2022年11月28日月曜日

サッカー・ワールドカップ2022 日本 VS コスタリカ


もともとグループ・リーグの抽選が決まった時に、唯一、日本が勝てるかもと予想されたのがコスタリカでした。

日本は初戦の対ドイツ戦で大金星をあげたので、対コスタリカに勝つことは重要度を大幅に増しました。ここは是が非でも勝ち点3をもぎ取らないといけません。

昨夜、日本時間ごご7時から・・・もう結果は知れ渡っているでしょうから、どうのこうの言う必要はありません。

残念!! !! !!

これで1勝1敗。勝てないと言われていたとこに勝ち、勝てそうといわれていたとこに負けただけ・・・なんですが、予想との落差が大きいだけに、昨夜はガッカリ感が大きい感じ・・・

絶対負けたくないコスタリカの鉄壁な守り姿勢に引きづられ、なんか、ずっとモヤモヤした試合でした。ひところよく言われていた「決定力の無さ」が目立った印象です。コスタリカは耐え忍んで、ワン・チャンスをしっかり生かしたというところ。

そんなわけで、まぁ、スペインに勝てばいいんです・・・
ガンバレ、NIPPON、SAMURAI BLUE !! !!

2022年11月27日日曜日

セブンのおにぎり


コンビニの雄、セブンイレブンの期間限定おにぎりは、登場してもあまり食べてみたくなることは少ないのですが、今売られているののがこれ。

わさびめし・・・これは、以前にもあったように思いますが、115円という安さも魅力。一口食べると、ほんわかとわさびの香りが口の中に広がり、もう一口かぶりつくと、真ん中の摺り下ろしのわさびにたどり着く。

ヒョエ~というほどではありませんが、多少刺激的な味が癖になります。わさび好きにはたまらない。海苔が巻いてあれば最高ですが、それだけで30~40円値段が高くなるだろうことを考えれば、こういう質素系は海苔無しで納得です。

もう一つは、きのこめし。これも「新発売」となっていますけど、似たようなものは過去にもあったんじゃないかと。

まぁ、普通に美味しいいろいろな茸が入った炊き込みご飯です。いちいち確認はしませんでしが、たぶん椎茸、しめじ、舞茸あたりの一般的な物が入っているんだと思いますが、わさびより具材らしいものが入っている分、10円高くて125円です。

じわじわと何でもかんでも物価上昇している最近ですが、何とか価格を抑えて提供しようという作戦は歓迎です。


2022年11月26日土曜日

味噌を作ってみる 7 もつ煮


自家製味噌作りで、使ってみようシリーズ・・・って続くかどうかわかりませんけど。

今回は、「もつ煮」です。

豚の白もつ 適当量
野菜類 好きな物いろいろ適当量
 定番としては大根、人参、椎茸、蒟蒻、牛蒡・・・
 今回は、ちょっと嬉しいウズラの卵も入れてみました。

味付けは、出汁はあごを使いました。鷹の爪輪切りもパラパラ・・・

そして、肝腎のみそ。漬け込んでから6か月の自家製味噌。味を見ながら適当量を入れます。もう、味は間違いありません。ビールが進みますよ。

ところで、もつ煮というと、臭いが気になる人が多いと思います。

これを防ぐには、まずもつだけを茹でこぼすのが正解。それも2回ほど茹でると、ほぼ匂いは気になりません。もつに残っている脂もほとんど解けてしまうので、カロリーが気になる方にも嬉しい。

いやいや、その脂が美味しいという方は、そもそももつ煮じゃなくて、生もつでもつ鍋で楽しみましょう。


2022年11月25日金曜日

サッカー・ワールドカップ2022 日本 VS ドイツ


あっ、何か一日遅れの話題でスミマセン。もう、さんざんニュースでやってたので、お腹一杯ネタかもしれませんが・・・

森保JAPAN、初戦で強豪ドイツを撃破!!

おめでと~!! 

もともと、グループリーグの組み合わせはシビアでしたよね。何しろ、日本の入ったグルーブEは、ドイツ、スペイン、コスタリカです。FIFAランキングで言えば、それぞれ11位、7位、31位です。日本は24位。

上位2チームが決勝トーナメントに進むことを考えると、日本はかなり難しい・・・はずですからね。でも、これでコスタリカに勝てれば、スペインに負けても行けるかもしれない。

いよいよ日曜日のコスタリカ戦が重要になってきましたよ。

ガンバレ、NIPPON、SAMURAI BLUE !! !!

