夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2014年8月14日木曜日

盆入り


この時期は、昔は民族大移動などと呼ばれ、一斉に帰省が始まったものです。

最近は、休みをとるタイミングがだいぶバラけたせいか、一斉というほどではなくなりました。

それでも、やはり「お盆」いう習慣は、日本人には深く浸透しているわけで、前後1週間に休む人が集中するため、交通機関の混雑する期間はむしろ長くなったような気がします。

お盆というのは、簡単にいうと先祖の霊が家に帰ってくる期間。迎え火で家に入れ、家族が元気でいることを報告し、日頃守ってもらうことを感謝します。

霊は安心して、送り火とともに帰っていくわけで、先祖がいたから自分が存在し、そして未来を子孫に託すことを確認するイベントは終了します。

とくに、終戦記念日が重なったことが、お盆を不滅の記念日にしたことは間違いない。もしも、違う時期だったら社会人の夏休みは、もっとばらけていたでしょう。

しかも、個を大事にする時代ですから、休みも純粋に楽しむだけのものになっていたのかもしれません。
この辺りの考え方は、やはり仏教的なんでしょう。自分の場合、多くの日本人もそうだと思いますが、積極的な仏教徒とは言えません。

でも、仏教的なイベントは生活の中に染み込んでいて、それが日本人の常識を形成している一部であることは疑いようもないことです。

宗教哲学が表にはっきりと出る国もたくさんありますが、日本は仏教を倫理的規範のベースとしている国ということなんでしょう。

2014年8月13日水曜日

SUPER MOON

8月11日の夜、台風が過ぎ去りつつ・・・雨雲が強風でだいたい消えて、空は晴天。

月齢は満月でしたが、特別な満月を見る事ができました。それはスーパー・ムーン。セーラー・ムーンの親玉ではありません。

月の楕円軌道で、最も地球に接近したときの満月のことで、天文学ではPerigee full moonと呼ぶらしいです。

18年に一度、再接近と完全な満月が重なり、今年はそれにあたります。一番遠いところでの満月に比べて、大きく明るい月を見る事ができるということで貴重。

写真に撮ってみると・・・写真ではあまり違いがわかりませんが、少なくともかなり明るかった。たいぶしぼりこまないと、真っ白けでした。


2014年8月12日火曜日

永遠の0 (2013)

昨年末に公開された、百田尚樹原作のベストセラー小説を原作とした邦画で、映画も87億円の興行収入を叩き出す大ヒットとなった作品。

最近の映画としては、珍しくテレビ局が制作に関与していません。監督は「三丁目の夕日」シリーズの山崎貴で、山崎は日本のCGを駆使した特撮で有名な白組出身で、もともといろいろなメディアを通じて様々な映像作家からノウハウを吸収して成長した人物と言えるのかもしれません。

ヒット作の宿命とも言えるのが、作品に対するバッシング。この作品についても、有名映画監督らを含め多くの文化人らが批判を展開しました。基本的には「戦争、特に特攻隊を美化」することで「戦争の責任を忘れて太平洋戦争を悲劇としてとらえる」というようなものでした。

自分の感想は、これらの批判を相容れるものではありませんでした。確かに映画としては、見事な空中戦のシーンなど「戦争エンターテイメント」とも言えるような部分を含んだフィクションであるものの、あくまで一人の「零戦乗り」を主役とし戦争を否定した内容だと思います。

作中に出てくる会話で、「特攻はテロだ」という現代社会における意見に対して、「特攻の対象は一般人ではなく、戦争兵器」であるが、「九死に一生なら命をかけられるが、十死に零生ではもはや作戦とは言えない」と否定しています。

すべての人が「お国のため」に命を捧げた時代ですが、本音の部分で家族のために生きて帰りたいと願っていた兵士がいても不思議はありません。そういう戦争によって、個人のレベルでは多くの悲劇が起こったことは現実だろうと思います。

ですから、国が戦争を起こす事の責任論とは別物と考えるべきではないでしょうか。軍を主体として描いていれば、戦争責任の逃避と批判されるかもしれません。戦争映画が、実際の史実に忠実でなければいけないというルールは存在しません。

