映画、テレビドラマの製作は、プロデューサーに決定権があり、実際のところアカデミー賞の作品賞はプロデューサーに与えられるものと言われています。ただ、どのように場面を構築していくかは監督、あるいは演出家の腕次第。現実的には、それぞれが監督の作品であることは間違いない。
良質な作品を作るためには、脚本もかなり重要な位置を占めています。原作がある場合、それを3次元の世界で、しかも一定の制約の中で、ストーリーとして成立させるのは脚本家の手腕にかかっている。
最近、原作の実写化における改変について議論を呼んでいるわけですが、世界観が変わりすぎて批判されることもあるし、原作を知っていても新しい楽しみを得られると評価される場合もあり、意見は様々です。どちらの場合でも、原作者との緊密な連携があれば、トラブルは少ないはず。しかし、ヒットすれば何をしても良いというような、実写制作側の「おごり」のようなものが感じられるのは残念なところです。
野木亜紀子は作家性の強い脚本家として、注目すべき人だと思います。2010年にオリジナルの「さよならロビンソンクルーソー」で第22回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞しデヴューし、2012年には「ラッキーセブン(フジテレビ)」の半分以上の脚本を任され、松本潤、瑛太、松嶋菜々子、大泉洋、角野卓造などのそうそうたるメンツを見事に動かしました。
そして「空飛ぶ広報室(2013 TBS)」、「掟上今日子の備忘録(2015 日テレ)」、「逃げるは恥だが役に立つ(2016 TBS)」、「獣になれない私たち(2018 日テレ)」と新垣結衣の主演ドラマを連続4作担当しました。また「アンナチュラル(2018 TBS)」、「MIU404 (2020 TBS)」などのヒット作も手掛けています。特に「アンナチュラル」以後は、すべてテレビでは原作も自ら手掛けるオリジナル作品だけというのが特筆すべきポイントです。
映画でも「図書館戦争(2013~15)」の全シリーズを皮切りに、「アイアムヒーロー(2016)」、「罪の声(2020)」などの話題作を担当しました。そして、もうじき、「アンナチュラル」と「MIU404」の世界観をクロスオーバーさせた「ラストマイル」の公開が迫っています。
目下のところ、野木亜紀子脚本の最新作はこの映画です。原作は和山やまのマンガで、監督は山下敦弘。
森丘中学の合唱部の部長をしている岡聡実(斎藤潤)は、合唱コンクールの帰りに突然祭林組若頭補佐の成田狂児(綾野剛)に「カラオケに行こう」と呼び止められます。組長の誕生日に行われる恒例のカラオケ大会で、一番下手な者が組長自ら下手糞な刺青をされてしまうので、歌い方を教えろということでした。X JAPANの「紅」を熱唱する狂児は、お世辞にもうまいとは言えない。
なりゆきで付き合うことになってしまった聡実でしたが、変声期を迎えて担当のボーイ・ソプラノがきつくなっており悩んでいたのです。秋の合唱大会の当日が祭林組のカラオケ大会でした。バスでいつものカラオケ店の前を通りかかった聡実は、店の前に潰れた狂児の車と力なく救急車に運ばれる男性を目撃してしまうのでした。
野木亜紀子の脚本がどんな特徴があるのかを論じるだけの知見は持ち合わせていませんが、どの作品でも言えることは登場人物のキャラクターが立っているなと感じます。この映画でも変声期を迎えた思春期のビミョーな時期の中学生、通すべき筋は通しカラオケに真剣に取り組もうとするヤクザという、対照的な二人なのにしだいに「ともだち」になっていく過程に無理を感じません。
内容だけ聞けばコメディなんですが、無理に笑いを取るようなユーモアはほとんどなく、自然な彼らの行動がじわっと可笑しさを出しているあたりは好感が持てるところ。聡実の本音の部分も、映画独自の「映画を見る部」というものを設定して、その中で垣間見えるというのもなかなか良いアイデアでした。
いずれにしても、過ぎ去っていく時代、それは変声期を迎えた中学生であったり、古いタタイプのヤクザであったりするわけですが、それらの哀愁みたいなものをうまく映像の中に表現した作品であろうと思いました。