夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2014年7月5日土曜日

クリニックの夏休み

クリニックの夏休みが決まりました。
昨年と同じで、お盆が含まれる1週間を休ませていただく事にしました。

8月11日(月) ~ 8月16日(土)
は休診になります。

ご迷惑をおかけいたしますが、くれぐれもお待ちがえないようにご注意ください。

港北ニュータウンは、帰省先ではなく、皆さんが帰省していなくなる方が多い場所です。やはり、周囲の方々に合わせたほうが、多少なりともこちらも休みやすいと思います。

どうか、ご了解いただき、よろしくお願いいたします。

2014年7月4日金曜日

HUMACHINE

ワールドカップは、決勝リーグの1回戦が終了し、ベスト8が出揃いました。1回戦では、延長戦にもつれ込む、拮抗した緊迫の試合が多く、日本は出れませんでしたが、なかなか目が離せませんでした。

7/5と7/6に準々決勝、7/9と7/10に準決勝、そして7/14のファイナルまで、どうなることやら。自分の希望的予想としては、とりあえずはブラジル、ドイツ、オランダ、アルゼンチンかと。

さて、先日つらつらと考えていたら脳がハードディスクなんてことを書いてしまいましたが、さらによく考えてみると、当然それは脳の皮質と読んでいる表面部分のこと。

脳の奥は脳幹部と呼ばれ、ここがいろいろな判断をして体を動かす指令をだしている。ということは、まさにCPUそのもの。つまり、脳幹部がCPUで脳皮質がROMというのが正しいかもとれません。

心臓は電源部で、血液と言う「電流」を体中に送ることでエネルギーを供給している。入力装置は、感覚器と呼ばれる、目・耳・鼻・皮膚などからくる五感です。出力先は、言葉を発する口と体を動かす筋肉というところでしょうか。

電流を維持するためにヒトは、強力な自家発電装置を備えているわけですが、それが酸素を取り込む肺と栄養素を吸収するための腸。胃や膵臓などは、それをサポートするところ。体中のエネルギーの使いかすを処理するのは、肝臓と腎臓。

そんなことを考え出すと、ヒトというのは、というより生物というのはよく出来ています。一つ一つが個別の判断をして、独自に稼動できる機械なんてものは、まだ人間は作り出せていません。

そこでヒトを機械に例えて呼ぶなら、HUMAN + MACHINE = HUMACHINE。おお、なかなか面白い事を考え付いた・・・と思ったら、ネットで探すと、すでにいろいろなところで使われていました。

ただヒトという「装置」は、エコかというとそうでもない。リサイクルは腎臓で水分を中心に再吸収しますが、体全体では出て行くほうが多い。基本的には、エネルギーを消費する一方です。

限りある資源を大切に、という標語がありますが、まずはヒトそのものがエゴを抑えてエコを目指す事も大事なのかもしれません。


2014年7月3日木曜日

Michael Jackson / Xscape (2014)

マイケル・ジャクソンの新譜が発売されました・・・って、マイケルが亡くなってから5年。ベスト盤とか、リミックス盤とかではなく、まったく新しい新譜だっていう。

もともと生前に発売された最後のオリジナルのスタジオアルバムである''Invincible''の未発表音源だそうで、このアルバムのためにかなり使われなかった大量の音源が残されているらしい。

それらの中から、今の時代に耐えるものを厳選して、新たなアレンジを加えたりして完成したのだそうで、基本的には「新曲」なんだそうな。

先頃、亡くなってから稼いだ額の番付みたいなものがニュースになっていましたが、マイケルはダントツの1位。遺族にも、気が遠くなる収入をいまだにもたらしいるらしいです。

それにしても、このアルバム、実質的には8曲で、40分に満たない収録時間。まぁ、演奏部分を引き伸ばせば、いくらでも時間は稼げるでしょうが、マイケルのボーカル・トラックに絞ったと言えば聞こえはいい。

未発表音源というと、ファンは飛びつきたくなるものです。でも、未発表ということは、「お蔵入り」という言葉がありますが、発表するほどではないとか、発表する価値がないと、マイケルをはじめもともとのスタッフが判断したもの。

