと過剰な顔と手の振りが興味をそいでしまいます。ラトル(旦那さん!)のマタイ受難曲の映像ではそれがうまくはまっていましたけど。

2019年11月23日土曜日

今年最後の祝日


今日は「勤労感謝の日」で国民の祝日です。

そして、今年の祝日はこれで最後。12月には祝日はありません。昨年までは12月23日は天皇誕生日で休みでしたが、これは平成天皇の話。

昭和天皇誕生日(4月29日)は、みどりの日・昭和の日として祝日化しました。平成天皇誕生日については、今年からは平日扱いですが、これは上皇在中は権威付けにつながる怖れがあるためらしい。

ちなみに令和天皇誕生日は2月23日で、来年はいきなり日曜日のため24日が振替休日となり連休です。

12月はまた祝日無しの月に戻り、すでに建国記念日のある2月に祝日が増えてもなぁと思うところがありますが、こればっかりはしょうがない。

それにしても何かとごたごた続きの日韓関係では、昨夜ぎりぎりのところで韓国がGSOMIA破棄を中止する決定をしました。まぁ、何とか話し合いを始める可能性を残すことができて一安心。

一方で、桜を見て揉めている国会は相変わらず。ほぼ一党独裁と言えるような今の与野党の構図では、本当の政治なんてできないような気がします。おごる与党も困りものですが、揚げ足取り的な仕掛けしかできない貧弱野党にもうんざり。

令和という新時代が良くなるのか、それとも・・・国内外のこれらの問題次第かもしれませんね。

2019年11月22日金曜日

Leonard Bernstein / Mahler Complete Symphonies (CBS)

はっきり言って、レナード・バーンスタインは好きです。ぶっちゃけ、カラヤンは嫌いです。好みの問題ですからほっといてください。

何しろ、小学生の時に最初に認識した指揮者がバーンスタインとベームだったので、自分のクラシック音楽趣味はそこから始まっている。

マーラーを聴きこんでいくと、バーンスタインは避けては通れない。バーンスタイン以前にも以後にもたくさんの有名なマーラー振りはいるんですが、やはり現在のマーラー人気の土台を作ったのはバーンスタインの功績であることは異論はないところ。

ただ、その後オーケストラ物を聴かなくなった時にも、クラウディオ・アバドだけは時々聞いていましたし、何枚かのCDは所有していました。そして、ルツェルンのマーラー・チクルスのビデオで開眼しちゃった関係で、自分にとってのマーラーはアバドがスタンダードになった感があります。

そういう状況でバーンスタインのマーラーを聴いてみると・・・やはり、世評通り自らがマーラーとなって思いのたけを詰め込んだ超主観的な音楽であると言えるし、それが高い評価につながっていることはよくわかる。

その点、アバドのマーラーは素直すぎるというのも理解できるのですが、じゃあ自分にとってはというと、バーンスタインの「やりたい放題」みたいなところは癖が強すぎる。とは言っても、バーンスタインのマーラーが嫌いということではありません。

バーンスタインの最初の全集はニューヨーク・フィルの時代。1960年の第4番から始まって、61年に第3番、63年に第2番と第5番、65年に第7番、66年にロンドン交響楽団との第8番をはさんで、ニューヨークに戻って第1番と第9番、67年に第6番、そして75年に第10番という順で収録されました。イスラエル・フィルとの73年の「大地の歌」と74年の「亡き子を偲ぶ歌」が一連のシリーズに含まれます。

この時期、67~68年にルードヴィヒとベーリーの歌唱で自らのピアノ伴奏版とニューヨークフィルのオーケストラ版の「少年の魔法の角笛」、68年にまたもや自らのピアノ伴奏でフィッシャーディスカウによる「さすらう若人の歌」・「若き日の歌」・「リュッケルト歌集」が収録されています。

ただし「大地の歌」は66年のウィーンフィル盤が先ですが、これは後年のDG全集に含まれました。またロンドン交響楽団とは73年に第2番、「リュッケルト歌曲集」、「亡き子を偲ぶ歌」が再録音されています。イスラエルフィルとの「大地の歌」、ロンドンの第2番・番歌曲集はビデオ全集で映像を見れます。

これらのCBS盤は、後年のDG盤に比べて良くも悪くもバーンスタインの若さが前面に出た演奏といわれており、評価はやや低めのようです。でも、後年の思い入れたっぷりの演奏と比べて聴きやすい印象があり、自分としては嫌いではない。

思い入れたっぷりに演奏者の個性を出すことは重要で、楽譜に縛られたクラシック音楽では必要なことだとは思いますが、一方演奏が重くなっていく傾向も否定できません。若き日のバーンスタインは、まだ「枠」を取り払え切れていないのでしょうが、その分バランスが取れた演奏なのかなと思いました。