2022年11月24日木曜日

俳句の鑑賞 47 桂信子


桂信子、本名、丹羽信子は大正3年(1914年)に生まれた、大坂出身の女流俳人です。

少し話を戻して、日野草城の連作「ミヤコホテル」のことを思い出しましょう。昭和9年に発表された、京都のミヤコホテルを舞台に、(想像上の架空の)新婚初夜のことを大胆に俳句としたため、その是非について大きな論争が巻き起こりました。

ごく普通の子女だったはずの二十歳の信子は、この「ミヤコホテル」に感銘を受けます。翌、昭和10年に俳句を始め、昭和13年に草城が主宰する「旗艦」へ投句を開始し師事しました。昭和14年、26歳で結婚した信子は、昭和16年「旗艦」の同人となりますが、その直後夫が喘息により急死してしまいます。

今で言うOLとして寡婦として生活していましたが、昭和20年には空襲により自宅が全焼し、命からがら句稿だけ持ち出しました。昭和24年、この激動の10年をまとめた第一句集を出版しました。

梅林を額明るく過ぎゆけり 信子

ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ 信子

夫逝きぬちちははは遠く知り給はず 信子

新婚の嬉しさを詠ったもの。おそらく夫と楽しく梅林を散歩したのでしょうか。料理初心者には煮豆は難しいのですが、うくまできなくてもそれを楽しんでいる様子が伺えます。しかし、夫の急逝により、その幸せは長くは続きませんでした。

湯上りの肌の匂へり夕ざくら 信子

ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜 信子

無邪気な喜びに満ちていた信子の俳句は、一転して静けさを持った独特のエロチシズムを漂わせるようになります。「湯上りの肌」というだけでも十分に艶っぽいのに、それが匂った上に火照った肌と桜を重ねる作りは凄さを感じます。着物をゆったりと着ると、おそらく白いうなじがよけいに目に映るだろうと思いますが、「会う」ではなく「逢う」相手は一体誰だったのでしょうか。

ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき 信子

湯上りの指やはらかく足袋のなか 信子

寡婦としての寂しさを、直接的な肉体的表現を使って表現しているのだろうと思いますが、この妖艶な情景は他の俳人の句には見られない独壇場です。これらの句からすれば、「ミヤコホテル」は艶っぽさでは可愛いものです。終戦後の時代の感性の変化は、信子に味方をしたようです。

女学生の黒き靴下聖夜ゆく 信子

一本の白毛おそろし冬の鵙 信子

女体のエロスのような内容は、ある意味、願望であり憧れの裏返しだったのかもしれません。中年期に入ると、女体の表現の仕方にも変化が現れます。もしも、自身にこどもがいたら、それが女の子だったら、その女学生はクリスマスイブの夜に黒い靴下をはきローファーかなんかで颯爽と歩いていくのかもしれません。髪の毛にブラシをあてていると、たった一本の白髪にも驚きます。老いを予感すると、鵙(もず)の速贄(はやにえ)の一本の枝を想像して戦慄するのです。

昭和45年、56歳で仕事を退職すると、自らの「草苑」を創刊・主宰します。俳句界の名立たる賞を多数受賞し、平成16年、90歳で亡くなりました。

2022年11月23日水曜日

俳句の勉強 58 寒卵で苦心

寒卵・・・「かんたまご」と読みます。それにしても、兼題にはすごくありふれたものか、あるいは聞いたことが無い言葉が出てくる。寒卵は聞いたことが無い方。どちらも難しいのは一緒です。

「寒卵」は晩冬の季語で人事生活に関する物とされていて、「寒中に鶏が産んだ卵。この時期は滋養が多く、保存もしやすい」とあります。冬だからことさら美味しいと意識したことがありませんでしたので、特に冬と結び付けて思いつくことが無いので困ります。

