都筑区医師会の整形外科医の集まりを、都筑区整形外科医会といいます。さて、今までに数回都筑区公会堂で一般向けの講演会をやってきました。
今度の日曜日はその第4回。メインの講師は東海大学病院整形外科教授の持田譲治先生です。持田先生は・・・いや、あえてモッチは、と言わせてもらいます。もう20数年前、自分が医者になって東海大学病院の研修医になった年に慶応義塾大学病院から赴任してきました。
そのころから日本の脊椎外科の急先鋒で、椎間板ヘルニアを針を皮膚から刺して小さな傷で手術する経皮的手術のパイオニアの一人でした。大学の中でもそのアカデミニズムが群を抜いていて、椎間板の軟骨の試験管内再生の実験などはまさに世界をリードするものだったと思います。
自分は関節外科を選んだので、直接指導を受けることはあまりありませんでしたが、今や日本の脊椎外科の中では屈指の名医として、モッチと呼べることは誇りに思うわけです。
さて、そのモッチがわざわざ都筑区のために来てくれるというのは、大変すばらしいことです。本当に忙しい先生ですから、なかなか一般向けの講演会などに時間を割いていただけるということは希有のことなのです。時間のある方は、是非ご来場ください。
さてもう一人の講師は昭和大学横浜市北部病院の川崎恵吉先生。川崎先生は、自分と同じ手の外科を専門にしていて、対応は早くて的確。なかなか頼りになる先生です。川崎先生の演題は小児と高齢者の手の周辺の骨折。高齢者の方も、小さなお子さんをお持ちのお母さんも、是非お聞きいただきたい内容です。
一応、前座で自分もリウマチの話をさせていただきますが、無料の会なので是非お集まりいただきたいと思います。
2008年7月8日火曜日
2008年7月7日月曜日
シューマン / ピアノ協奏曲 イ短調
ロベルト・シューマン(1810-1856)は、いくつかの交響曲や管弦楽曲を書いていますが、やはりなんといってもピアノ曲。特に有名なのは「ごどもの情景」と「クライスレリアーナ」でしょうか。大ロマンチック大会のショパンよりも、むしろ器楽曲としての芸術性は高いように思うのですが。
そのあたりは結局好みということになりますかね。あまり多くない管弦楽曲の中で、実は小学生の時から大きなインパクトがあった曲が、唯一のピアノ協奏曲。何曲もあってもよさそうなのに、これ1曲。なんでインパクトがあったかというと・・・
そうなんです、ウルトラセブン。
最終回。史上最大の侵略の後編。
けがをして頭に包帯を巻いたダンは、再びウルトラセブンとして出撃しようとしている。それを止めるアンヌ。画面は一転して、きらきら輝くガラス越しに二人のシルエット。
「アンヌ、僕は実は人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだよ。西の空に明けの明星が輝くとき、空に飛んでいく一つの光がある、それが僕なんだよ」
「行かないで、ダン!!」
「行かなくちゃいけないんだよ。アマギ隊員がピンチなんだよ」
アンヌを振り切って、ウルトラアイを装着するダン。そこへアマギ隊員にせまる地中ミサイルのカットバック。ウルトラセブンはぼろぼろになりながらゴース星人の怪獣パンドンと戦う。アンヌが他の隊員のところに駆けつけ叫ぶ。
「ウルトラセブンの正体は、あたし達のダンだったのよ!M78星雲から地球を守る為に遣わされた平和の使者で、自分を犠牲にしてまでこの地球の為に戦ってるんだわ!」
思わず気合いが入って、ここまで一気に書いてしまいました。そらで書いてる自分が恐ろしい感じがしなくもないのですが、まあ、とにかくこの後ろで流れていたのがシューマンのピアノ協奏曲なんですよ。
もう、この選曲のセンスには脱帽です。はまり過ぎです。前のシリーズだったウルトラマンに比べると、スタッフに余裕が出て、ウルトラセブンのシリーズはかなりマニアックな作りが目立ちますが、そこがいまだにうけている理由ですよね。
昨日は久々にこの曲を聴いて、あの場面を思いっきり思い出してしまいました。
そのあたりは結局好みということになりますかね。あまり多くない管弦楽曲の中で、実は小学生の時から大きなインパクトがあった曲が、唯一のピアノ協奏曲。何曲もあってもよさそうなのに、これ1曲。なんでインパクトがあったかというと・・・
そうなんです、ウルトラセブン。
最終回。史上最大の侵略の後編。
けがをして頭に包帯を巻いたダンは、再びウルトラセブンとして出撃しようとしている。それを止めるアンヌ。画面は一転して、きらきら輝くガラス越しに二人のシルエット。
「アンヌ、僕は実は人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだよ。西の空に明けの明星が輝くとき、空に飛んでいく一つの光がある、それが僕なんだよ」「行かないで、ダン!!」
「行かなくちゃいけないんだよ。アマギ隊員がピンチなんだよ」
アンヌを振り切って、ウルトラアイを装着するダン。そこへアマギ隊員にせまる地中ミサイルのカットバック。ウルトラセブンはぼろぼろになりながらゴース星人の怪獣パンドンと戦う。アンヌが他の隊員のところに駆けつけ叫ぶ。
「ウルトラセブンの正体は、あたし達のダンだったのよ!M78星雲から地球を守る為に遣わされた平和の使者で、自分を犠牲にしてまでこの地球の為に戦ってるんだわ!」
思わず気合いが入って、ここまで一気に書いてしまいました。そらで書いてる自分が恐ろしい感じがしなくもないのですが、まあ、とにかくこの後ろで流れていたのがシューマンのピアノ協奏曲なんですよ。
もう、この選曲のセンスには脱帽です。はまり過ぎです。前のシリーズだったウルトラマンに比べると、スタッフに余裕が出て、ウルトラセブンのシリーズはかなりマニアックな作りが目立ちますが、そこがいまだにうけている理由ですよね。
昨日は久々にこの曲を聴いて、あの場面を思いっきり思い出してしまいました。
2008年7月6日日曜日
医者は頭が固い