それにしても、マーラーにはまって2カ月で、ずいぶんと印象が変わってきたものです。自分の変化に驚きます。

2019年11月21日木曜日

どじょう掬いまんじゅう


頂き物です。中から出てきたのは、頬被りをしたひょっとこ面。胴体があれば、まさにどじょう掬いを踊り出しそう。

なかなかユニークな形で、なんか嬉しくなってきます。もっとも、中身はだいたい想像通りの味です。普通に美味しい。

どじょう掬いといえば安来節。安来節といえば島根。

というわけで、島根県のおみやげです。

CMもいろいろあるみたいで、そのクォリティがある意味やばい。


あら、えっさっさぁ~


2019年11月20日水曜日

朽ちる


車を運転していて、普通の住宅街を何気なく通りかかって、たまたま停止した時・・・

ふっと横を見て愕然とした光景です。

えっー!! 玄関が傷んでいる、を通り越して、ほぼ「朽ちている」に近い。

別の見方をすれば、年輪を感じるとか、歴史を重ねるとか、褒めようもあるんですけど、さすがにこれは・・・

人の住まない家は傷むとよく言いますが、周りを見渡すとこの家はどうも住人がいそうな気配です。

いわゆるゴミ屋敷ではありませんし、そこそこ綺麗にしているのに、玄関だけがこんな状態というのは理解に苦しむ。

この扉だけ見ていると、西洋の幽霊屋敷という印象です。

2019年11月19日火曜日

Leonard Bernstein IPO / Mahler Symphony #9 (1985,Tokyo)


マーラー初心者が、こういうものに手を出していいのかということは横に置いておいて、今回はYouTubeにアップされている驚異のビデオの紹介。

レナード・バーンスタインのイスラエル・フィルとの1985年の来日公演におけるマーラーの第9番の演奏です。この時の来日では、9月3日大阪、9月5日名古屋、そして9月8日と12日に東京の4回、マーラーの第9番が演奏されました。

詳しい録音のデータが記載されていないのですが、場所は明らかにNHKホールのようです。ただし、これが8日なのか12日なのかはわからない。

ただし、正規の撮影とは言えず、ホールの左2階席から、1台のカメラで撮影していますが、画像のぶれがほとんど無いので、明らかに三脚などで固定しています。

1985年というと家庭用の8mm Videoが流行りだしたころで、まだまだ録画機材は服の中に隠せるほど小さくはありません。となると、もしかしたら関係者が記録として収録していたものかもしれません。

実はネットを探索していると、1985年の公園のDVDとかCDがヤフオクに出たという情報が見つかります。さらに、探っているとなんとニコニコ動画に、大阪・名古屋・東京2回の音声データがアップされていました。

さて、バーンスタインは正規の物としてはマーラーの第9番は60年代のニューヨーク・フィルから始まって、70年代はウィーンフィルとのビデオ、そして生涯一度だけだった79年のベルリン・フィルとの競演があります。

そして、最後が1985年6月のコンセルトヘボウとの録音ですが、年代が進むにつれて演奏時間(特に第4楽章)が長くなって、バーンスタイン主観的芸術の到達点の一つとして高く評価されています。

この年に来日したバーンスタインは、「伝説的」にマーラーの演奏を繰り広げ、30数年前ですが、いまだに会場にいた方はその衝撃的な名演を忘れられない体験として語っています。

最近、イスラエルフィルとのテルアビブでのライブが発売されています。これは来日公演直前の8月の演奏。ただし、正規盤としては音質面が貧弱で、オケのミスも目立つという評判で、日本公演を知る人には不満が残るらしい。

このビデオでは、少なくともあからさまなミスはなく、遠くでのワン・マイク録音に関わらず比較的ましな音だと思います。直接に生で体験するとその分感動は大きい物ですが、それらを差し引いてもかなり凄い演奏であることはわかります。

とにかく、よくぞ残っていた!!と、感謝するしかない名演ですね。

2019年11月18日月曜日

Otto Klemperer New Philharmonia Orchestra / Mahler Symphony #9 (1967)

正直に言いますと、クレンペラーも実は今まで聴いたことがありません。クラシック音楽については、自分にとってリアルタイムの演奏しか、基本的に聴いてきませんでした。

クレンペラーも、気がついたときはすでに故人であり、自分にとっては伝説の一人。今回、マーラーにはまらなかったら、一生聴かずに終わったかも。今のところ、フルトヴェングラーはそうなりそうな感じ。

さて、マーラーと直接面識があって、なおかつマーラーの録音を残した指揮者というと、そう多くはない。たぶん「元祖」はメンゲルベルク。コンセルトヘボウ管弦楽団の音楽監督として、マーラーをたひたび招聘していました。ただし、録音は第4番(1939)と第5番のアダージェット(1926)くらしか残っていないようです。

ブルーノ・ワルターは弟子みたいな存在。そして、クレンペラーは目をかけてもらった新人。クレンペラーの指揮者としての扉を開いたのがマーラーで、クレンペラーは一生マーラーに感謝していたようです。