寒玉子割れば双子の目出度さよ 高濱虚子

これはわかりやすい。卵をわったら、黄身が二つ入っていた。誰でも何かラッキーっと思うところを詠んだもの。虚子でもこんなことで喜ぶんだと、微笑ましく思います。

寒卵薔薇色させる朝ありぬ 石田波郷

さすが「ホトトギス」系ではない波郷の句。有季定型を守りつつ、詩情性を重視。膳に生卵も出てくる冬の朝の一コマですが、「薔薇色させる」が深い。おそらく黄身の色が濃くて赤味が強かったことで、より美味しそうに思えたということでしょう。ちなみに、明らかに血が混じっていることがありますが、血卵(けつらん)と呼びます。

奴隷の自由という語寒卵に澄み 金子兜太

これはよくわかりません。19文字で、句切れがはっきりしないし、どう読んでも全部が字余りでリズム感が感じられない・・・でも、歳時記に載るんだから秀句ということらしい。使われる言葉の印象が強いのは兜太の特徴でしょうから、そこはよしとします。

大つぶの寒卵おく襤褸の上 飯田蛇笏

「襤褸(ぼろ)」はいわゆる「ボロボロ」、古くなった布などのこと。もちろん、ボロ布の上に卵を割ったわけではなく、質素なご飯、麦飯とか雑穀の上に載せた寒卵が御馳走だということ。農村作家としての蛇笏の面目躍如みたいな句だと思います。


寒卵つぶしてまぜれば醤油色


いくら寒卵と言って特別扱いしても、卵かけご飯にするとかけた醤油で茶色くなるよね、というつまらない句。もしかしたら夏場よりは美味しいのかもしれませんが、何しろ意識して試したことが無いのでわかりません。「潰す」、「混ぜる」というのは漢字だときついかなと思いひらがなにしましたが、動詞を並べるのはあまりよくなさそうです。

寒卵世界を駆ける日本人

やや時事俳句っぽいですが、白人中心社会の欧米の中で活躍する日本人へのエールくらいのもの。まぁ、あまり説明すると人種問題になりかねないので、サラっと終わらせておきます。

光射し二度生まれ出る寒卵

何か宗教的な雰囲気もありますが、特にキリストを寒卵に例えたわけではありません。卵として生まれた時、そして食べられるために殻を割れれる時、卵は2回生まれているんだなぁという気持ちです。卵の中では、カツンっと衝撃が走りヒビが入ると、さっと光が射しこんできて、卵もいよいよ活躍する時だと意を決しているのかもしれません。

例によってあまり人を唸らせるような俳句ではありません。いつまでたっても素人句のままです(もっとも素人ですが)。門前の小僧・・・と言いますが、暗唱できれば何とかなる念仏と違って、俳句は自分で考えないと駄目なので、さらなる修行が必要です。

2022年11月22日火曜日

俳句の鑑賞 46 高柳重信


高柳重信は、大正12年(1926年)に東京で生まれました。父親も俳句を嗜み、重信も中学に入ると投句を始めます。昭和15年、早稲田大学に入学しますが、投句していた俳誌が軍国主義化していったため、自ら「早大俳句」を創刊します。

昭和17年、大学を繰り上げ卒業しますが、結核を発症し前橋に疎開し仕事につきます。終戦を迎え、すぐにいろいろと同人誌を作り、自分の道を模索するのでした。昭和23年には、多行俳句を実践し、富沢赤黄男、楠本憲吉、さらにのちには三橋鷹女らとの協調していろいろな俳句誌を出版しています。

「俳句研究」誌の編集も行い、多くの現代俳句作家を見出していまが、昭和58年7月、肝硬変から食道静脈瘤破裂により60歳で急逝しました。

活躍した時代が重なるために、金子兜太としばしば比較される存在ですが、重信はまさに「前衛俳句」と呼ばれる従来の形式を逸脱したような句作りが特徴です。

くるしくて
みな愛す
この
河口の海色
 重信

通常、俳句は一行に書く。上中下句の間に空白は入れないのが普通です。それを、重信は一つ一つの言葉ごとに改行する「多行俳句」というものを始めました。改行されると、明示的に強い切れが生じます。俳句というより「詩」に近い雰囲気です。

