2007年9月24日月曜日

The Controlled Health Part1

数年前から、電話をしても救急車が来ない、というよりも電話に出てもらえないという事態が頻発している。急病で歩いている人が倒れても、救急車が来ないために放置され亡くなる方がいるという。通りかかった親切な人が、直接病院に運んでくれたというのはごく少数で、最初はメディアでも問題を取れあげて、原因をいろいろ追究していたが、あまりに当たり前の出来事になるとしだいに熱が冷めてしまったようだ。

なぜ、そのようなことが起きているのか。まず、病院に原因の矛先が向けられた。21世紀になって、医療改革の名の基に、国民皆保険制度を死守するために医療費が削減され続けた結果、診療報酬はどんどん引き下げられた。当然、医者は激減。病院やクリニックも経営が成り立たず倒産し続けた。

すると、生き残ったのは公立機関の診療施設だけとなり、夕方5時から翌日の朝9時は当然職員が働かないので、病院は一切患者を受け入れない。また、数少ない医者も仕事量が多くなりすぎて疲労困憊で、極力救急患者を受け入れないようにしていた。このために、救急隊も患者を連れて行く場所が無いため、いつの間にか出動を控えるようになってしまったというわけである。

もちろん、原因はそれだけではなく、救急隊そのものにもあった。警察・消防・救急といった基本的な国民へのサービスは、エスカレートする要望の中、隊員が激減していたのだ。やって当たり前、感謝もされず、日夜過酷な勤務が嫌われ成り手がいないのである。また弁護士がやたらと増えたため、ちょっとミスがあるとすぐに訴訟を起こされてしまう。電話が通じないことにして、係わらない方が身のためと思ってしまうのである。

さらに、電話をかける側も、「かぜをひいて熱がある」というのはいい方で、「タクシーは金がかかる」とか「救急車で行けば待たずに見てもらえる」という理由で、救急要請をするので問題になっていた。一時は有料化するという方向性で政府は検討していたが、結局結論がでないままにうやむやになっていたのだ。

さすがに、昨年度の救急車が来ないために亡くなった人の数が、1000人を超えた事で、政府もこのまま放置しておくことはできなくなった。厚生労働省でも、現実的な早急な対策を考え始めたが、実際、構造的な問題の根が深すぎて誰もいい案は思いつかない。

今日は、もう何回目かの対策委員会の集まりである。委員は、皆沈痛な面持ちで腕組みをしてうなだれたままである。次官の一人が口を開いた。
「それでは、どこから手を付けるか。救急隊を増やす? 救急車も」
「いくら増やしたかて、連れて行く病院がなければしゃーないやんか」
「じゃ、病院作ったらええんとちゃうの」
「アホ! 公立病院やったら同じやろ」
「昔の首相がよく、民間でできることは民間で、というとったな」
「それには、まず診療報酬上げんと、誰もやらへんがな」
「野党が騒ぐで、そないなこと言い出したら」
「あの頃は、何でも政府のやりたいようにできた。強行採決したかて、ギャーギャー云われるのは1ヶ月くらいのもんや」

いつもと同じ展開の話になり、ここで行き詰まりとなり、散会するのがこれまでの通例であった。とにかく、委員会をやっている、がんばって考えているという国民に対するデモンストレーションが大切なのである。
しかし、今回は違った。今まで、一度も口を開いたことが無い一人の若い委員が、すくっと立ち上がると、意を決したように前を見据えてしゃべりだした。

(つづく)

この話はフィクションです。
あすなろ棒屋さんにヒントをいただきました。ありがとうございます。