事実に由来する幾多の大戦を舞台にした映画がありますが、庶民が主人公のものは「戦争による個々の悲劇」を描いたものであり、それを通じて戦争を否定するものです。

例えフィクションであったとしても、むしろフィクションだからこそ、軍隊という組織の中にいて反戦思想を口にする一兵士を主人公にすることができたのかもしれません。

いずれにしても、反戦や特攻批判を目的とした話ではなく、いかにして生き抜くかが本当のテーマなのだろうと考えれば、良質なエンターテイメントなのではないでしょうか。

☆☆☆☆

2014年8月11日月曜日

バッハの記譜

バッハが生きた17世紀末から18世紀前半、当然今のようにパソコンなどはありません。

自分は音楽家ではありませんので、作曲などする由もありませんが、例えば作曲支援ソフトを利用すれば楽譜を作るのもそれほど大変ではないかもしれません。

もっとも、いくら楽譜ができても、そこに記載された音符が、人を感動させるだけの力を持っているかどうかは、いくら技術が進歩しても、作曲家の感性の問題ですけど。

今時の作曲家であれば、いわゆる「打ち込み」 と呼ばれるような方法もあります。ちょっと変えるたびに、すぐにその音の効果を耳で確認できます。

これは文章を執筆するような作業でも、同じことが言えます。ワープロというものが一般的になったのが、1980年代半ばから。ちょっと直したければ、簡単に書き直すことができる。

全体を見渡して、文章の流れがおかしければ、いとも簡単に一字一句を修正することができますし、段落ごとコピペで移動したりもお茶の子さいさい。

このような電子文具がなかった時代であっても、鉛筆というのは強力なツールだったろうと思います。まずは鉛筆で書いておいて、上から清書して、消しゴムで鉛筆を消せばいいわです。

楽譜を記載する、つまり記譜という作業では、鉛筆の登場は多くの作曲家を嬉しがらせたのではないでしょうか。特に合奏の譜面を書いていくとなると、各パートの整合性を保つために書き直しは何度も行う作業であろうと思います。

鉛筆らしきものが発明されたのは16世紀なかば、現在のような鉛筆は17世紀なかばにステッドラーが最初といわれています。ただし、重要なのは消せる事。消しゴムが発明されるのは、1770年のこと。

残念ながら、バッハは鉛筆をもっていたかもしれませんが、消して書き直せる道具としては利用した可能性はありません。実際、バッハの直筆譜はいずれもペンによるインクで書かれたもの。

ペンで書いたものは、後から間違いに気がついたら、紙の表面を削るしかありません。本物を見た事はありませんが、直筆譜では削った跡が、ちょろちょろあるらしい。

晩年は、ゆっくりとじっくり熟考しながら作曲活動をしていたのでしょうから、時間的な余裕はそれなりにあったんでしょうけど、毎週新しいカンタータを用意していたライプチィヒ時代の最初の頃は、もう想像を絶する忙しさでしょう。

そう考えると、バッハの頭の中には他人から見ればいとも簡単に音楽の全貌が浮かび上がっていて、さっさと楽譜にしていたように思えます。このあたりは、まさに職人といえる力量の見せ所だったかもしれません。

17世紀半ばには現在のような五線譜による記譜が行われるようになっっていたそうですが、まだ速度については書き記す一定の方法はまだありません。速さの解釈は、現代の演奏家によって大きく異なるポイント。

また、手書きなので連続的に音を出すスラーのような記号も、どの音符からどの音符までかかっているのかも、いろいろと論議を起こすところなんだそうです。

バッハの直筆譜を研究する専門家に言わせると、もちろんバッハにも間違いはあるらしい。明らかにインクを削って書き直した跡があるそうですが、その結果別のパートの演奏が矛盾してしまうこともある。

中には、間違いを知ってか知らずか、そういう明らかな間違いを放置している部分もあったりして、このあたりは大作曲家といえど人間ぽいところかもしれません。

そしてバッハは、直筆譜の最後には必ずSDGと書いていました。これはSoli Deo Gloriaの略で、ただ神にのみ栄光というプロテスタントの基本的な教えのひとつだそうです。

2014年8月10日日曜日

三位一体節後第8主日

クリスマスまでは、まだまだ遠い三位一体節後第8主日です。

バッハの残されているこの日のための教会カンタータは3曲あります。
BWV136 神よ、願わくばわれを探りて (1723)
BWV178 主なる神われらの側にいまさずして (1724)
BWV45  人よ、汝はさきに告げられたり、善きことの何なるか (1726)

BWV136は比較的華やかな合奏から始まりますが、コーラスとコラールでソロをはさんだ普通の構成で、長さもそれほどありません。標準的な出来上がりというところでしょぅか。

BWV178は、なんとコラールとソロを交互に織り交ぜる、まさに「コラールカンタータ」と呼べるもの。ソプラノだけ独唱がないので、比較的低音域の広がりを感じます。

バッハはライプチィヒに赴任して2年目の1724年から、カンタータの中にコラールを取り込むことを強く意識しだしたといわれています。

コラールは、当時ルター派の教会で会衆者全員で歌う合唱曲、つまり讃美歌で、その歌詞は聖書に匹敵するキリストの教えを反映したものであり、また信者にも知られたものでした。

バッハは2年目になって、明確にコラールを取り込んで、カンタータをより教会と参列した市民の間を取り持つ重要な存在にしようという意図が出てきたものと考えられています。