耳の木や
身ぐるみ
脱いで
耳のこる
 重信

内容も難解です。正直、よくわかりません。この句の場合、「み」で始める言葉遊びのように思えます。耳の木から全部はぎ取ったら耳だけ残ったということだと思いますが、そもそも「耳の木」とは何だろう。

一睡の
夢見や
伊勢の
いかのぼり
 重信

「伊勢」は三重県の伊勢ではなく、かつての軍艦の名前。「いかのぼり」は凧揚げのことです。軍艦伊勢の絵が描かれた凧あげをしている夢を見たということでしょうか。ここまでで気が付いてたのは、明快な季語らしきものが無いということ。「いかのぼり」としたのも、わざと春の季語になる「凧」をさけてぎりぎり傍題を使った感じです。

身をそらす虹の
絶嶺
・・処刑台
 重信

女性が身をそらしている姿。乳房が虹のように思え、また山のようにも見えた。その一方で処刑台も連想したということでしょうか。重信の代表作の一つとされています。こうなると、何故「身をそらす」で改行しなかったのか気になります。改行すると「虹」が独立して、季語として成立してしまうのを嫌ったのでしょうか。

・・山脈の
襞に





埋も



 重信

極めつけがこれ。う~ん、実験的と言ってしまえばそれまでですが、単語の中の文字こどに改行するという・・・何なんでしょうか。

言葉を文字が集まってできたものと考えれば、その一文字づつに分解することは、徹底的に言葉を嚙み締めよ、というメッセージなのかもしれません。これも俳句というジャンルに入れてしまえるのは、俳句の懐が深いと考えればいいのでしょうか。

ただし、現実には今では多行俳句をほぼ見かけることはありません。いろいろなことに挑戦する重信の姿勢はともかく、俳句を言葉ごと、文字ごとに分解する試みはそれほど評価されていないと言えそうです。

2022年11月21日月曜日

俳句の鑑賞 45 金子兜太


金子兜太(とうた)は、「ホトトギス」の絶対性が弱まった戦後の俳壇を牽引した最重要人物と言えそうです。大正8年(1918年)に埼玉で生まれましたが、旧制熊谷中学を卒業後は水戸に転居し、旧制水戸高等学校に入学し、ここで学友に誘われ句会に参加し、初めて詠んだ句があります。

白梅や老子無心の旅に出る 兜太

いきなりこれだけ高尚な内容を詠むとは只者ではない。ここで詠まれた漂泊の心情は、兜太の人生をすでに象徴しているかのようです。医師であった父親は、「馬酔木」に参加し伊昔紅(いせきこう)という俳号を持っており、自らも俳句誌を創刊する人物でした。間接的に、父親の影響が兜太にあっただろうと想像されます。昭和16年、東京帝国大学へ入学し、加藤楸邨主宰の「寒雷」に投句するようになり師事します。

貨車長しわれのみにある夜の遮断機 兜太

閑古鳴く女さらさらと帯を巻く 兜太

リアカーに秋鶏上り農夫の死 兜太

若き日の句。長い貨物列車のため、ずっと遮断機が下りた夜の踏切で一人だけで待っている自分。ひなびた遊郭に行ったのか、女はさっさと着物を着ているところを冷めた目で見ている自分。農夫が死んでしまったため、引かれることがなく放置されたリアカーに鶏が乗っているのを眺めている自分。いずれも、人の営みを客観的、冷静に観察した独特の視点が表現されています。

昭和18年、戦時下において繰り上げ卒業となった兜太は、日本銀行に就職するも、出勤3日で出征し、激戦の南太平洋、トラック諸島へと送り込まれます。補給の道を断たれ餓死者も出る凄惨な戦場体験をし、奇跡的に命をつないでアメリカ軍の捕虜となり、昭和21年11月に何とか復員することが出来ました。有名な俳人の中では、本格的な激しい戦闘を実体験した数少ない一人です。

焚火の煙無人の磯へ溢れ落つ 兜太

青きバナナ部屋の真中に吊りておく 兜太

流れ星蚊帳を刺すかに流れけり 兜太

スコールの雲か星を隠せしまま 兜太

出征前夜、父と千葉の白浜を訪れた兜太は、焚火の煙に自分の未来を見たのかもしれません。続いて、トラック島での生活を詠んだもので、苦しい日々だろうと思いますが、バナナや流れ星に束の間の安らぎを覚えたのでしょう。そして、敗戦がわかり、もう星を見ることは無いと覚悟したということ。