とは言っても、ワルターより亡くなったのが遅い割にはあまり録音は残っていない。交響曲第9番は、唯一1967年にステレオ録音があります。

演奏はニュー・フィルハーモニア管弦楽団。フィルハーモニア管弦楽団は戦後すぐにEMIレコード制作のためにイギリスで結成されたオーケストラですが、実際にコンサートの実演も行っていました。1964年に解散の危機に直面した時に、クレンペラーの全面的な支援の下ニュー・フィルハーモニア管弦楽団として継続したという歴史があります。

さて、演奏はというと・・・意外にというか、録音年代を考えると当たり前かもしれませんが、普通のテンポで音質もまぁまぁで安心して聴ける。ただし、第3楽章はゆっくりめですがめりはりのある音作り。

第4楽章は、たっぷりと弦を鳴らすところは、今どきの演奏と比べても負けていません。全体には素直な演奏という印象で、やはりバーンスタイン後の主観的演奏とは一線を画するところが「古さ」を感じさせるかもしれません。

クレンペラーの手兵として実演もこなしてきたオケですから実力もしっかりしていて、ワルターのコロンビア交響楽団より格上という感じです。

2019年11月17日日曜日

Bruno Walter / Marhler Symphony #9 (Columbia SO,1961), (WPO,1938)

突然に、ブルーノ・ワルターの登場。

実は、小学生の時に最初に知った指揮者は、カール・ベームとレナード・バーンスタインでしたが、もう一人、ブルーノ・ワルターの名前も聞いていました。

ただし、当時すでに大大大巨匠という扱いで、すでに亡くなっていたので、レコードを買ったことは無く、後にクレンペラー、フルトヴェングラー、トスカニーニなどと並んで、自分にとっては旧世代の方々という印象から手を出さないでいました。

ところがマーラーを聴きだしてみると、マーラーとの直に面識があるワルターとクレンペラーについては避けては通れないことがわかりました。特にワルターはマーラーとの関係が深く、直接的にマーラー自身から曲についての話を聞いているわけで、ワルターの演奏の中にマーラーの意図が見え隠れしている可能性を否定できません。

何しろマーラー自身ができなかった、第9番の初演の大役をこなしたのがワルターですから(1912年、ウィーンフィル)、これを聴かないわけにはいきません。

コロンビア・レコード(CBSレコード、現ソニー)がステレオ録音の技術が始まった時に、高齢ですでに引退同然だったワルターを説得していくつものレパートリーを録音しました。その中に多くのマーラー作品も含まれたのが幸いということなんですが、注意したいのは演奏のコロンビア交響楽団。

実は、これは実体が無いコロンビア・レコードの録音用のフリーランスが集まった臨時編成楽団です。もちろん技術的にはそれなりの人たちなんでしょうけど、常設の楽団と比べると質が劣ることは否めない。

そこらを割り引いて・・・さて、第9番を聴いてみる。第1楽章、第2楽章はまぁ無難な展開。ところが、第3楽章で、そのあまりテンポの遅さには愕然とします。マーラー自身が楽譜に直接書き込んだ「きわめて反抗的に」という指示とはかけ離れたゆったり感があり、何か違うという印象。

そして、逆に第4楽章の早いことにさらに驚きます。主観的演奏に走ったバーンスタインとは対局的なアダージョで、あっという間に死に絶える感じ。気持ちを入れすぎるのもどうかと思いますが、これがバーンスタイン前のマーラー解釈ということなんでしょうか。

これでワルターの評価を決めてしまうのはどうかという感じなので、さらにさかのぼって1938年のウィーンフィルとの有名なライブも聴いてみました。もちろん、モノラルですし、さすがに戦前の音源ですから音質はかなり悪いけど我慢できるレベル。

この時点では、マーラーは亡くなって27年で、まだほとんどの演奏者・聴衆にとって身近な実在の有名人。当然、ウィーンフィルには実際にマーラーの指揮で演奏した、あるいは第9番初演時のメンバーは多数いたと思います。

演奏は・・・なるほど、歴史的名盤との評価のある録音ですから悪いわけはない。風通しの良いマーラーという印象です。演奏時間は、バーンスタインは90分、アバドは85分くらいですが、61年の演奏は全体で80分の快速でしたが、38年だと約70分と超特急。

第3楽章は早めできりっとした感じですが、第1、第4楽章がやたらと早く、第2楽章はそれに対してゆっくり(それでも61年より早い)で、全体のテンポが似たような感じです。

昔の録音は、技術的な制約上、長時間録音が難しかったことがあり、全体的に早めのテンポ設定はしょうがない。ワルター自身は、38年の録音には満足していなかった節がありますが、ライブとしての熱気みたいなものと9番の骨格をしっかりと浮き彫りにした演奏という感じがしました。