2019年11月14日木曜日

Claudio Abbado WSO / Mahler Symphony #6 (1967)

マーラーの作品は、自分が最初に感じたように、長くて変な楽器がしばしば登場するゲテモノという扱いを長らくされていて、それらを払拭した最大の功労者はレナード・バーンスタインであることは疑いようもありません。

今でこそマーラーの交響曲をまとめて聴ける音楽祭は珍しくなくなったとは言え、実際に企画・運営するとなるとかなり大変。その代表がアムステルダムのコンセルトヘボウで1995年に行われた「Mahler Feest」でした。

今の人気を決定づける聴衆のみならず演奏者も受容する機運を作ったと言われているのが、1967年のウィーン芸術週間で企画されたマーラー・チクルスです。詳しいことは、解説してくれているブログがあるのでそちらを参照するとして、ここでは演奏者のみ列挙してみます。

第1番 プレートル指揮ウィーン響
第2番 バーンスタイン指揮ウィーン・フィル ヒルデ・ギューデン、クリスタ・ルードヴィヒ
第3番 スワロフスキー指揮ウィーン響 ルクレティア・ウェスト
第4番 サヴァリッシュ指揮ウィーン響 ハリーナ・ルコムスカ
第5番 ショモギー指揮ウィーン響
第6番 アバド指揮ウィーン響
第7番 マデルナ指揮ウィーン響
第8番 クーベリック指揮バイエルン放送響
第9番 マゼール指揮ベルリン放送響
第10番~アダージョ トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
大地の歌 カルロス・クライバー指揮ウィーン響
嘆きの歌 トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
少年の不思議な角笛 プレートル指揮ウィーン響 グンドゥラ・ヤノヴィツ、ヴィクター・ブラウン
さすらう若者の歌 ベーム指揮ウィーン・フィル クリスタ・ルートヴィヒ
リュッケルトの詩による5つの歌曲 マデルナ指揮ウィーン響 ヒルデ・ツァデク
亡き子をしのぶ歌 マゼール指揮ベルリン放送響 クリスタ・ルートヴィヒ

さすがに、1週間そこらで連日会場に足を運ぶ人はいないでしょうけど、まとめて聴くとけっこう疲れるだろうなと思います。ベテランと若手をバランス良く配置して企画された感があります。

気になるのは当然アバドですが、他にベームやクライバーのマーラーというのはかなり珍しい。この時の演奏の音源はというと・・・アバドの6番とクライバーの大地の歌が簡単に見つかります。それ以外はどうも残っていないようです。

アバドの6番については、前に紹介した1965年のアバド出世のきっかけになった2番のライブとともに収録されています。モノラル録音で、やや籠った感じの音ですが、時代を考えると聴きにくいというほどではありません。

2番でもそうでしたが、アバドのマーラーは若い時からあまり変化がありません。早くからしっかりとした解釈をした確固たる自信がうかがえるわけですが、逆にそれをつまらないと感じる人もいるだろうことは否定しません。

2019年11月13日水曜日

新屋山神社 @ 富士吉田


どうせ富士吉田に来たんなら、是非寄らんといかんという場所がもう一つ。

それが新屋山神社。新屋山の神社ではなくて、新屋の山神社です。お祀りしているのは、天照皇大神は当然ですし、富士といえば木花開耶姫命もはずせません。ただし、トップを飾るのは大山祇命(オオヤマツミノカミ)。

オオヤマツミノカミは、伊邪那岐・伊邪那美のこどもで、アマテラスとは兄弟なんですが、古事記でも日本書紀でもあまり登場シーンが無いのでよくわからないのですが、木花開耶姫命のお父さんということになっています。名前からして、「大いなる山の神」ですから、富士山のお膝元であれば当然祀られるべきというところ。

本殿は市内にあるので、普通にお参りできます。ただし大事なのは、ここから富士山に向かって林道滝沢線を車だと小一時間上っていった二合目(標高1700m)のところにある奥宮。さすがにマイカーが無いといけない。