水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る 兜太

水脈(みお)は地下水の流れの意味ですが、トラック島では雨水くらいしか飲料水が無かったことをさしているのだろうと思います。強い日差しにさらされる死んだ仲間たちの墓碑を残して、この場所を自分は去って日本に戻るということでしょう。

日本に戻った兜太は日本銀行に復職しますが、労働組合運動に身を投じたため、レッド・パージ(赤狩り)に引っ掛かりますが、組合を抜け出世をあきらめたことで、何とか逮捕はまぬがれました。その結果、福島、神戸、長崎と転々と移動させられ、昭和35年に本店に戻ると、本人曰く「窓奥族(窓際よりももっと奥)」として昭和49年の定年まで勤めました。

会津の山山雲揚げ雲つけ稲田の民 兜太

港祭の空映る窓外人透く 兜太

湾曲し火傷し爆心地のマラソン 兜太

転勤先でも、その土地土地で俳句を詠んでいます。特に代表句として有名なのが長崎の句。長崎の街を走り抜けていくマラソン・ランナー。その苦しそうな様子から、ここがかつて爆心地であったことに思いが飛ぶのです。

梅咲いて庭中に青鮫が来ている 兜太

庭で梅が満開で綺麗というだけならわかりますが、そこに登場するのが青鮫というファンタジー作品。本人は春の到来を喜んでいる句と説明していますが、それにしても理解しにくい。どうやら、兜太の心の中では、戦地に赴き帰ることができた人なら誰もが少なからず持っている自己嫌悪、仲間は死んでいったのに自分は助かったと卑下する気持ちがあったのではないでしょうか。青鮫は、死んだかつての仲間たちととらえることができるようです。数々の功績を残して、平成30年2月、兜太は肺炎のため息を引き取りました。98歳でした。

社会的ですが、あくまでも自分の思索的な客観性がそう見えるのかなと思いますが、そこがずっしりと重みのある独特の表現をまとって俳句となっている。さすがに、誰かが真似して真似できるすじではありません。

兜太は種田山頭火の研究にも功績かありますが、本人の句は完全な自由律というのはほとんど見られない。基本的には有季定型、字余り句またがりは自由という句作りのスタンスだろうと思います。今の俳句の主流がまさにそれであり、金子兜太の俳句が現代俳句のメインストリームになっているように思いました。

2022年11月20日日曜日

エコ・テロリズム


地球温暖化が進行している。そして、それは、地球の自然環境にとってかなり深刻な状況をもたらしていることは間違いない。自分たちも、年々に異常気象と呼ばれる、かつての経験からは想像できない事象に遭遇する頻度が増えていることは実感している。

そこで、環境活動家と呼ばれる人々は美術館を訪れ、誰もが知っているような歴史的名画に対して、ケチャップ、卵、オイルを投げつける抗議活動を始めました。中には、絵画に自らの体を接着剤で張り付けてしまうという行為まで行われています。このような行為は「エコ・テロリズム」と呼ばれています。

彼らの理論は、「人々は美術館で美しい絵画を鑑賞するのに、美しい地球が汚染され破壊されている状況には無関心である」ために、「美しい物が破壊されることにどれほど苦痛を感じる」ことかを自覚させたいということのようです。

また、「名画を保存・展示することに莫大な費用が使われている」ことに対しても、「優先順位が違う」ということも主張していて、まずは「人々が生きていく上でより重要なはずの地球環境を改善することが急務」と考えているのです。

中心となる組織は「JUST STOP OIL」という集団で、襲撃する絵画は「ガラスなどにより保護されている」ことがわかっていて選択されていて、「絵画そのものの破壊が目的ではない」としており、「変化を起こすためにまずは行動することが重要」であり、「行為によって共感が得られなくてもかまわない」と考えているらしい。

そのような理論を主導するリーダーはいるわけですが、その組織は確立されておらず、SNSなどを通じて、共感する誰もが「兵士」として行動しているため、実態が不透明なことが現代を如実に反映していると言えます。