1726年のBWV45は、スタートは通常の合唱で最後だけがコラールでしめくくる、普通の進行の曲。いずれの曲も、比較的華やかさがあり、夏の日差しの中で清涼感のある輝きを意識したのかもしれません。

2014年8月9日土曜日

明日から夏休み

いろいろとご迷惑をおかけすることと思いますが、明日から1週間はクリニックは休診になります。

顔見知りの患者さんからは、「静養してください」とか、「楽しんでください」などといった声をかけていただきました。

中には「お大事に」と立場が逆転したものもありましたが、いずれも、ありがたいことではあります。

ただ、天気は台風11号のゆっくりとした接近により、だいぶ怪しい。気温が下がるのは助かりますが・・・

いつ休みにするかは、多少試行錯誤しましたが、結局お盆を中心とした時期は港北ニュータウンと呼ばれる近隣の範囲は、人が流出する時期で、患者さんはあまりこない。

他のクリニックも同じ頃に休むところが多く、患者さんもその頃は休みだと思っている方が多い。

でも、結局この時期は、一番休む人が多いわけで、どこに行くにも車は渋滞、列車や飛行機も満席だったりして、値段も高く旅行シーズンとしては最悪です。

来年は、思い切って、大幅にずらしてみようかななどとも考えています。自分も、どうせ休むならしっかり休みたい年になってきたのかもしれません。

2014年8月8日金曜日

割子蕎麦 @ 市ヶ谷

うちの近くにお気に入りの蕎麦屋がありまして、名前は更科。

増田屋という蕎麦屋もよく見かけますが、これは明治以後にはじまったもので基本的には暖簾分けで増えたもの。関東中心に200店くらいあるらしい。

江戸時代に信州更科蕎麦として、麻布永坂に最初の店ができたとされています。分家関係にあるのか無いのかはわかりませんが、基本的には蕎麦殻を除いて精製したそば粉を使うのが特徴らしいです。


ですから更科の蕎麦は、白い。一見小麦粉のつなぎがたくさん入っているのか思いますが、食べてみると蕎麦の味がしっかりします。

つゆはやや醤油が強い感じですが、なんともいえない出汁のバランスは、家にあるような調味料ではとてもだせない美味しさ。

比較的近いところで、市ヶ谷にも更科がありまして、そちらにも行ってみました。蕎麦は同じように、白くて比較的細め。でも、しっかりとこしがある感じで、確かに更科。

割子蕎麦を注文してみました。たぶん、ざるの大盛りくらいの量になるのではないかと思いますが、5つつに分けられたそれぞれが別々の味。梅キュウリ、山芋、いくら、なめこおろし、なめこ山菜です。

蕎麦つゆは、いつも行く店より醤油が強い感じ。お手軽に、いろいろな味を一度に楽しめて、お得な気分になりました。

2014年8月7日木曜日

焼肉弁当 @ 某店

焼肉弁当です。

とある席でいただきました。

大変「美味しい」ロースだと思います。

自分の活動地域では、比較的知られるようになったお店の物ですが、この店は超高級店で知られており・・・ということは、ほとんど脂の肉を出すので有名。

筋肉繊維よりも脂の方が多いくらいなので、年をとると正直辛い。ロースはまだまし。

ただ、この弁当、細かい事ですが、肉の大きさ3cm四方くらい、厚みは数mm程度が7枚。あとはナムルとキムチだけです。

スーパーで同じようなセットを買ってきて用意すると、けっこう高めの肉を使っても500円程度でしょうか。

もちろん、そこらで買えるものより、もっともっと高級なのかもしれませんが・・・

これで2500円 !! !! !! だそうです。

ご馳走になったので大きなことは言えませんが、いくらなんでも高すぎ。せこいようですが、明らかに相手をみています。

幕の内弁当のようなものよりも、手間はかかっていないのは間違いないし、せいぜい1500円くらいというのが良心的な価格かと。

普通の弁当屋とはいいませんが、例えばデパ地下とかの「なんたら味の市」みたいなところでも、これは売れないだろうという感じ。

・・・とは言え、文句を言ってはいけません。ありがたくいただきました。

2014年8月6日水曜日

ザクロ

ザクロは果実として扱われていますが、自分が子供のときはすぐ近くの家にザクロの木があって、いつも目にする普通の木の一つという印象でした。

さらに、まずいことに熟した実がいつも道路に落下した光景をしょっちゅう目にしていたのです。

これはまさに「石榴を割ったような・・・」という表現に相当するのですが、たぶん推理小説のどれかで読んでいたのだと思いますが、道路にいくつも落ちて割れ、踏まれてさらにぐしゃぐしゃになっている様子は気持ちのよいものではありません。