あくまでも、未発表音源集としてそのままでマニア向けに発売するならまだいいのですが、今の時代の「新譜」として出すことには、その努力は否定しませんがどうもぴんと来ないところです。

たまたまスマホを新しくしたら、無料でダウンロードというオマケがあったので聴くことができたんですが、わざわざ購入はしないなぁと思いながら、やはり時代は終わっていたことを確認したわけです。

2014年7月2日水曜日

マリアのエリザベト訪問の祝日

イエスの母のマリアが、エリザベトさんのもとを訪問して、3ヶ月間滞在したという話があります。

マリアとエリザベトは従姉妹同士で、それだけだと単に親戚の家に遊びに行ったというだけのことなんですが、キリスト教ではわざわざ祝日としてお祝いしている。それが今日ということなんですが・・・

マリアは3月に受胎告知を受けたのですが、と同時にエリザベトの妊娠、それもすでに6ヶ月であることも知らされていたんだそうです。エリザベトは長年こどもに恵まれなかったので、マリアは神の偉大さをあらためて感じ、さっそくお祝いに出かけていったわけです。

エリザベトの身ごもったのが、実は洗礼者ヨハネであり、先週お祝いした偉人なのでした。ですから、ヨハネはイエスよりは6ヶ月年上ということになるわけです。

さて、バッハが残したこの日のカンタータは2つあります。ガーディナー先生のカンタータ巡礼では、収録が分かれています。
BWV 147 心と口と行いと生きざまもて(1723)
BWV 10 わがこころは主をあがめ(1724)

受胎告知の祝日で紹介したマニフィカトも、もとをただせば、今日の日にマリアが神を称えた歌です。

ここで、バッハのぼうだいなカンタータの中で、おそらく最も有名なメロディがBWV147に登場します。クラシックを聴かない人でも、まず知らない事はないという有名なコラール「主よ、人の望みの喜びよ」です。

3連符が続くこのメロディは、いろいろな形で今でもあちこちで使われており、バッハのみならずクラシック史上ベスト5くらいに入るくらいの認知度ではないでしょうか。

全体には受胎・懐妊を喜ぶ明るい曲調の中に、神を称える厳粛な雰囲気も併せ持つ感じ。合唱から始まり、レチタティーボ、アリア、レチタティーボ、有名なコラールでいったん〆。後半はアリアから始まり、レチタティーボ、アリアときて、最後にまた有名なコラールを繰り返すいうやや変則的な構成です。

何にしても、2回出てくる有名すぎるコラールがすべてかもしれません。なんと言っても、イエス(この時点ではまだ生まれていない)に対する愛おしさをストレートに歌う内容で、本当に気持ちも落着きます。

2014年7月1日火曜日

脳とハードディスク

2014年も半分終わって、今日から7月、下半期に入ります。どうして、年を取ると月日のたつのが早いんでしょうかね。

あっという間に時間が過ぎ去っていくので、残りの人生でできる事がどんどん少なくなっていくような・・・というか、若い時ほどやる事が多くて時間が必要ということなのか。

ことわざとして有名な少年易老學難成(少年老いやすく学なり難し)は、若いと時間があると思って先延ばしにしやすいが、すぐに年を取って何も学べないよという意味で使います。

この場合は、実際に時間があるのか無いのか、どっちなんでしょう。現実の時間軸で考えると、老若男女、誰も平等に時間が流れているはずです。

ニノマエみたいな特別なSPECでも無い限り、あるい009のような加速装置でも埋め込んでいない限り、こればかりは変えようがない。

もしかしたら、こういう話の場合の「時間」というのは脳のキャパシティに関係するかも、なんて思いついたりしました。

若いうちは脳をはじめとして、肉体は元気で、脳はいくらでも記憶をする領域があります。ところが、成長段階が終わると、それは10代後半のことですが、あとは老化しかありません。

脳も毎日たくさんの神経細胞がダメになっていくわけです。古くなったハードディスクみたいなもので、記録していたファイルがしだいにエラーになりだし、使える領域が減っていきます。