病院やクリニックを患者として受診する時は、体調が悪くてつらい場合なのですから、患者としては医者に自分のことを的確にわかってもらいたいと思っていることでしょう。
でも、医者という人種の偏屈なものが多くて、それぞれが自分のスタイルを持っていますからなかなか患者に合わせてはくれません。だからといって、患者の方から医者に合わせるというのも変なことです。理想的には、患者と医者の両者が歩み寄ってお互いを尊重して問題を解決していくことが望まれます。
それでは、まず話を聞くという時に医者がどんなことを考えて、どのような答えを望んでいるかを考えて見ましょう。そのあたりが自然と一致して、すーっと話が進む場合がお互いにとっていい状況でしょう。いわゆる、「気が合う」ということです。
でも、医者の思考経路を知っていると、少しの努力で話がより伝わりやすくなります。いろいろな意味で、双方の無駄を省くことにつながり、有益なことだと思います。
患者さんの今の体の不調の話を聞き取ることを「問診(もんしん、現病歴、present history、アナムネーゼ、略してアナムネ)」といいます。すべての診断学のスタートであり、大変重要なところです。多くの病気は的確な問診によって、診断がついてしまうとは珍しくはありません。
これらの聞き取り方法は順番がだいたい決まっていますから、頭が固い医者は順番に沿って質問をして、順番が狂うことは大変に嫌います。ですから、質問されたことに主語・述語をはっきりさせながら答えれば最低限はOKということになりますが、ほとんどの場合、自分のつらいところをわかってもらうには不十分と感じることでしょう。
しかし、よけいにしゃべりすぎると、嫌な顔をする医者もいるかもしれません。そこで、医者が知りたがっている情報をうまく伝えることも患者としてのテクニックなのです。では、医者が知りたがっていることはどんなことなのでしょうか。
まず主訴(しゅそ)。読んで字の如しで、主な訴えです。最初に一番の問題が何かがわからないと、話を聞いていてもどこにポイントをおくか決まらず困ってしまうのです。主訴は原則として一つですが、時には複数あることがあります。
医者は一度にいくつもの病気が同時に起こるとは思いませんので、複数の主訴があっても一つの病気が原因と考える癖がついています。ですから、できるだけ主訴は一番つらいこと一つに絞ったほうがかしこい作戦といえます。残りは後で話してもかまいません。
そもそもことの始まりは、という感じで話を始めると何が問題かがわかりづらいので、とにかく最初は一番の来院の目的をはっきりさせるようにした方が、医者は話を進めやすくなります。
さて、続いてその症状についての細かい質問に移ります。これは英語でよく言われる疑問詞の5W1Hみたいなものです。いつから、どこに、どんな、よくなる状況、悪くなる状況かなどです。これを現病歴(present history)と呼んでいます。
その症状はいつからですか、連続的にでているのか、出たり消えたりしているのか、何かすると良くなったり悪くなったりするのかなどを知りたがっています。もちろん、ここが聞き取りの一番の中心です。
一通り、聞き終わると関連情報の収集に移るわけで、それが既往歴、つまり今までにかかったことがある病気や服薬の話です。そしてもう一つが家族歴、家系の中にどんな病気のとがいるかということを医者は知りたがります。また、病気の種類によっては、喫煙・飲酒などの嗜好についての質問も追加されます。
これらの話を聞きながら、視診(ししん)といって顔色や局所の具合などを目で見る診察は始まっています。だいたいの話が終われば、後は触診(しょくしん)、聴診(ちょうしん)、打診(だしん)といった直接患者さんに触れていく診察、理学所見をとっていくことになります。
たぶん日本の医学教育の基本は、だいたいこのような流れで診察を始めるように教え込んでいますから、患者さんもこのような順番を知っていると、話しやすい、あるいは聞いてもらいやすくなります。もしチャンスがあったら、試してみてください。
でも、医者という人種の偏屈なものが多くて、それぞれが自分のスタイルを持っていますからなかなか患者に合わせてはくれません。だからといって、患者の方から医者に合わせるというのも変なことです。理想的には、患者と医者の両者が歩み寄ってお互いを尊重して問題を解決していくことが望まれます。
それでは、まず話を聞くという時に医者がどんなことを考えて、どのような答えを望んでいるかを考えて見ましょう。そのあたりが自然と一致して、すーっと話が進む場合がお互いにとっていい状況でしょう。いわゆる、「気が合う」ということです。
でも、医者の思考経路を知っていると、少しの努力で話がより伝わりやすくなります。いろいろな意味で、双方の無駄を省くことにつながり、有益なことだと思います。
患者さんの今の体の不調の話を聞き取ることを「問診(もんしん、現病歴、present history、アナムネーゼ、略してアナムネ)」といいます。すべての診断学のスタートであり、大変重要なところです。多くの病気は的確な問診によって、診断がついてしまうとは珍しくはありません。
これらの聞き取り方法は順番がだいたい決まっていますから、頭が固い医者は順番に沿って質問をして、順番が狂うことは大変に嫌います。ですから、質問されたことに主語・述語をはっきりさせながら答えれば最低限はOKということになりますが、ほとんどの場合、自分のつらいところをわかってもらうには不十分と感じることでしょう。
しかし、よけいにしゃべりすぎると、嫌な顔をする医者もいるかもしれません。そこで、医者が知りたがっている情報をうまく伝えることも患者としてのテクニックなのです。では、医者が知りたがっていることはどんなことなのでしょうか。
まず主訴(しゅそ)。読んで字の如しで、主な訴えです。最初に一番の問題が何かがわからないと、話を聞いていてもどこにポイントをおくか決まらず困ってしまうのです。主訴は原則として一つですが、時には複数あることがあります。