ここは、知る人ぞ知るパワースポットとして有名で、なかなか行きにくい場所にもかかわらず不思議な気を求めて人気が絶えません。ただし、冬期に入って11月5日に閉鎖されたので、春までは行けませんのでご注意を。


2019年11月12日火曜日

北口本宮冨士浅間神社 @ 富士吉田


富士吉田市で普通に神社にお参りしたい時は、スタンダードな場所は北口本宮冨士浅間神社でしょう。何しろこのあたりでは一番大きい。鳥居も大きくてなかなか立派。

景行天皇の時代の話。息子の日本武尊は九州で活躍して戻った途端に、今度は天皇から東征せよと命じられ、甲斐国へ向かう途中でここに立ち寄ったらしい。その時に、美しい富士はこの地より拝すべし、と言うので大鳥居が建てられたということらしい。

ヤマトタケルは、父親から「死んで来い」と言われた気がして傷心の気持ちでの旅でしたから、富士山の美しさに何か感じるものがあったのかもしれません。

平安時代以降は、富士山信仰により富士登山が行われるようになり、特に江戸時代には富士講が活発に行われ、この神社で安全を祈願することが必須の行事になったようです。

でもって、祀られているのはヤマトタケル・・・ではなくて、天孫降臨で有名にニニギなんですが、主役はいる富士宮市の富士山本宮浅間大社と同じ、ニニギが一目ぼれしたコノハナサクヤヒメです。


猛火の中で出産したコノハナサクヤヒメにあやかって安産を祈念する方、東側から安全に富士登山をしたい方は、ここに立ち寄りましょう。必ずご利益がある・・・はずです。

2019年11月11日月曜日

即位祝賀パレード


昨日は秋晴れの最高の日和のもと、先月の台風災害などの影響で延期されていた令和天皇陛下のご即位を祝賀するパレードが行われました。

正確には「祝賀御列の儀」と呼ばれ、オープンカーに乗られた天皇、皇后両陛下が手を振って答えていらっしゃいました。

自分はわざわざ見物に出かけたりはしませんでしたが、隊列はわずか5kmに満たない距離を30分以上かけて通り、沿道には物凄い人数のお祝いする人々が集まったようです。

即位正殿の儀から始まった、新天皇の即位を内外に知らせるための一連の行事はこれで終了だそうです。およそ3週間にわたって、天皇陛下および関係者の方々は相当に忙しかったと思います。

何しろ、2週間後には大嘗祭という歴史上も重要な儀式が控えていますので、とりあえず、是非ゆっくり休息を取られていただきたいものです。



2019年11月10日日曜日

Claudio Abbado WPO / Mahler Symphony #2 (1965)

クラシック音楽というと、17~18世紀が中心のような感じがして、数百年前の文化遺産みたいなところがあります。グスタフマーラーは1860年の生まれで、亡くなったのが1911年のことで、活躍していたのは100年ちょっと前。

レナード・バーンスタインは1918年の生まれで、マーラーはすでにいません。マーラーの弟子だったブルーノ・ワルターはマーラーより16才若く、マーラーが亡くなった時は30代なかば。

バーンスタインがワルターの代役でニューヨーク・デヴューしてセンセーションを巻き起こしたのが1943年の事。ワルター67才、バーンスタイン25才。

おそらく、この頃からワルターは、直接見聞きしたマーラーの事をバーンスタインに語ったんでしょうね。

これって、今の感覚で言うと、平成生まれの若者に昭和末期に亡くなった偉人の話をするようなもので、石原裕次郎はかっこよかったよとか、美空ひばりは素敵だったみたいな感じ。つまり、話をする側からすればまだ生々しい記憶があって、そんなに古い話をしているつもりはない。

クラウディオ・アバドは1933年生まれで、1963年にミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝したことでバーンスタインの副指揮者になります。バーンスタイン45才、アバド30才。

今度は、1964年の東京オリンピックや1970年の日本万国博覧会の後に生まれた、まだその影響が色濃く残っている40代後半が平成生まれの若者に伝えるような感じでしょうか。

つまり、何を言いたいかというと、バーンスタインは60年代、アバドは70年代にマーラーとの関わりを深めていくわけですが、それぞれそんなに古臭い音楽をやっている感覚ではないということ。