そのうち古いファイルや、使う頻度の少ないファイルから消去していかないと、新しい事を記録できなくなります。いわゆる、デフラグもしないといけない。

実際の脳には、断片化した記憶を統合する便利なスイッチなんてありませんから、バラバラの記憶を整理するには、ばっさりと忘れて新たにまとめて勉強するしかないのかもしれません。

ことわざの今風の意味は、新しいハードディスクはまっさらな記録領域がたくさんありますが、どんどん壊れて領域が減っていくので、記録できるファイルの数はだんだん減っていきますよ、ということかもしれません。

自分の脳も、エラーが頻発しているんでしょうから、必死に毎日修復しているんでしょうね。できるだけ、多くの記憶を出し入れしていると、書き換え頻度が高くなりエラーの原因になるかもしれません。

でも、使わない記憶は完全に消去していくので、結局消耗品だと割り切って使わにゃ損損。古い記憶の修復に忙しいので、新しいことを覚える余裕が無いのかもしれませんね。

2014年6月30日月曜日

New! スマホ

スマホを機種変更して2年たちまして、電池もだいぶへたって来たし、いろいろ不都合もちらほら・・・そこで、思い切ってスマホを新調しました。

なにしろ、元からsony信者なものですから、そもそも最初が初代Xperia(SO-01B)で、2010年4月でしたか。まだまだスマホ黎明期みたいなもので、搭載されていたAndroidはVer.2.1、CPUクロックは1GHz。

アプリはどんどん出てきていたのですが、まだまだ決定盤といえるものが少なくて、入れたり出したりして、それでも持ち運べる「パソコン」としては、メールとウェッブ閲覧に絞って考えれば画期的でした。

次が一昨年のXperia GX (SO-04D)で、AndoroidはVer4.0、CPUクロックは1.5GHzでデュアルコア。この時は、Xperiaとしては初のワンセグ付きのガラケータイプも同時に発売されたのですが、スマホでせっせと動画をみる必要性がないのでスペック重視。

画面も大きくなって、ずいぶんと使いやすくなったと思いましたが、電池の消耗が早いのは同じ。BlutoothやGPSをONにしておくとひとたまりもありません。下手すると一日もたない。FOMAからXiになったけど、速さ的にはあまり変化なし。

自然と、いつでも充電できるコンセントを探している状態に変わりがない。いろいろな機能があっても、入れっぱなしにはできないので、自然とメールとネット検索中心の使い方をしてしまいます。

さて、今回は・・・やはりsonyです。Xperia Z2 (SO-03F)にしました。この間にかわったことは、タブレットがずいぶんと出てきた事でしょぅか。iPadの人気はすごくて、自分のように通話をすることはほとんどない(そもそも電話を持ち歩いている必要が少ない)人間としては、タブレットの方が向いていそう。

それとSNSが定着して、FacebookやLINEが日常的に便利に使われるようになったことが大きい。今では、うちでも家族中がLINEを使っており、家族のグループで連絡が簡単に取り合えるます。先月も義母が亡くなった時は、LINEが大活躍しました。

今回もタブレットではなく、スマホにしてのは、やはり簡単に持ち歩けるということを重視したから。実際、家とクリニックで人生の大部分の時間を過していることを考えると、そこにはパソコンも電話機もあるのでスマホもタブレットも必要ないわけです。

毎日1時間にも満たない車の中にいる時間と、ときどき遠出した時だけどうしようかと考えると、タブレットは自分には中途半端な大きさ。

そて、新しいXperia Z2はというと、AndroidはVer4.4で、CPUは2.3GHzのクアッドコア。なんか、著しい進歩を感じます。また電池の容量も2倍に増えて、これならいろいろONにしたままでも、1日は余裕でもちそうです。

実際、いじった感じも体感的にも早くなったことがわかります。歴代のスマホを並べてみると、だんだん大きくなってきているのがわかります。さすがに片手でいじるには、そろそろ限界かもしれません。

2014年6月29日日曜日

三位一体節後第2主日

確かに、このあとクリスマス前まで、ひたすら三位一体節後第×主日というのが続くと思うと、多少気が抜けそうになります。

この日のためのバッハの用意したカンタータは2つ残されています。
1723年 BWV76 もろもろの天は神の栄光を語り
1724年 BWV 2 ああ神よ、天より見そなわし