医者は一度にいくつもの病気が同時に起こるとは思いませんので、複数の主訴があっても一つの病気が原因と考える癖がついています。ですから、できるだけ主訴は一番つらいこと一つに絞ったほうがかしこい作戦といえます。残りは後で話してもかまいません。
そもそもことの始まりは、という感じで話を始めると何が問題かがわかりづらいので、とにかく最初は一番の来院の目的をはっきりさせるようにした方が、医者は話を進めやすくなります。
さて、続いてその症状についての細かい質問に移ります。これは英語でよく言われる疑問詞の5W1Hみたいなものです。いつから、どこに、どんな、よくなる状況、悪くなる状況かなどです。これを現病歴(present history)と呼んでいます。
その症状はいつからですか、連続的にでているのか、出たり消えたりしているのか、何かすると良くなったり悪くなったりするのかなどを知りたがっています。もちろん、ここが聞き取りの一番の中心です。
一通り、聞き終わると関連情報の収集に移るわけで、それが既往歴、つまり今までにかかったことがある病気や服薬の話です。そしてもう一つが家族歴、家系の中にどんな病気のとがいるかということを医者は知りたがります。また、病気の種類によっては、喫煙・飲酒などの嗜好についての質問も追加されます。
これらの話を聞きながら、視診(ししん)といって顔色や局所の具合などを目で見る診察は始まっています。だいたいの話が終われば、後は触診(しょくしん)、聴診(ちょうしん)、打診(だしん)といった直接患者さんに触れていく診察、理学所見をとっていくことになります。
たぶん日本の医学教育の基本は、だいたいこのような流れで診察を始めるように教え込んでいますから、患者さんもこのような順番を知っていると、話しやすい、あるいは聞いてもらいやすくなります。もしチャンスがあったら、試してみてください。
2008年7月5日土曜日
あすなろ菜園 ミニトマト
きゅうりが華々しく育つので、ついつい地味~なミニトマトを忘れがち。でも、ゆっくり育っていて、ついに実がなり始めましたよ(ピントずれ写真ですみません)。けっこう患者さんは楽しみにしているようです。昨日や今日は、大変暑くて水やりをけっこうやっても葉っぱは元気がでません。ちょっとこの先心配。
それにしても今日も暑かったですね。今年になって初めて朝からエアコンを使ってしまいました。うちのクリニックは4階で風通しはいいので、湿度さえなければ、けっこうエアコン無しでもいけるんですが・・・
しかも今日は午後から診察の方ばかりが立て続けに来院され、最近の土曜日の午後としては異常事態ともいれる混み具合でした。
4月から土曜日の午後は基本的な診察料が500円上がったんです(つまり3割負担の方で150円増しということになります)。それまで午後にいらしていた患者さんも午前中に来るようになり、午前の方が込むようになりました。
なのにどうしたことでしょう。初診の方が数人つづくだけで、その後の患者さんは1時間近く待たせてしまうことになります。こうなると、自分の方は居直り気分になってしまいます。あわてて説明不足になってもしょうがないので、どっしり構えてしまうのです。
そのかわり雑談タイムがほとんど取れないのがつまらない。馴染みの患者さんのところまでかんばって、ちょっと雑談タイムにしようと思っていたら、その患者さんの時には、またもや何人も待っているという状態で、残念!!
まだまだ待合室に患者さん一杯いる状態に慣れていない新米クリニックなのでした。
2008年7月4日金曜日
中国産鰻蒲焼旨味十分?
前にあなごの蒲焼の弁当が受けたので、また食べていただきましょうか・・・と思って手に取りました。1尾分で380円。おっ、安い。それで・・・後はどうしようか、と思って眺めていると、中国産の鰻蒲焼。何かと食の安全が言われているご時世ですが・・・
今日のニュースでも、発がん性のある抗菌剤が検出されたというニュース。いろいろ出てきます。でも、うーん。安さにはかないませんでした。
だって、198円ですよ、198円。
二串分をひとつの弁当に押し込んでも396円ですもん。
というわけで、とりあえず味は問題なしだったようです。現代社会で都会にすんでいてパーフェクトな食の安全を確保というのは、まず無理ですよね。値段への要求と安全への要求は反比例するんですよね。どうしましょう・・・
2008年7月3日木曜日
あすなろ菜園 きゅうり収穫
2008年7月2日水曜日
夏が来れば思い出す その2
大学では何を思ったか・・・硬式テニス部に在籍していました。以前に剣道をやっていて、あの汗臭さはもうごめんと思った・・・
これからはピチピチギャルとテニスでエンジョイと思った・・・
とにかくあまりまともな理由では無いわけで、入学してクラブのオリエンテーションをしているところで、入部希望に躊躇無く署名。ところが浪人していたので、なんか年寄り扱い。まぁ、いいか。ところが、いわゆるテニスサークルを思い浮かべ、楽しい日々を想像していたのは大間違い。
本気で体育会系の乗りで朝練、午後練とくる。終わった後は、新入生はクレーコートを暗くなる夕闇の中ローラー引き。時々、本学のほんちゃんの体育会と合同練習ってな具合です。さすがに、先輩に廊下で会ったときには、壁にくっついて「うっす!!」なんてことはしませんでしたが、それはそれは汗は青春のガソリンだぁ~みたいな感じでした。
ですから、もちろん入部したのは正式には「硬式庭球部」なのであってテニス部ではありません。
夏が来れば思い出すのは、合宿。かんかんの日照りの中、九十九里の白子や山中湖にいったもんです。テニスをしようというわけですから、周囲に日陰なんてあるわけないです。そんなところで、先輩の愛の振り回し。
あっちこっちに球出ししますが、基本的には取れないところに出すわけで、取れないとわかっていても食らいついていく根性叩き上げ練習です。ぽとんネット際に落とされた後のロブは泣けます。大量の汗をかきますから、大量の水を飲みました。