武満徹が亡くなったのは1996年で、そんなに古い話じゃありません。彼らがマーラーを取り上げるのは、武満徹の「モダン」なクラシックを今の若い指揮者が演奏するようなものかもしれません。

例によって、前置きが長いのですが、アバドの実質的なデヴューとなったのは、1965年のザルツブルク音楽祭。カラヤンが期待の新星として招待をしたわけで、当初はケルビーニのレクイエムをリクエストされたのを、アバドが自らマーラーの2番を振りたいと申し出たそうです。

アバドはバーンスタインの助手をしていたので、すでにこの曲との関わりはあったわけですが、当時はカラヤンはマーラーはまったく振ったことがありません。たぶん、知らないからOKしたのかもしれませんが、知っていたらこの若者のある意味無謀ともいえる申し出は却下したかもしれません。演奏するウィーンフィルにとっても、マーラーはしばらく遠ざかっていたタイトル。逆に、知らないので若僧の「あーしろこーしろ」に従いやすかったのかも。

結果は大喝采だったわけですが、幸いにもこの時の録音が残っていて、正規盤ではありませんがCDがAmazonでも売られていて簡単に手に入ります。モノラルで、音質も良いとは言えませんが、聴きにくいというほどではありません。

1963年録音のバーンスタイン=NYPの2番と比べて、バーンスタインの真似ではない演奏で、すでに後年の演奏に通じるアバドらしさを感じられる内容だと思います。逆にそこが、アバドらしいということ。年を取ると演奏時間がどんどん長くなる巨匠が多い中で、アバドは最初からしっかりと歌わせていたという見方もできると思います。

2019年11月9日土曜日

Leonard Bernstein / Ode an die Freiheit (1989)


11月9日はベルリンの壁崩壊の記念日です。正確には、「壁崩壊が始まった日」ということで、最終的に東西のドイツが統一されるのは約1年後のこと。今年は30周年に当たります。

アバドがベルリンフィル就任記念演奏会を行った1週間ちょっと後、1989年12月25日のクリスマスに、壁崩壊を祝う歴史的なコンサートが行われました。

それが、レナード・バーンスタインの指揮によるベートーヴェンの交響曲第9番(合唱付き)の演奏会でした。

すでに、あちこちで取り上げられている話題ですから、細かいことは書きませんが、音楽史上の名演とは言いませんが、政治色の観点からこれほど感動的なコンサートは他に無いと言えると思います。

ポイントその1
東西ドイツのオーケストラ、合唱団、ソビエトのオーケストラ、アメリカのオーケストラが臨時に集結して編成されたメンバーで演奏された。

ポイントその2
ユダヤのルーツを持つバーンスタインが、すでに癌により健康面に不安があったにもかかわらず、渾身の指揮をとったこと。

ポイントその3
最大のポイントは、バーンスタインによって、第4楽章のシラーによる「歓喜の歌」の歌詞で、"Freude(歓喜)"を “Freiheit(自由)”に変えて演奏が行われたこと。

演奏会が行われた場所はシャウシュピールハウスで、現在はコンツェルトハウスと呼ばれ旧ベルリン交響楽団、現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の本拠地。

実は、シャウシュピールハウスはベルリンフィルハーモニーの東に位置していて、2kmと離れていない。しかし、世界混成オーケストラにはベルリンフィルは参加していません。カラヤン=BPOとの確執がいろいろと言われていたバーンスタインということだとしたら、ちょっと残念ではありますけど。


2019年11月8日金曜日

不二阿祖山太神宮 @ 富士吉田


突然ですが、パワースポットが人気というのは、平成以後のブームみたいな感じで、もはや神社巡りというのも一般に定着してきた感があります。

ブームになって一般化してくると、神社巡りでは、参拝した証として御朱印をいただくというのが目的になっていることが多々あって、最近ではしばしば問題視されています。

それはともかく、パワースポットに行って、精神的なエネルギーを増やしたいというも、現代人のもろさみたいなものの現れなのかもしれません。

かく言う自分も、それとなくパワースポットに出かけることがあったりします。

とにかく得られるパワーが半端ないと評判なのが、富士吉田にある不二阿祖山太神宮。

その歴史は・・・なんか、古事記よりも古い話から始まっているとかいう話で、このあたりはよくわからない。ちょっと一般に言われていることとのズレがあるようなところもありますが、それは横においておきます。