特にBWV76は、ライブツィヒのトーマスカントルとして、2週目のカンタータ。当然のことながら、まだまだ、バッハはやる気満々。

先週のライプツィヒ・デヴューのBWV75と似たような2部構成。30分以上かかる、カンタータとしては大作というところ。

一部はコラールから始まり、アリアとレチタティーボの繰り返しでコラールで〆。二部は器楽演奏のシンフォニアから始まり、やはりアリアとレチタティーボが交互に登場して、最後はやはりコラールです。

当然4声全員の見せどころが盛り込まれ、これが私の目指したい教会音楽だとバッハが気合を入れて、ライプチィヒ市民に主張しているかのようです。全体的に金管楽器も活躍して、けっこう華やかに感じがします。

それに比べると、翌年のBWV2はやや地味な感じで、15分くらいの普通の長さというところ。ガーディナー先生のCDでは、同じ巻にBWV10もはいっていねのですが、これは「マリアのエリザベト訪問の祝日 」のためのもので、今週の水曜日にあらためて。

そして、実はもう1曲収録されているのが「天は神の栄光を語り」という曲。これはバッハではなく、ドイツ・バロックの始祖の一人シュッツの曲(SWV386)。合唱曲ですが、さすがは世界一とも言われるモンテヴェルディ合唱団の面目躍如という素晴らしさです。

2014年6月28日土曜日

21.0

いや、もう、ほんとに・・・・

これが限界かも・・・・

21.0。夢のような数字です。

・・・燃費。

さすがに、そろそろエアコンを使いたくなる気候になってきましたので、これ以上は無理だと思います。

ガソリンも、そろそろ無くなりそうなので、次に給油したら、燃費チャレンジは終了です。

2014年6月27日金曜日

あすなろ淡水魚館 ~ Baby Fish

まず最初に・・・あいかわらず汚れたタンクですみません。しっかりと管理をしているアクアリストからすれば、何だこの汚さはと怒られてしまいそうです。

さて、1年くらい前から淡水のほうにはプラティという魚が泳いでいます。お尻の所に、黒い●が三つあって、ミッキーマウスのように見えるところから人気。

数ヶ月前から、一匹がやたらとお腹が大きくなってきた。こういう時は、病気か妊娠のどっちか。

最近、稚魚がいるのを発見しました。妊娠だったようですが、まじめにブリーディングしているわけではないので、自然の摂理で育つものなら育つ、他の魚に食べられるようなら、それも運命・・・

ところが、お尻のミッキーが見え始めたのが1匹、そして、まだまだ体長5mmくらいの薄っすらとオレンジ色程度のものが、最低でも6匹確認できました。何匹育つかなぁ。

2014年6月26日木曜日

リウマチの装具治療

装具って、いまいちマイナーな言葉で、あまり患者さんにも知られていないような・・・ですが、けっこう使いかってが良く、ちゃんと考えて使用すれば、かなりの効果が出るものです。

装具というとわかりにくいかもしれませんが、サポーター(サッカーじゃない)と言うとピンっと来ると思います。つまり、体の外から装着して、関節の動きを支えて、障害がある部位を保護するもの。

関節リウマチ患者さんは、関節の機能障害が日常生活で問題になります。もちろん、大きな変形がある場合には手術による機能回復を考慮しないといけないことがあるのですが、まだ手術をするほどでもないケースとか、患者さんが手術を望まないような場合には、装具の出番。

生物学的製剤という新しい薬の治療が中心になってきて、手術をしなければいけないほど変形を起こさない患者さんが増えてきたので、むしろ装具をうまく使えば、生活をずいぶんと楽に出来るということも少なくない。

手首や足首は、もともと大きな動きは必要としない動作が多い。こういう場所は、外からの固定をすれば、痛みを軽減して力も入りやすくなるので、簡単な着脱可能な装具はけっこう利用価値が高い。