この頃ですよ、はじめてポカリスエットなるまか不思議な飲料が登場したのは。最初飲んだときは、甘いような塩辛いようなねとっとしたような、人間の飲み物とは思えませんでした。同じ頃に発売されたゲータレードのレモン風味は、まだましでした。
でも、そんな練習をした後に宿に帰って、みんなで風呂に入れば元気が復活。また翌日の練習に向かって気合いが入るわけで、本当に若かったんですよね。
これからはピチピチギャルとテニスでエンジョイと思った・・・
とにかくあまりまともな理由では無いわけで、入学してクラブのオリエンテーションをしているところで、入部希望に躊躇無く署名。ところが浪人していたので、なんか年寄り扱い。まぁ、いいか。ところが、いわゆるテニスサークルを思い浮かべ、楽しい日々を想像していたのは大間違い。
本気で体育会系の乗りで朝練、午後練とくる。終わった後は、新入生はクレーコートを暗くなる夕闇の中ローラー引き。時々、本学のほんちゃんの体育会と合同練習ってな具合です。さすがに、先輩に廊下で会ったときには、壁にくっついて「うっす!!」なんてことはしませんでしたが、それはそれは汗は青春のガソリンだぁ~みたいな感じでした。
ですから、もちろん入部したのは正式には「硬式庭球部」なのであってテニス部ではありません。
夏が来れば思い出すのは、合宿。かんかんの日照りの中、九十九里の白子や山中湖にいったもんです。テニスをしようというわけですから、周囲に日陰なんてあるわけないです。そんなところで、先輩の愛の振り回し。
あっちこっちに球出ししますが、基本的には取れないところに出すわけで、取れないとわかっていても食らいついていく根性叩き上げ練習です。ぽとんネット際に落とされた後のロブは泣けます。大量の汗をかきますから、大量の水を飲みました。
この頃ですよ、はじめてポカリスエットなるまか不思議な飲料が登場したのは。最初飲んだときは、甘いような塩辛いようなねとっとしたような、人間の飲み物とは思えませんでした。同じ頃に発売されたゲータレードのレモン風味は、まだましでした。
でも、そんな練習をした後に宿に帰って、みんなで風呂に入れば元気が復活。また翌日の練習に向かって気合いが入るわけで、本当に若かったんですよね。
2008年7月1日火曜日
夏が来れば思い出す
7月になり、今日は昼からは一気に真夏のような日差しが痛いくらいでした。夏が来れば思い出す・・・やっぱり学生時代のことでしょう。社会人になってからは、さぁ、夏休みという感慨はあまりなく、休めば休むほど仕事がたまって自分の首を絞めてしまうのです。
とりあえず、一番最後の「夏休み」というと医学部の6年生の時。6年生の夏休みというのは、もちろん遊べるわけもなく、医師国家試験に向けていよいよ最後のラストスパート半年となるわけです。直前の試験では、平気で40点とか50点とか取っていましたが、9月からはそんなことはやっていられません。
当時の自分の大学では、9月から各教科を2週間程度で連続総復習していくカリキュラムでした。同時にやっている科目は3~4科目。2週間ごとに試験があります。たとえば血液内科と整形外科と皮膚科と形成外科みたいな感じです。
そういう連チャン試験地獄に突入する前の1ヶ月間の夏休みは、自分で必死に調整するための期間として大変重要でした。ところが、ところがです。忘れもしません。御巣鷹山です。夏休みも前半が終了し、いよいよエンジンもフルスロット全開にしなければならない時期でした。
日航機墜落事故。自分の人生の中で、テレビにしがみついてみまくった事件というのは、それほど多くはありません。小学校の時の浅間山荘の連合赤軍事件。これは1日だけでしたが、家に帰るなり、父親が「テレビで本当の戦争を生中継している」と興奮して教えてくれたのを覚えています。でも、その次がこれ。そして、最近の911同時多発テロ。このくらいでしょうか。
ダッチロール、圧力隔壁などの普通なら一般人が耳にしないような言葉が連日テレビで繰り返されて、もうひたすらテレビを見続けてしまいました。勉強なんて、まったく手に付きません。夏休み明けに国家試験的な全科混合試験があり惨敗。
おかげで目が覚めました。そのあとの地獄の連チャン試験は平均90点で猛進し、卒業試験、国家試験と一気に駆け抜けることができました。
不謹慎かもしれませんが、あの日航機墜落事故がなかったら、だらだらと夏休みを過ごし、なんとなくそのあとの半年を使っていたかもしれません。そういう意味で、自分にも大変インパクトの強く残っている夏の出来事なんです。
とりあえず、一番最後の「夏休み」というと医学部の6年生の時。6年生の夏休みというのは、もちろん遊べるわけもなく、医師国家試験に向けていよいよ最後のラストスパート半年となるわけです。直前の試験では、平気で40点とか50点とか取っていましたが、9月からはそんなことはやっていられません。
当時の自分の大学では、9月から各教科を2週間程度で連続総復習していくカリキュラムでした。同時にやっている科目は3~4科目。2週間ごとに試験があります。たとえば血液内科と整形外科と皮膚科と形成外科みたいな感じです。
そういう連チャン試験地獄に突入する前の1ヶ月間の夏休みは、自分で必死に調整するための期間として大変重要でした。ところが、ところがです。忘れもしません。御巣鷹山です。夏休みも前半が終了し、いよいよエンジンもフルスロット全開にしなければならない時期でした。
日航機墜落事故。自分の人生の中で、テレビにしがみついてみまくった事件というのは、それほど多くはありません。小学校の時の浅間山荘の連合赤軍事件。これは1日だけでしたが、家に帰るなり、父親が「テレビで本当の戦争を生中継している」と興奮して教えてくれたのを覚えています。でも、その次がこれ。そして、最近の911同時多発テロ。このくらいでしょうか。