神社のパンフレットによれば、本来、日本最古の神社ということらしい。日本の神社は基本的には天照大御神を祀る伊勢の神宮を頂点としたピラミッド構成ですが、ここでは天照大御神は一段下がった位置にいる。

じゃあ、トップはというと・・・元主一大御神(もとすはじまりおおみかみ)ということで、すべての始まり、高天原を作ったくらいの大元ということになっている。

この辺りは、神話の世界ですから、伝承以上の根拠はありませんので、信じるか信じないかということで、ここでは深入りしません。

とりあえず、最近復元されつつある神社の様子は、かなり「原始的」な形をとっているのかもしれません。広場の奥に小さい八代がって、これが本殿。

一番目立つのが、その本殿の手前にある鳥居です。伊勢と同じような神明鳥居の形状に似ていますが、特徴的なのは柱が3本ある藁で覆われた三柱鳥居(みはしらとりい)で、この中央に立って手を広げてエネルギーを吸収しようということらしい。

強力なエネルギーが噴き出ているらしいのですが・・・わかる人にはわかるようです。

2019年11月7日木曜日

Claudio Abbado BPO / Mahler Symphony #1 (1989)


1989年12月16日、ベルリン・フィルハーモニーで行われたアバド指揮ベルリンフィルのビデオです。

コンマスはレオン・シュピーラーで、今でも大活躍のダニエル・スタブラワとヴィオラのヴォルフラム・クリスト(お茶の水博士)が、二人とも髪が黒い。第2バイオリンのハンス=ヨアヒム・ヴェストファル(不機嫌爺)も黙々と弾いている。

さて、このビデオも大変貴重なものです。

何が貴重かというと、この演奏会がクラウディオ・アバドがベルリンフィルの音楽監督就任の始めてのコンサートだということ。

1989年10月にベルリンフィルは団員による選挙を実施し、カラヤンの次の音楽監督を自主運営の原則に則って選出しました。それが、当時56才だったアバドでした。

その直後、世界を揺るがす歴史的な事件が発生します。ベルンの壁崩壊です。11月9日に、ちょっとした東ドイツ政府関係者の勘違いから、市民が東西冷戦の象徴であった。ベルリンを東西に分断する壁に集結し、事実上の国境を自由に通過してしまう。

そして11月10日から、壁が誰からともなく壊してく作業が始まっていました。翌年までに、歴史的遺産としての一部を遺して、壁は完全に撤去されました。ちょうど、今度の週末が壁崩壊30周年にあたり、様々な記念行事が行われるようです。

本拠地ベルリン・フィルーハーモニーは、この壁の中心であったポツダム広場を見渡せる位置にあり、アバドはカラヤンの使用していた部屋に入り、さっそく就任記念コンサートのリハーサルを開始しました。

このあたりはベルリンフィル自主製作盤、「アバド・ラスト・コンサート」に収録されたドキュメンタリー「アバド最初の1年」に詳しく記録されています。

リハーサルで管楽器奏者がマーラーの指示通りに立ち上がると、アバドはびっくりした表情で、「今どき大袈裟ですから、座ったままでベルアップ(楽器を持ち上げて演奏する姿勢)でいい」と言っています。ちなみにルツェルンでは立ち上がってますね。

さて、本番では・・・さすがに緊張している様子が手に取るようにわかるスタートです。第1楽章が終わると、左から声をかけられた様子でアバドがちょっと笑う。たぶん、スタブラワあたりから「いい感じです」とか言われたんじゃないかと想像してしまいます。

最終楽章はアバドも全開の指揮振りで、手を口元に充てる癖も絶好調。オケを回しに回しての大円団です。オーケストラも新しい時代に新しいシェフとの最初の仕事をきっちりと成功させようと、全体に緊張感のある演奏を繰り広げた感じがしました。