肘と膝は、動いてなんぼの関節です。ですから、単純に固定してしまう装具をつけても、痛みは減っても生活上はむしろ不便になってしまいます。そこで、不安定で不必要な動きができないように、内外に支柱が入っているタイプのものがお勧め。屈伸という一方向の動きだけができるようにするわけです。

肩と股は、なかなか難しい。どうしても、体幹に支えることになってしまうので、かなりおおがかりで邪魔臭いものになってしまうのです。肩の場合は、単純に三角巾(あるいは、ちょっとおしゃれなスリング)を使用して、腕を吊っておくくらいがお勧め。

足の変形は、足の裏に装着する足底板(そくていばん)をきちんと用意すると効果的です。関節の緩みのために、偏平足や外反母趾を呈することが多く、通常は靴の中に入れて使う中敷(インソール)として用意します。

ただし、慣れていない装具業者が作ると、一般的な中敷を作ってしまい、リウマチの患者さんでは逆効果になることもあるので、注意が必要です。

手の指の変形には、あまりいいものはありません。使うと邪魔なだけで、実際に生活の中ではずさないといけないことが多い。そこで、お勧めするのが紙の絆創膏。普通に薬局に売っている、一番安い普通のものがいい。痛みのある関節や、変形している関節に二重になるくらいに巻きます。

そのまま濡れてもいいし、どうしても動かしたければ曲げることができます。ただし、きつく巻くと血行を悪くするので、あくまでたるんでもいいから、貼るような感覚でそっと巻くことが重要です。

リウマチ医は、どうしても薬物治療に重点を置き勝ちですが、こういう物理的な治療方法というのも、時と場合によっては大変効果的なので、忘れてはいけないものです。

2014年6月25日水曜日

奇跡を信じて・・・

2014年サッカー・ワールド・カップ・・・グループ・リーグも終盤、今朝は日本の最後の試合でした。

相手はすでにグループ・リーグ突破を決めているコロンビア。日本は、負け、引き分けときて、自力突破は消滅。もう崖っぷちで、しかも完全アウェイに近い、コロンビアの圧倒的なサポータに囲まれての試合でした。

結果はすでに、興味のある方はご存知のことですが・・・

前回のワールド・カップが終わって、4年間、選手たちは一つ一つ力を積み上げて、予選を突破。実力を出し切れば、決勝リーグは可能と言われていました。

個々の選手たちの実力は、日韓ワールドカップのあと、国際的にも評価されるようになりました。しかし、今のチームになって、最初からよく言われていたのが「決定力不足」ということ。

今大会で、残念だったのは、まさにその「決定力不足」を克服できていなかったということなのかもしれません。決定力不足というのは、言い換えると積極性と正確性ということでしょうか。

積極的と正確性は相反するものなのかもしれませんが、おそらく強いチームは両方を兼ね備えているはずです。サッカー素人の自分が言うのもなんでが・・・

少なくとも選手の口から「奇跡を信じる」という言葉が出た時点で終わった感があります。奇跡は基本的に起きないから奇跡なんであって、自ら勝利を掴み取るのとは違う。

前回の南アフリカ大会では、PK戦のなってひざまずいて祈るしかなかった日本、その前のドイツ大会では、ピッチに大の字になった中田。最後は、良くも悪くもとても印象的な幕切れでした。

そこには、出場してきた選手たちの4年間の思いが詰まっているということなんでしょう。やれることはやりきったからこそのシーン・・・さて、今回の選手たちはどうだったんでしょうか。

2014年6月24日火曜日

洗礼者ヨハネの祝日

三位一体後は無風状態と書いておいて、いきなりなんですが、今日は洗礼者ヨハネの誕生日で、キリスト教としては重要な記念日の一つになっています。

聖書の記述から、ヨハネさんはイエスより半年早く生まれたとされているので、毎年6月24日が記念日として固定されています。ヨハネさんは、イエスの遠い親戚にあたり、イエスに洗礼を与え、イエスはヨハネにならって布教活動をしたらしいです。ですから、イエスの先駆者として、重視されるというわけです。