ダッチロール、圧力隔壁などの普通なら一般人が耳にしないような言葉が連日テレビで繰り返されて、もうひたすらテレビを見続けてしまいました。勉強なんて、まったく手に付きません。夏休み明けに国家試験的な全科混合試験があり惨敗。
おかげで目が覚めました。そのあとの地獄の連チャン試験は平均90点で猛進し、卒業試験、国家試験と一気に駆け抜けることができました。
不謹慎かもしれませんが、あの日航機墜落事故がなかったら、だらだらと夏休みを過ごし、なんとなくそのあとの半年を使っていたかもしれません。そういう意味で、自分にも大変インパクトの強く残っている夏の出来事なんです。
2008年6月30日月曜日
んぱかカマーチ
こどもが小さい頃にやっていた女の子アニメの主題歌のタイトルです。
まぁ、それはどうでもいいわけで、今月のブログは「いろは歌」の順番にひらがな47文字でタイトルをつけてみました。
正式ないろは歌では「ん」は無いわけですが、習慣的に最後につけることがあるので、全部で47+1文字で48タイトルということになります。
何気なく始めてみたものの、けっこう大変。ネタが思いつかないときは、最初の1文字が決まっていると書きやすい。ところが書きたいことを思いついたときは、出だしの文字が決まっているのでタイトルがつけにくく、見送ってしまったネタもいくつかありました。
来月はアルファベットでやろうかなんて思ったりもしましたけれど、こんな馬鹿なことはあまりやらないほうが良さそうです。それにしても、いろは歌というのはすごいですよね。究極の言葉遊びではないでしょうか。
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
外国にもアナグラムという文字の入れ替え遊びなどがありますが、これだけの文字数を意味を持たせて使い切るというは並大抵のことではありません。とにかく最初に思いついた人はすごいとしかいいようがない。
作者についてはいろいろな説があるようですし、また暗号説など諸説入り乱れて興味がつきません。言葉の文化が次第に消えていくということを昨日書きましたが、こういうものは日本人としての特質となる部分ですから、継承されていくべきものであろうと思います。
ブロガーの方は、一度挑戦してみるといいかもしれません。二度はいりませんが・・・
まぁ、それはどうでもいいわけで、今月のブログは「いろは歌」の順番にひらがな47文字でタイトルをつけてみました。
正式ないろは歌では「ん」は無いわけですが、習慣的に最後につけることがあるので、全部で47+1文字で48タイトルということになります。
何気なく始めてみたものの、けっこう大変。ネタが思いつかないときは、最初の1文字が決まっていると書きやすい。ところが書きたいことを思いついたときは、出だしの文字が決まっているのでタイトルがつけにくく、見送ってしまったネタもいくつかありました。
来月はアルファベットでやろうかなんて思ったりもしましたけれど、こんな馬鹿なことはあまりやらないほうが良さそうです。それにしても、いろは歌というのはすごいですよね。究極の言葉遊びではないでしょうか。
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
外国にもアナグラムという文字の入れ替え遊びなどがありますが、これだけの文字数を意味を持たせて使い切るというは並大抵のことではありません。とにかく最初に思いついた人はすごいとしかいいようがない。
作者についてはいろいろな説があるようですし、また暗号説など諸説入り乱れて興味がつきません。言葉の文化が次第に消えていくということを昨日書きましたが、こういうものは日本人としての特質となる部分ですから、継承されていくべきものであろうと思います。
ブロガーの方は、一度挑戦してみるといいかもしれません。二度はいりませんが・・・
2008年6月29日日曜日
ゑんがちょ
昭和の舞台作家で評論家だった宇野信夫さんは、しばしば江戸時代からつたわる言葉の誤った使い方を指摘していました。
しだいに時代の変遷の中で言葉に代表される「文化」が変質していくことを嘆いていたわけですが、最近は情報量が肥大化して、さらに伝達の速度もものすごく速くなったため、言葉の変質はもはや止めようがありません。
数年前に使われていた言葉さえ使わなくなり、流行語大賞というのもむしろ「使わなくなった言葉の博物館」という方があっているように思います。そんなですから、自分がこどもの頃によく使った言葉なんて、いまのこどもにはまったく通じないでしょう。
「えんがちょ」というのは、道ばたで犬のウンチを踏んだときになどに「やーい、えんがちょだぁ!!」などと言ってはやし立てるときに使いました。すると踏んだこどもは誰かにさわると「えんがちょ切った」といい、さわられたものはくやしがる。
今から考えるとなんのことだかよくわかりませんが、そうやって普通に使われていたんですよね。「閻魔の庁」が語源という説があるようですが、使っていたこどもにとってはどうでもいいことで、仲間はずれと仲直りをするための効率的な方法の一つだったのかもしれません。
自分が通った小学校の超ローカルな言葉で「ぼんちんまんぱん、ったからったったぁ~」というのがありました。片手を胸の前、もう一方を股の前でグーパーしながらがに股になって、この言葉をいいながら向かってくるのです。内容はけっこう下品なので、あえて解説しませんが、まぁいつの時代にもこういうわけのわからないものが流行るんですよね。
後世に残る必要もありませんが、もしもこのブログを読んでいる方で、これをやっていおじさんがいたら連絡くださいね
しだいに時代の変遷の中で言葉に代表される「文化」が変質していくことを嘆いていたわけですが、最近は情報量が肥大化して、さらに伝達の速度もものすごく速くなったため、言葉の変質はもはや止めようがありません。
数年前に使われていた言葉さえ使わなくなり、流行語大賞というのもむしろ「使わなくなった言葉の博物館」という方があっているように思います。そんなですから、自分がこどもの頃によく使った言葉なんて、いまのこどもにはまったく通じないでしょう。