自分は、これらのエコ・テロリズムに対して断固反対し、明確に非難します。

彼らが自ら語っているように、絵画を襲撃することは、規模こそ違えても地球を汚染することと同じ行為です。彼らもすでに地球環境を悪化させている様々な文明の賜物を利用しているわけで、自己矛盾に気が付くべきです。

18世紀なかばにイギリスから始まったとされる産業革命が、地球破壊のスタートとするならばすでに250年、19世紀なかばにアメリカで油田開発が重化学工業が始まって150年以上という歴史を考えると、この間に人類が享受した文明の多くは、すべての人々の生活の隅々まで浸透しています。

地球環境が、もう待った無しの状況に来ていることは想像に難くありませんが、一度得た便利さを捨て去ることは大変難しい。悠長に人々に説いている時間はないというのはわからなくはありませんが、その矛先を絵画に向けることの意味は、あまりにも稚拙で無駄の多いことであり、文化遺産を攻撃することは人類そのものの否定にも通じます。保護措置が取られている絵画を攻撃対象にするということも、自己保身的な行動とも言えるでしょう。

人々の共感は期待していないとする時点で、歪んだ正義は一方的な価値観の押し付けにすぎず、おそらく地球環境の改善に寄与する割合は限りなくゼロに近いと思います。地球規模の危機は、すべての人類が一致して向かうことが出来る方向性があってこそ回避できるものではないでしょうか。

2022年11月19日土曜日

焼売


シュウマイと言えば・・・横浜ではすぐに思いつくのは崎陽軒ですが、確かにスーパーで売っているほとんどのシュウマイより、崎陽軒は美味しいことは間違いない。

ならば、崎陽軒に挑戦しようじゃありませんか。と、無謀な話ですが、シュウマイを作ることはそれほど難しくはありません。

まず材料です。25個分です。

シュウマイの皮
豚肉 挽肉で300gくらい
玉ねぎ 1/2個分を細かくみじん切り
醤油 大さじ1くらい
オイスターソース 大さじ1くらい
コショウ 少々
砂糖 大さじ1くらい
片栗粉 大さじ2くらい

そしてカギとなるポイント食材が、エビとホタテです。
本来なら干海老、干貝柱を使いたいところですが高価ですから、冷凍のシーフードミックスを使います。
ムキエビ 中くらいのもので10尾くらい
ホタテ 小貝柱だと10個くらい

まずは餡作り。

ムキエビとホタテを解凍したら、ブレンダーでペースト状になるまでしっかり細かくします。ブレンダーが無ければ、包丁で徹底的に切って潰せばOKです。本当は、崎陽軒はグリーンピースを餡に練り込んでいるらしいのですが、まぁ無くてもかまいません。

豚肉、玉ねぎ、ムキエビ、ホタテをボールに入れてしっかり混ぜ合わせます。残りの調味料も一気に入れて捏ねまくりましょう。

あとは適当な量をスプーンですくい取って皮で巻くだけ。蒸し器に並べて、沸騰してから10分ほどで出来上がり。

早速食べてみます。

お~、まさにシュウマイ。まさに崎陽軒。旨い。美味しい。間違いない。

冷凍シーフードを使ったので、水分が多くて餡が柔らかめでしたが、問題になるほどではありません。上にアクセントで乗せたのは、冷蔵庫に余っていたインゲン。あれば。ちょっと可愛い。