しかし、ヨハネさんは領主の結婚に異を唱えたことから、首をはねられて処刑されるという気の毒な最後でした。このあたりの話を、題材にした有名な話がオスカー・ワイルドの「サロメ」で、R.シュトラウスがオペラ化しているので、クラシックの世界でも知られています。

自分が最も尊敬する歴史上の人物である、レオナルド・ダ・ヴィンチの最晩年の作品とされているのが、まさに洗礼者ヨハネを描いたもので、ルーブル美術館に所蔵されています。ダ・ヴィンチ自身が、最後まで手放さなかった作品の一つです。

この特別な祝日のために、バッハは毎週のものとは別に3曲のカンタータを残しています。
1723 BWV167 もろびとよ、神の愛を讃えまつれ
1724 BWV   7 われらの主キリスト、ヨルダンの川に来たり
1738 BWV 30  喜べ、贖われし群よ

バッハもさすがに忙しくて、めまいを感じていたんじゃないでしょぅか。毎週新曲を用意していた1723、1724年のものは構成も簡単で、伴奏も比較的簡素。後年、もっとしっかりとしたものを残さなきゃと思ったのか、1738年のものは30分以上かかる大作です。

BWV30は、カンタータとしては最も典型的な構成で、合唱からはじまり合唱で終わる。ど真ん中にコラール。その前後はレシタティーボとアリアが複数はさまるというもの。バッハはこういう、幾何的に整合性のある構造が好きだったらしい。

2014年6月23日月曜日

リウマチで手術が必要なのは

再三書いてきたことですが、例えばノーベル賞の山中教授のiPS細胞が、実臨床の中で治療に簡単に応用されるようになるのは、ジャンルによっては5年程度先の話でしょう。

軟骨の再生という点に限った場合は、内臓などの再生に比べれば早いでしょうが、それでも少なくとも10年以上は必要なのではないでしょうか。口から某健康食品を食べて、何とかなるならiPS細胞にノーベル賞の価値はありません。

リウマチという病気では、薬物治療が急速に進歩したおかげで、以前のような関節の変形を来たして、日常生活に重大な支障を伴う患者さんは激減しました。それでも、それ以前に発症した患者さんや、どうしても薬の効果が出にくい患者さんが存在することは忘れてはいけません。

そういう患者さんの関節内では、関節を包んでいる袋(関節包)の内側の表面を覆っている滑膜に対してアレルギーを起こしてしまい炎症が生じています。この滑膜炎から、骨を溶かしていく酵素などが出てくるために、骨が崩れて変形につながるわけです。

最初に痛むのは、関節内の骨の表面にある軟骨。加齢性の変化でも、軟骨は磨り減っていくわけですが、リウマチの患者さんでは、発症して数ヶ月程度で、レントゲンで骨と骨の隙間の幅が減って見えることがあります。これは、レントゲンには写らない軟骨が無くなってきた事を示しているのです。

これらの変化は、残念ながら今の治療学では回復させることはできません。できるだけ骨破壊の抑制効果が証明されている最新の薬物治療を行うか、ある程度の変形が出てしまうと手術の適応を考えることになります。

以前に比べて、手術が必要な患者さんは少なくなったものの、現在でもまったく無しというわけにはいきません。初期であれば、滑膜炎を除去する方法が有効で、痛みの軽減と変形の進行抑制が期待できます。

しかし、滑膜切除は大掃除のようなもので、リウマチそのものがおちつかなければ、また「ゴミ」は溜まってしまうのです。また滑膜炎組織が、クッションの働きをしている場合もあって、無くなると直接関節内で痛んだ骨同士が接触して痛みを出したり、腫れていた関節がしぼむ事で、関節がぐらぐらする不安定な状態になったりすることもあります。

いずれにしても、骨破壊が進んだ場合には、痛んだ関節を動かないようにする関節固定術か、あるいは人工関節置換術の適応を考慮することになります。

例えば膝の関節は動かないと、痛みが取れても生活での不便は大きいので、できるだけ動きを確保できる人工関節が勧められます。

足首の場合は、大きく動かす必要はあまり無いため、成績が安定していない人工関節よりも関節固定術の方が、確実な成果が得られやすい。

手術によって得られる除痛と機能回復の効果は、実は相反する場合が多いため、医師も患者さんが何を一番困っているのかをよく考えないといけません。ただし、手の指の場合は、さらに問題が大きくなります。