「えんがちょ」というのは、道ばたで犬のウンチを踏んだときになどに「やーい、えんがちょだぁ!!」などと言ってはやし立てるときに使いました。すると踏んだこどもは誰かにさわると「えんがちょ切った」といい、さわられたものはくやしがる。
今から考えるとなんのことだかよくわかりませんが、そうやって普通に使われていたんですよね。「閻魔の庁」が語源という説があるようですが、使っていたこどもにとってはどうでもいいことで、仲間はずれと仲直りをするための効率的な方法の一つだったのかもしれません。
自分が通った小学校の超ローカルな言葉で「ぼんちんまんぱん、ったからったったぁ~」というのがありました。片手を胸の前、もう一方を股の前でグーパーしながらがに股になって、この言葉をいいながら向かってくるのです。内容はけっこう下品なので、あえて解説しませんが、まぁいつの時代にもこういうわけのわからないものが流行るんですよね。
後世に残る必要もありませんが、もしもこのブログを読んでいる方で、これをやっていおじさんがいたら連絡くださいね
ひっちこっく
Alfred Hitchcock・・・アルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)はサスペンスの神様として君臨した映画監督。映画には芸術性を追求するものと娯楽性を追求するものがありますが、ヒッチコックはサスペンスを一貫した題材として取り上げ、映画の娯楽性を高めたことで偉大な功績があります。
笑いの中に寂しさを同居させ娯楽性と芸術性を併せ持った巨匠といえばチャップリンですが、ふたりとも母国のイギリスから戦禍を避けてアメリカに渡り、それぞれ違った足跡を残しました。
チャップリンは絶えず、笑いの中に権力に対する皮肉を混ぜることで、「反体制的」な人間というラベルを貼られ、晩年まで正当な評価を受けずにいました。
一方、ヒッチコックは「風と共に去りぬ(1939)」の大成功で当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったプロデューサーのセルズニックによってアメリカに招かれたため、最初のアメリカでの映画「レベッカ」でいきなりアカデミー作品賞をもらいます。
しかしセルズニックのとでは思い通りの仕事はなかなかできない。しだいに自分に付いてきた名声により独立し、作りたいものを作るようになります。ここからヒッチコックの映画実験が始まりました。
救命ボートという限定された空間のみでドラマが進行する「救命艇」、実際の時間経過どおりに犯罪が起こって犯人が追い詰められる「ロープ」、また「ロープ」では映画のサダ医の特徴であるカット割りを排除して、すべてのシーンを連続させたりもしました。
「ダイアルMを廻せ」では、劇場での演劇そのままの映像化、いきなり死体が転がっていて、これを移動させることのみをテーマにした「ハリーの災難」、定点カメラからの撮影のみで盛り上げる「裏窓」、開始早々に主演女優をいきなり殺してしまった「サイコ」、鳥が人間を襲う想像しうるすべてのパターンを見せきった「鳥」など、並べたらきりがありません。
これらの実験的手法は、今でもいろいろな映画に踏襲されスタンダードな手法となっています。これらを最初に考えたヒッチコックの天才がなかったら、ハリウッドはスターにのみ支えられた内容の無い映画を作り続け、今頃は忘れられていたことでしょう。
日本の映画にももちろん大きな影響があるわけで、笑いの要素を中心の作品作りをしていますが、今乗りにのっている三谷幸喜も、作品の作り込みは非常に似ている部分がありヒッチコックの影響をものすごく受けているはずです。
映画好きな人はフランスのトリフォーと対談形式で語られた「映画術」という本を絶対に読んで下さい。そこには映画を見る人、作る人、語る人すべてに役に立つ、まさに映画のすべてが語られています。そして読んだら、ヒッチコックの名言「たかが映画じゃないか」が本当に理解できることでしょう。
笑いの中に寂しさを同居させ娯楽性と芸術性を併せ持った巨匠といえばチャップリンですが、ふたりとも母国のイギリスから戦禍を避けてアメリカに渡り、それぞれ違った足跡を残しました。
チャップリンは絶えず、笑いの中に権力に対する皮肉を混ぜることで、「反体制的」な人間というラベルを貼られ、晩年まで正当な評価を受けずにいました。
一方、ヒッチコックは「風と共に去りぬ(1939)」の大成功で当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったプロデューサーのセルズニックによってアメリカに招かれたため、最初のアメリカでの映画「レベッカ」でいきなりアカデミー作品賞をもらいます。
しかしセルズニックのとでは思い通りの仕事はなかなかできない。しだいに自分に付いてきた名声により独立し、作りたいものを作るようになります。ここからヒッチコックの映画実験が始まりました。
救命ボートという限定された空間のみでドラマが進行する「救命艇」、実際の時間経過どおりに犯罪が起こって犯人が追い詰められる「ロープ」、また「ロープ」では映画のサダ医の特徴であるカット割りを排除して、すべてのシーンを連続させたりもしました。
「ダイアルMを廻せ」では、劇場での演劇そのままの映像化、いきなり死体が転がっていて、これを移動させることのみをテーマにした「ハリーの災難」、定点カメラからの撮影のみで盛り上げる「裏窓」、開始早々に主演女優をいきなり殺してしまった「サイコ」、鳥が人間を襲う想像しうるすべてのパターンを見せきった「鳥」など、並べたらきりがありません。
これらの実験的手法は、今でもいろいろな映画に踏襲されスタンダードな手法となっています。これらを最初に考えたヒッチコックの天才がなかったら、ハリウッドはスターにのみ支えられた内容の無い映画を作り続け、今頃は忘れられていたことでしょう。