2019年11月6日水曜日

Claudio Abbado BPO / Mahler Symphony #2 (1996)


1996年10月17日、サントリーホールで行われ、NHKが放送したアバド指揮ベルリンフィルの来日公演のビデオです。歌手は、シルヴィア・マクネアーとマリアンナ・タラーソワ。

コンマスは日本人、安永徹で、今でも在籍し活躍するダニエル・スタブラワと共にアバドのBPOを牽引した団員の一人。スタブラワが若いし、後年ルツェルンでアバドを支える、ヴィオラのクリスト(お茶の水博士)、第2バイオリンのハンス=ヨアヒム・ヴェストファル(不機嫌爺)もしっかり確認出来て、何か嬉しい。

さて、このビデオは大変貴重なものです。

何が貴重かというと、アバドは3回分くらいのマーラー交響曲全集を遺してくれましたが、同一楽団で完成したものが一つもありません。

正規に発売されているビデオとしては、一番多いのはルツェルンですが、何と残念なことに第8番が抜け落ちている。CDだとベルリンフィルとの演奏が最も多いのですが、こちらは第2番か無い。

第2番は、アバドの実質的に世界デヴューとなった1965年のザルツブルクで演奏したもの。カラヤンから招待され、自ら第2番を振りたいと進言し、ウィーンフィルを操って大喝采となりました。

ルツェルンでは実際に演奏されていないので、後で「こんなんありました」と出てくることは無いのであきらめるしかありません。ところが、ベルリンフィルでは演奏しているにもかかわらず発売されていない・・・ということで、その穴を見事に埋めてくれるのがこのビデオです。

アバドはベルリンフィルのシェフに就任して5年以上たち、カラヤンの呪縛を払拭し、自分のカラーを出せるようになった頃だろうと思います。前年のMahler  Feestにも招聘され、マーラー振りとしても乗りに乗っている時代。

演奏の内容は、2003年のルツェルンでのものと大きなかわりはありません。さすがに名手揃いのベルリンフィルですから、この対局も難なくこなします。アバドらしい風通しの良い第2番です。画質・音質のアップされた正規発売を期待したいですね。

2019年11月5日火曜日

ミカン


まぁ、大きさからすると、たぶんミカンだと思うんですけど・・・

柑橘系の実はどれも似ているので、本当は何かはよくわからん、というのが本音。

すぐ近所に通りがかりに見つけた果実。まさに、実りの秋という感じ。けっこう、庭に柑橘系を植えている家が多いようです。

ミカンなら、この辺りで植えているのは、普通に温州ミカンなんでしょうかね。

温州(うんしゅう)というのは、中国にあるみかんの産地ですが、あやかっただけで原産地は日本らしい。

あまり高くはならないし、特別なことをしなくても実がなるので、美味しいかどうかは別として育てやすい。

庭が広ければ一本植えてもいいかもしれません。

2019年11月4日月曜日

Mahler Feest in Amsterdam 1995


アムステルダムの有名なコンサートホールと言えば、コンセルトヘボウ。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)は、コンセルトヘボウを本拠地にしている、ベルリンフィルやウィーンフィルとも肩を並べる、伝統のある世界有数のオーケストラです。実は2代目の音楽監督であったメンゲルベルクによって、グスタフ・マーラーは指揮者としてしばしば招聘されたため縁が深い。

歴代音楽監督の中では、ベルナルト・ハイティンク(1962-1975)、リッカルド・シャイー(1989-2003)がRCOでマーラーの交響曲全集を作りました。そして、マリス・ヤンソンスは、いろいろな指揮者が振り分けたRCOによるビデオ全集(2009-2011)を完成させています(自らは2、3、8番を指揮)。

ちなみに、ヴィオラ主席は日本人の波木井賢さん。他にもたくさんの日本人奏者が在籍しています。また、ヤンソンスの後を引き継いだガッティは、昨年セクハラで電撃解任され、現在までRCOは音楽監督は不在という状況。