2022年11月18日金曜日

コキア


コキア、またはホウキギと呼ばれる、細い枝がたくさん伸びて丸っこい植物。ヒユ科バッシア属の一年草です。

このあたりでは、よく見かけます。庭とか畑の端あたりにたくさん並べて植えてあったりします。

きれいな緑色だったのが、この時期、真っ赤に紅葉します。もう少しすると、黄色から茶色になっていきます。

名前の由来は、これを乾燥させて束ねると・・・箒(ほうき)になるから。確かに、昔はこういう箒がたくさんありました。

夏に強く、一年草ですから、あと腐れなく楽しめるので、庭があるなら一度は楽しんでもよさそうですね。



2022年11月17日木曜日

和三盆


主として四国で作られている、伝統的な砂糖が和三盆。

基本的にはサトウキビから作られるので、普通の砂糖と変わりません。

ただ、「研ぎ」と呼ばれる砂糖粒子を細かくする作業を繰り返すことで、きめの細かい「粉」状にして練り固めたものは、ある意味芸術品のような出来栄えです。

甘さが柔らかいので、そのまま和菓子として食べたりもできるのですが、やはり落雁みたいもので、口の中の水分を取られてしまいます。

かといって、料理に使うのももったいないし、そもそも値段が高いので、ちょっと使い道に困ってしまいます。

2022年11月16日水曜日

菊芋


菊芋(きくいも)・・・って、何だ? って感じなんですが、知る人ぞ知るなのか、知らないと恥ずかしいのか・・・

北米原産のキク科の多年草で、けっこうそこらに生えていたりするらしい。

5cm程度の塊で、球根みたいなものかと思ったら、実はこれは地下茎で、塊茎ともいわれているもの。食用になります。

栄養としてポイントは、多糖類イヌリンを20%くらい含む食物繊維であり、デンプン質はほとんど含まないので、芋といっても食べての罪悪感はありません。

綺麗に水洗いしたら、皮ごと薄切りにして生でサラダで食べれる・・・というので、早速食べてみました。

う~ん、ほぼ味が無い。しゃきしゃきした食感だけ。旨いも不味いもありません。かけたドレッシングの味になってしまう感じです。

煮物風にしても良いとのことなので、煮ると里芋風の感じになるらしいです。

ちなみに、けっこうマイナーですが、仲秋の俳句の季語にもなっています。

2022年11月15日火曜日

俳句の鑑賞 44 川端茅舍


川端茅舍(かわばたぼうしゃ)、本名、信一は、明治30年(1897年)に東京の日本橋蛎殻町で生まれました。風流人だった父親の影響で、当初は西洋画家を目指していました。その一方で、17歳のころから茅舍の俳号を名乗り、飯田蛇笏の「キララ(後の雲母)」へ投句をするようになりました。

しかし、結核を患ったため画家の道は断念し、俳句に専念するようになります。「ホトトギス」に投句するようになると高濱虚子より高く評価され、昭和9年に同人となりました。松本たかしとの深く交流し、互いに影響し合いましたが、昭和16年、肺結核により43歳の若さで死去しました。

りうりうとして逆立つ露の萩 茅舎

女性的な表現に似合う萩を、「りうりう」という威勢の良い表現を使っているところが面白い。普通は下に向いていく可憐な花だが、花から見始めると上に行くにしたがって太くたくましくなっているということでしょう。

水馬青天井をりんりんと 茅舎

「水馬」はみずすましのこと。みずすましは水面をすいーすいーっと進んでいくわけで、その水面に青空が映っていたことで、まるで天井を「どうだ」と言わんばかりに進んでいく。これも普通の視点を逆さまにした発想が興味深い句です。

咳われをはなれて森をかけめぐる 茅舎

火の玉の如くに咳きて隠れ棲む 茅舎

正岡子規のように、短い人生の半分は寝たきりだった茅舎ですが、咳が出たすと大変苦しかったのだろうと思います。しかし、咳そのものが「苦しい」、「辛い」というように直接的に詠むことはなく、その病苦すら客観的に写生したのかもしれません。

青き踏み棹さす杖の我進む 茅舎

昭和16年の句で、おそらく自分でままならなかったであろう、春になって生えてくる青々とした草を踏みしめるということを 杖を頼りに少しでも楽しんだのかもしれません。病苦の中でも、表現は勇ましい。

夏痩せて腕は鉄棒より重し 茅舎

亡くなった後に「ホトトギス」の巻頭に掲載された句。苦悩の中でも、茅舎の句が力強く響くのは、否定的な表現をほとんどしないところと、軽やかな物でも重たい表現をすることで重厚感が生み出しているのだろうと思います。

また季語の使い方がうまい。季語とそれ以外が、別の内容になっていてより多くを語ろうとする俳句が多いのですが、茅舎は季語が全体の中ですっぽりとはまっていて、軽く読み流すと季語だと気が付かないくらい同化しているように思います。

戦前の「ホトトギス」において、四Sの後に、さまざまな逆境を抱える虚子にとっては、中村草田男、松本たかし、そして川端茅舎の3人がどれだけ心強かったことだろうと想像できます。