日本の映画にももちろん大きな影響があるわけで、笑いの要素を中心の作品作りをしていますが、今乗りにのっている三谷幸喜も、作品の作り込みは非常に似ている部分がありヒッチコックの影響をものすごく受けているはずです。
映画好きな人はフランスのトリフォーと対談形式で語られた「映画術」という本を絶対に読んで下さい。そこには映画を見る人、作る人、語る人すべてに役に立つ、まさに映画のすべてが語られています。そして読んだら、ヒッチコックの名言「たかが映画じゃないか」が本当に理解できることでしょう。
2008年6月28日土曜日
もより駅はたまプラーザ
自分は、1999年に横浜市民になったんですよね。その前の10数年間住んでいたのは本厚木。その前はというと、渋谷。
今の青葉区民になったのは、その前の5年間を緑区の病院で働いていてので、土地勘があったということと、こどもの学校を選ぶ関係だったんですよね。不動産屋に連れられて、いろいろ見て回ったんですが、結局今の家を購入。
さて、交通はというと、バスでたまプラーザ駅にでるという説明。なるほど、最寄り駅はたまプラーザですか。何か素敵な名前ですよね。プラーザですよ。プラザじゃないんです。最寄り駅はどちらと聞かれたときに、ちょっと自慢したくなるじゃありませんか。
ところがあらためて、地図をよ~く見ていると、あれれ、あざみ野でも同じ距離。さらに小田急線の新百合ヶ丘や柿生でも大差ないじゃありませんか。
引っ越した頃は、横浜市営地下鉄があざみ野から新百合ヶ丘まで延びる計画があって、近くに駅ができるでしょうみたいな話がありましたが、今ではそんなまぼろしは消え果ててしまっています。
となると、どこの駅にもバスで10分以上かかる中途半端な場所という感じがしないでもありません。そもそもたまプラーザは市営地下鉄が避けてしまった時点で、いまいち盛り上がりに欠けていますし、横浜市と東急、横浜市と川崎市の関係がいろいろ取りざたされるのも無理がありません。
今の青葉区民になったのは、その前の5年間を緑区の病院で働いていてので、土地勘があったということと、こどもの学校を選ぶ関係だったんですよね。不動産屋に連れられて、いろいろ見て回ったんですが、結局今の家を購入。
さて、交通はというと、バスでたまプラーザ駅にでるという説明。なるほど、最寄り駅はたまプラーザですか。何か素敵な名前ですよね。プラーザですよ。プラザじゃないんです。最寄り駅はどちらと聞かれたときに、ちょっと自慢したくなるじゃありませんか。
ところがあらためて、地図をよ~く見ていると、あれれ、あざみ野でも同じ距離。さらに小田急線の新百合ヶ丘や柿生でも大差ないじゃありませんか。
引っ越した頃は、横浜市営地下鉄があざみ野から新百合ヶ丘まで延びる計画があって、近くに駅ができるでしょうみたいな話がありましたが、今ではそんなまぼろしは消え果ててしまっています。
となると、どこの駅にもバスで10分以上かかる中途半端な場所という感じがしないでもありません。そもそもたまプラーザは市営地下鉄が避けてしまった時点で、いまいち盛り上がりに欠けていますし、横浜市と東急、横浜市と川崎市の関係がいろいろ取りざたされるのも無理がありません。
せいぶつがくてき製剤
生物学的製剤と呼ばれる薬品は、関節リウマチをはじめとした炎症性疾患と呼ばれる病気の治療薬として、まさに時代の寵児然としています。
主だったリウマチ関連の学会での発表も、この数年は大多数が生物学的製剤に絡んだものであり、当然新刊書籍もこれらの薬剤を中心としたものばかりが目立っています。各製薬会社はシェア争いにしのぎを削り、さらに新しい製剤の開発が進められています。
患者さんにとっては、もちろん悪いことではありません。ただし薬の値段が問題。月平均にすると、いくつかある薬のいずれにしても自己負担3割の方で3~4万円もかかります。
国保の方(一般的には個人事業主)は、高額療養費制度を利用できる額にかかりません。社保の方(一般的には会社勤めの方)は、加入している保険組合によっては月の自己負担の限度額がそれ以下のことがありますので、必ず問い合わせておくことをお勧めします。
最近、新しく認可されたのはアボット=エーザイのヒュミラと中外製薬のアクテムラの2種類。ヒュミラは先行している田辺三菱のレミケードと同様の機序による薬ですが、レミケードが点滴で行うのに対して、こちらは皮下注射で投与可能であるところが一番の売りでしょうか。
安全性としては、レミケードでほぼ実証済みみたいなところがありますので、比較的安心して使えそうです。また、皮下注射が使いやすいことは先行するワイス=武田のエンブレルで証明されました。
一方のアクテムラは、これまでにはないまったく別のターゲットで効果を出します。そのため、どのような副作用が出るのか、多少不明な点があります。
また薬そのものの効果として従来使われている炎症の指標、つまりリウマチの病気の勢いを判定する検査項目が、病勢にかかわらず陰性化してしまうことから副作用の発見が難しくなることが心配されています。しかし、ターゲットが異なるため、他の製剤に無効な患者さんでも効果が出ることが期待されるので、今後が楽しみです。
さて、このような副作用をたいへんに心配する新薬は、市販されても厚生労働省への全例登録というシステムが定着しています。これはより安全性と有効性を確認するという意味で悪くはないのですが、実質的には治験(市販される前の治療実験)の続きみたいなもので、まだ完全にオープンに使用できるわけではありません。
一番手のレミケードでは、大きな制限はありませんでした。二番手のエンブレルはリウマチ専門医限定で行われました。そして、新しいヒュミラは学会の認定した教育施設限定となっています。
ですから、うちのような小さなクリニックでは当然使えないわけです。まぁ、同様のレミケードがあるわけですから、特に困ることはありません。