さて、そんなRCOは、過去に1920年、1995年の2回、Mahler Feest in Amsterdamと称する全曲演奏会を行いました。1920年はメンゲルベルクの監督就任25周年記念でした。

1995年はRCOだけでなく、なんとベルリンフィル(BPO)、ウィーンフィル(WPO)、グスタフマーラー・ユーゲント管弦楽団(GMJO)を招いた物凄い音楽祭で、オランダ放送協会が公式に自主製作CDを作成しました。ただ残念ながら、通常の販売は行われなかったため、いまやたまに中古が売りに出ても驚愕の価格になっています。

その布陣を並べてみると、
第1番 シャイー指揮 RCO
第2番 ハイティンク指揮 RCO ヴァン・ネス、マルジオーノ
第3番 ハイティンク指揮 WPO ヴァン・ネス
第4番 ムティ指揮 WPO ボニー
第5番 アバド指揮 BPO
第6番 ハイティンク指揮 BPO
第7番 ラトル指揮 WPO
第8番 シャイー指揮 RCO
第9番 アバド指揮 BPO
第10番 ハイティンク指揮 GMJO
大地の歌 ハイティンク指揮 GMJO ハンプソン、ヘップナー
嘆きの歌 シャイー指揮 RCO
少年の魔法の角笛 アバド指揮 BPO フォンオッター、シャイー指揮 RCO ハガード
少年の魔法の角笛(ピアノ伴奏) ハンプソン
リュッケルト歌曲集 ムティ指揮 WPO ラルモア
リュッケルト歌曲集(ピアノ伴奏) ハンプソン
亡き子を偲ぶ歌 ハイティンク指揮 BPO リポヴシェク
亡き子を偲ぶ歌(ピアノ伴奏) ハンプソン
さすらう若人歌 シャイー指揮 RCO ハガード
さすらう若人の歌(ピアノ伴奏) ハンプソン

凄いですね。凄すぎですね。これを1週間ちょっとで全部聞こうと言うんですから、もう伝説的な演奏会の域を超えています。

その伝説を再びということで、注目されているのがMahler Feest in Amsterdam 2020です。来年5月に25年ぶりにマーラー・フェスティバルが開催されることになっています。今のところ予定されている出演者は、

第1番、第2番 Jaap van Zweden New York Philharmonic
第3番 Myung-Whun Chung RCO
第4番 Kirill Petrenko BPO
第5番 Daniel Barenboim WPO
第6番 Kirill Petrenko BPO
第7番 Daniel Barenboim WPO
第8番 Daniel Harding GMJO
第9番 Myung-Whun Chung RCO
第10番、大地の歌 Iván Fischer Budapest Festival Orchestra

これはこれで凄いメンバー。個人的に注目なのは、BPOの新シェフであるペテレンコ、そしてマーラー振りとしては急上昇中のハーディングあたりでしょうか。

ゴールデンウィークのあと、さらに2週間仕事を休めたら・・・って無理な話なので、今どきですから映像が配信されたり、ブルーレイなどで発売されることを期待するしかありませんね。

2019年11月3日日曜日

独断のマーラー・ランキング

イギリスの音楽雑誌が、151人の指揮者に行った「あなたにとっての10大交響曲は」というアンケート結果では、第1位ベートーヴェン「英雄」、第2位同じく「合唱」、第3位モーツァルト「ジュピター」でした。

しかし、その後に続く第4位に第9番、第5位に第2番「復活」、第10位に第3番という具合にマーラーが10位までに3曲ランクインしています。

だいたいこの手のランキングは個人の好みもかなり関係するので、だから何? 的なところはありますが、ネットを眺めているとわかりやすい第1番、短くて聴きやすい第4番、アダージェットが有名な第5番あたりも人気が高い。

人気が低いものだと、未完成の第10番はしょうがないとして、大がかりすぎて聴く機会が少ない第8番も入ってくる。第7番は全体の統一感がなく、時には「失敗作」の烙印を押されているせいか、プロ・アマ問わず最下位で一致しそうです。