患者さんが手術によって求めるものとして、さらに外見的な変形の修正というものが加わってくるからです。いつも目に入りやすい部位ですから、社会生活をする上で変形は精神的にも重荷になってしまうことがあるのです。

見た目をよくするだけでいいのなら、すべての変形した関節を、一番普通の角度で固定してしまうのが簡単です。ところが、見た目はよくても、動かない指では、機能的には大問題になります。

そこで、指の機能を考える上で、大事なのはそれぞれの指の働きを理解しておくことになります。通常人差し指と中指は、親指と合わせて「つまむ」動作をします。この場合、指の関節が大きく動く必要は少ない。薬指と小指は、「握る」動作をするので、関節の可動域はたくさんないと困るのです。

ですから、人差し指と中指は関節固定をしても、比較的機能的な損失は少ないかもしれません。ところが、薬指や小指は指が細くなるので、人工関節を挿入しずらいという問題もあるのです。

親指は、どんな場合でも力が加わりやすく、しっかりと把持できる安定性と同時に他の指に合わせられる立体的な動きが必要です。いずれにしても、手術をするにあたって考えておかないことは大変多く、手術も個々の医師の技量が大きく関与することになります。

以前に比べて、これらの手術が必要な患者さんは減った・・・ということは、実はそういう手術を経験して医師が専門性を高める機会が減ったともいえるのです。

生物学的製剤というのは、以前の薬に比べると「魔法の薬」のように効果があるのですが、生物学製剤が当たり前の若いリウマチ医は、苦労していろいろな内服薬を使う経験をしていないかもしれません。

とにかく、患者さんも大変だと思いますが、医者も大変。外科系のリウマチ医としては、薬の治療の限界をきちんと判断して、もしも手術が必要な場合には、ちゃんとした専門医がいる病院を紹介することも大事な仕事です。

2014年6月22日日曜日

三位一体節後第1主日

さぁ、ここから11月までは、キリスト教の教会暦では、無風に近い半年間。ひたすら三位一体節後第×主日というのが続きます。今年は×は23まで続くはずで、バッハがライプチィヒに着任して、理想の教会音楽を作り出すのはこの時期から。バッハのカンタータ年巻のスタートです。

バッハの教会カンタータもこの間は、比較的地味なものが多くなるようです。以前の作曲のパロディだけでなく、後年この間のカンタータは、再利用されるケースが比較的多いので、このあたりを楽しめると上級者でしょうか。

新米カンタータ聴きとしては、もう一度ばたばたと聴いてきたものを聴きなおしたり、特に受難曲などの大作を再確認するのに都合がいい。また、バッハ以外の作曲家のものもよく聴いてみたいと思います。

さて、この日のためのカンタータとしては、3曲あります。
1723 BWV 75 乏しき者は食らいて
1724 BWV 20 おお 永遠、そは雷のことば
1726 BWV 39 飢えたる者に汝のパンを分ち与えよ

BWV75が、バッハがライプチィヒのトーマスカントルに就任して、最初の新作カンタータです。さすがに、プレイボール後の初級を一番バターがホームランを狙っているみたいなところで、30分ほどの長めの作品で、構成も凝っている。

前半7曲をコラールで〆て、後半7曲はシンフォニアから始まります。それぞれの間は、レシタティーボとアリアが交互に出てきて、アリアは4声すべて出てくるもまさにオールスターキャスト状態。

もともとバッハは、まだそれほど有名ではなかったらしく、新任カントールの腕前をさぐりにきたライプチィヒ市民は、きっと安心して、帰ってからも今度のカントールはなかなかやるわいと盛り上がったんでしょうね。

ガーディナー先生のカンタータ・シリーズでは、これがVOL.1です。最初、なんで教会暦に沿ってクリスマスからスタートした連続演奏会の記録なのに、こんなところからスタートするのかなと思っていたのですが、カンタータ年巻に沿ってリリースしたということに、今(!!)気がつきました。