逆にびっくりしたのは、アクテムラの使用施設としてうちクリニックにOKがでたこと。リウマチ専門医で、生物学的製剤の使用実績によって可否がきまるようです。アクテムラは点滴で行うため、点滴をする場所や緊急時の連携医療機関の有無などが考慮されるようです。
ただし、アクテムラはまったく新薬であり、適応は慎重にされるべきであり、うちのようなクリニックではいきなりどんどん使うというわけにはいきません。おそらく3ヶ月程度で最初の全例登録の結果報告がまとまることでしょうから、それを見て安全性などを確認してからが使いどきではないかと考えています。
実際、この薬についての主な文献は開発者のグループのものばかりですから、もう少しいろいろな施設からの報告を知りたいところです。
主だったリウマチ関連の学会での発表も、この数年は大多数が生物学的製剤に絡んだものであり、当然新刊書籍もこれらの薬剤を中心としたものばかりが目立っています。各製薬会社はシェア争いにしのぎを削り、さらに新しい製剤の開発が進められています。
患者さんにとっては、もちろん悪いことではありません。ただし薬の値段が問題。月平均にすると、いくつかある薬のいずれにしても自己負担3割の方で3~4万円もかかります。
国保の方(一般的には個人事業主)は、高額療養費制度を利用できる額にかかりません。社保の方(一般的には会社勤めの方)は、加入している保険組合によっては月の自己負担の限度額がそれ以下のことがありますので、必ず問い合わせておくことをお勧めします。
最近、新しく認可されたのはアボット=エーザイのヒュミラと中外製薬のアクテムラの2種類。ヒュミラは先行している田辺三菱のレミケードと同様の機序による薬ですが、レミケードが点滴で行うのに対して、こちらは皮下注射で投与可能であるところが一番の売りでしょうか。
安全性としては、レミケードでほぼ実証済みみたいなところがありますので、比較的安心して使えそうです。また、皮下注射が使いやすいことは先行するワイス=武田のエンブレルで証明されました。
一方のアクテムラは、これまでにはないまったく別のターゲットで効果を出します。そのため、どのような副作用が出るのか、多少不明な点があります。
また薬そのものの効果として従来使われている炎症の指標、つまりリウマチの病気の勢いを判定する検査項目が、病勢にかかわらず陰性化してしまうことから副作用の発見が難しくなることが心配されています。しかし、ターゲットが異なるため、他の製剤に無効な患者さんでも効果が出ることが期待されるので、今後が楽しみです。
さて、このような副作用をたいへんに心配する新薬は、市販されても厚生労働省への全例登録というシステムが定着しています。これはより安全性と有効性を確認するという意味で悪くはないのですが、実質的には治験(市販される前の治療実験)の続きみたいなもので、まだ完全にオープンに使用できるわけではありません。
一番手のレミケードでは、大きな制限はありませんでした。二番手のエンブレルはリウマチ専門医限定で行われました。そして、新しいヒュミラは学会の認定した教育施設限定となっています。
ですから、うちのような小さなクリニックでは当然使えないわけです。まぁ、同様のレミケードがあるわけですから、特に困ることはありません。
逆にびっくりしたのは、アクテムラの使用施設としてうちクリニックにOKがでたこと。リウマチ専門医で、生物学的製剤の使用実績によって可否がきまるようです。アクテムラは点滴で行うため、点滴をする場所や緊急時の連携医療機関の有無などが考慮されるようです。
ただし、アクテムラはまったく新薬であり、適応は慎重にされるべきであり、うちのようなクリニックではいきなりどんどん使うというわけにはいきません。おそらく3ヶ月程度で最初の全例登録の結果報告がまとまることでしょうから、それを見て安全性などを確認してからが使いどきではないかと考えています。
実際、この薬についての主な文献は開発者のグループのものばかりですから、もう少しいろいろな施設からの報告を知りたいところです。
2008年6月27日金曜日
すいてるクリニック
今日は患者さんが少なく、Dr.Mが読んでいるかもしれないところでわざわざ書くのも恥ずかしい話ですが、うちでは50人を超えると大台なんです。しかし久しぶり50人を下回るんじゃないかという感じでした。最近は梅雨空ですから、天気になると洗濯が忙しいので整形外科なんぞに行っているヒマはないのではないかと思ってしまいます。
開業してすぐの頃に、当然暇なわけですが、患者さんに「このクリニックはいつでも空いていて、すぐ見てもらえるのがいい」と言われ、くやしいのですが否定もできず、「いつか見てろよ」と心の中で誓ったものでした。
今でも、その患者さんは何かあると通院してくれるんで、「どうです、ちょっと待つようになったでしょう」というと、「ははは、まだまだ他のところより早いよ」と言われてしまいます。
はじめは患者さんもいないので、物理療法でも牽引に電気にホットパック、うちにあるのは何でもどうぞ、それも好きなだけやっていってください、みたいな状態だったんんです。
ある時、週に数回来ては数時間すごしていたお年寄りがいたんですが、ぷっつり来なくなりました。たまたまその方の知り合いの方から、その理由を聞かされました。「あすなろさんは患者さんがいなくて、話し相手がスタッフばかりでつまらないからやめた」ということでした。
なるほど、そんなことも確かにありそうな話だなぁ、と思ったのですが、病院に行く目的を考えるとちょっと?というところはあるにしても、満足させられなかったことには違いがありません。
実際、銭湯や床屋が少なくなって寄合所がなかなかない時代ですから、お年寄りにとって診療所の役目のどこかにそういう部分があることはしかたがありません。患者さんが少なければ仲間がいない、患者さんがおおければお待たせする。ジレンマです。
ほどほどにバランスがとれているくらいにちょうどなれればいいんですけどね。
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