となると、残った問題は第6番。演奏する側からすると、いろいろな変わった楽器、というか道具を必要とする煩雑さがありそうです。聴く側からは、出だしがダースベイダー。マーラーではお馴染みの歌が含まれていないのも、人気を分けるところかもしれません。

このところ集中的にマーラーを聴きこんできた結果として、現在までの自分のマーラーのランキングを考えてみました。とは言っても、きっちり順位をつけることは難しいので、好き、嫌い、どっちでもないの三択にしようかと思いましたが、それも難しい。

まぁ、はっきり言って嫌いだったら聴かないわけですから、嫌いというラベルはつけようがない。まずは全曲を簡単に評価してみます。

交響曲第1番 短めでわかりやすいが、まだマーラーらしさが少ない。
交響曲第2番 合唱・独唱が入ってドラマチックで聴きごたえあり。
交響曲第3番 マーラーらしさが完成した感じだか、さすがに長すぎて疲れる。
交響曲第4番 独唱の入る第4楽章が素晴らしい。
交響曲第5番 アダージェットの印象が強すぎて、それ以外が頭の残りにくい。
交響曲第6番 かっこいいの極み。
交響曲第7番 確かに、う~んという感じ。
交響曲第8番 第1部の壮大さはすごいけど、アバドの映像がない。
交響曲第9番 わかりにくいけど、マーラーの精神世界の完成形。
交響曲第10番 美しいけど、残念ながら未完成。
大地の歌 交響曲としては無理がある。
若き日の歌 ドイツリートとしては普通。
さすらう若人の歌 同じく。
少年の魔法の角笛 オケ伴奏リートとして抜群の成熟度がある。
リュッケルト歌曲集 「私はこの世に捨てられて」以外は普通。
亡き子を偲ぶ歌 オケ伴奏リートとして標準。

まぁ、今のところこんな感じ。ですから、好感度の高いものとして、2・6番、少年の魔法の角笛あたりを押したいところ。好感度が低いのは普通に7・10番でしょうか。8・9番は今後の聴きこみ具合によっては、好感度が高まる可能性があります。

前にマーラー全集としてDG・DECCA系とWarner・EMO系のボックスを紹介しましたが、探していたらもう一つありました。

バッハの激安ボックスでもおなじみのHanssler・PROFILEのもので、新旧取り混ぜての演奏が含まれいます。このボックスの一番のお得ポイントは、ダムラウによる「少年の魔法の角笛」のピアノ伴奏版、しかも「若き日の歌」などの角笛関連も全部集大成しているアルバム、マーラー編曲ウェバーのオペラが丸々ふくまれているところ。

さらに「大地の歌」も珍しいピアノ伴奏版が入っていて、これらだけを単独で買う値段で、ワルター、ハイティンク、ミトロプーロス、テンシュテット、ストコフスキーらの全交響曲の名演が付いてくるのは凄すぎる。

2019年11月2日土曜日

In memoriam Claudio Abbado, Lucerne Festival 2014

ベルリンフィルならばカラヤン、ウィーンフィルならばベーム。

長きにわたって、名門オーケストラを支配した音楽監督も、初めはおそらく先代の演奏法が染みついた団員たちをコントロールすることに苦労したのかもしれません。

クラウディオ・アバドは、しばしば生前に「オケに好きにさせている」という批評に代表されるような、ネガティブな評価を受けることが少なくありませんでした。

名門ばかりとの関係がおおかった、ある意味「エリート」だったアバドは、絶えずオーケストラに染みついた伝統との戦いを強いられる立場にいたのだろうと思います。

しかし、その中でも指揮者としての厳しさは十二分に自覚していて、過去にどのように演奏してきたかということより「楽譜にどう書かれているか」が重要であり、それを実現するためにはオケの団員との衝突も厭わない姿勢を崩さなかったようです。

多くの優秀な若者を集めて後進の育成という点に関しては、他のどの指揮者よりも多大な時間を割いてきたアバドは、(良くも悪くも)癖が無い若者との共演はたくさんの刺激がもらえて楽しかったようです。

その成果は、ヨーロッパ管弦楽団、グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団、マーラー室内管弦楽団などであり、さらにアバドを慕う世界中の名手が加わって集大成されたルツェルン祝祭管弦楽団に結実しました。

アバドのルツェルン音楽祭のビデオをたくさん見ていて、指揮者のオーケストラ演奏での役割とは何だろうと考えました。

間違いなく、開始の合図と初期テンポの設定は指揮者の重要な仕事ですが、音楽が始まってしまうと優秀な楽器奏者たちはいくらでも自分の知っている世界で個々に演奏を完結する力があります。

カラヤンはしばしば最初から最後まで目を閉じて指揮をしていて、オーケストラからのフィードバックは拒絶していました。カラヤンのオーケストラに対するスタンスは、自分の指揮棒の通りに音を出す楽器であればよかったのかもしれません。

バーンスタインは見ていて楽しいくらい動き、時にはのりのりで踊っている。共演が多かったウィーンフィルは、巨匠然としたベームとの違いの大きさに唖然としていたかもしれません。実際、ビデオを見ていると、そんなバーンスタインをウィーンフィルのメンバーはほとんど見ちゃいない。

ところが、ルツェルンのアバドの場合は、メンバーが指揮台の上のアバドを見つめる視線の熱さがまったく他の指揮者の場合とは違う。アバドに対する信頼、尊敬、敬愛などなどの感情が溢れています。

アバドは譜面を半端ないくらい読み込んでいて、長大なマーラーの作品でも暗譜しているので楽譜をおいて演奏することがありません。本番ではオーケストラを信頼して、「好きにさせている」のであって、すでにその時点でアバド色が出来上がっているのです。

原典を尊重し、作曲家がどのような音楽を聴かせたかったを重視するアバドの音楽は、時には「個性が無い」と言われるかもしれませんが、オーケストラと一体になって曲の本質をしっかりと表現することにかけては誰よりも「巨匠」と呼ぶにふさわしい。

2014年1月20日、アバド永眠。4月にルツェルンでは、アバド追悼の音楽会が行われました。スター演奏家が多いルツェルン祝祭管弦楽団の名手たち全員とはいきませんが、たくさんのお馴染みのメンバーが急遽参集しています。

実は驚いたのは、追悼のためにオーケストラが演奏したシューベルトの「未完成」第1楽章です。メンバーが揃い、音合わせが終わって、さぁ指揮者登場・・・ですが、当然アバドはもういません。

なんと、コンサートマスターの合図のもと、指揮者無しで演奏が始まりました。室内楽のような、指揮者がいないオーケストラの演奏は初めて見ました。メンバーからすれば、そこにはアバドが立っていたのかもしれません。

最後はネルソンスの指揮でマーラーの3番終楽章。長い長い弦を中心とした、普通に聴いても感動するのですが、多くのメンバーは泣きながらの演奏。本当にアバドは慕われていたことが、いやというほどわかります。

全ての演奏が終了して客席から巻き起こった長い拍手は、ゲストであるバイオリンのイザベル・ファウスト、指揮者アンドリス・ネルソンスではなく、間違いなくクラウディオ・アバドを対するものでした。

2019年11月1日金曜日

首里城焼失


巷では、一部でハロウィンで盛り上がる人もいたかもしれませんが、10月晦日に飛び込んできた沖縄の「首里城火災」のニュースは、沖縄県民だけでなく日本中で驚きと伴にショックであったと思います。

15世紀から19世紀まで続いた琉球王国の城である首里城は、沖縄県民の方々にとっては「原風景」の一つ。自分たちのような県外の者からすると、やはり沖縄をイメージする代表的な建造物です。

2000年に、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されたことは記憶に新しい。ただし、登録名は「首里城跡」です。

首里城は、過去に何度も喪失・再建されていて、最後は太平洋戦争末期の激しい沖縄をめぐる戦いで、建物はほとんど破壊されていました。今回焼失したのも、1980年代から始まり今年1月に復元完了したばかりの建物。

歴史を正しく継承していくシンボルとして重要ですから、すぐさま新たな復元作業が開始されることになるだろうとは思います、とはいえ、また見事な朱塗りの外観を見れるのには長い期間が必要そうです。