医者になってみると、ごくまれに悪性腫瘍を未治療で放置していて、体表面に盛り上がった部分が爆発してから病院を訪れる方がいて、それも似たような表現で表されることがあったりします。

そんなわけで、食用になることは以前から知っていましたが、どうもイメージが悪すぎて・・・

でも、今もザクロは近所に木があってよく見るのですが、この家の方は道路に実を落とすような事はしないとみえ、そんな怖い思いはしなくてすんでいます。

夏の高い青空のもと、ぷっくらとなったザクロの実は、けっこう絵になる感じです。

まだまだ猛暑が続きそうですが、体調維持にはザクロは役に立たなさそうです。女性ホルモン類似物質が含まれるというので、ザクロジュースというのが一時流行ましたが、実際効果は内容です。寄生虫の駆除の効果はあるようですので、もともの時には・・・

2014年8月5日火曜日

ワイルド・キャンプ

台風12号の影響で西日本、特に四国ではものすごい量の雨が降って、さぞかし大変。台風11号が遅れて上がってきているので、一難去ってまた一難というところ。

大雨による事故というのは、関東でもありまして、丹沢のキャンプ場の事故は痛ましい限りです。自分もこどもたちが小さかった頃は、せっせとキャンプ場に行っていたので気になりました。

那須でキャンプしたときに、大雨で管理者から注意されたことがありました。サイトが比較的高いところにあったのと、上に川や湖が無い場所だったので、早めにテントの周囲に深い溝を掘ったりしてじっとしていました。

箱根では、大量の雹が降ってきて、テントが破れるのではないかと心配しながら、ぼこぼこ当たる音を聞いたこともあります。大風でテントが飛ばされそうで、通常四隅に打てばいい杭を倍使ったり、木立にも紐で結んだりもしました。

いろいろと経験しましたが、少なくとも川の中洲にテントを設営するキャンプ場というのは見た事がありません。だいぶ前に中津川のキャンプ場で、中洲で遊んでいて増水による事故が起こった事がありました。

キャンプに行くと、ちょっと自由になって冒険心を満たしたくなるものですが、やはり中洲というのは好天が続いているときに、ちょっと渡ってみるくらいの場所と考えたほうがよさそうです。

電気も使えて、サイトもきれいに整備されたキャンプ場は安心ですが、時にはワイルドなところも確かに面白い。

本栖湖のキャンプ場は、キャンプスペースは決まってなく、空いていれば好きなだけ広く使えます。ただし、地面は凸凹で斜面になっていたりと、いかにうまく平地を確保するかが重要。そのかわり、自然の中にうまく溶け込む気分は満喫できます。

キャンプはオートキャンプと言えども、いろいろな危険を伴う可能性があるわけですから、過信は禁物。夏休みはこれからが本番。もう、悲惨な事故が起きないといいですよね。

2014年8月4日月曜日

大人

40歳を超えたときに、人生の半分が終わって、それまでに知ることができた様々なことと同じだけのものは、もう頭には入ってこないんだと思いました。

あきらかに老眼が始まり、ちょうどパソコンの普及も進んでいたことから、急速に本を読むということをしなくなったのも同じころ。さらに、日ごろ患者さんに説明している変形性頸椎症のせいで、左腕がしびれて手術にも不安を感じるようになりました。

そういうもろもろのことがきっかけで、それまで漠然としていた開業というものを、具体的に考えるようになりました。開業してみると、生活は一変して、実際にはそれまで知らなかったこと、知らなくてすんでいたことにたくさん遭遇しました。

年をとっても、いろいろな知識を増やしたいという気持ちがあれば、まだまだ勉強になることは山ほどあるものです。ただ、若い頃よりもその知識を整理して記憶にとどめるためには、より一層の努力が必要だということも間違いないところ。

最近送られてきた、学会のニュースで新任教授が紹介されていました。そのいずれもが、自分より医学部卒業が後なんです。もう、自分よりも若い教授が活躍するようになったんだなぁと思うと、急に何歳が老け込んだような気分になります。

まぁ、総理大臣だって、自分との年の差は片手で足りるほどですから、今更そんなことで気落ちしてもしょぅがない。とにかく、40年かけて学んできたことを、社会に還元していくのが次の40年のテーマですし、その実践のために勉強し続けるしかない・・・

大人ってのは、そんなもんでしょう、と急に達観したようなことを考えてしまいました。

2014年8月3日日曜日

三位一体節後第7主日

鈴木雅明の全集も手に入れたのはいいのですが、実はまだまったくの手つかず。というのも、こちらは成立年代順に収録されているので、教会歴に沿って行くと、いくつかのCDからとっかえひっかえしないといけない。

もっとも、バッハも毎週二つも三つもカンタータを演奏していたわけではありませんから、実際のバッハの作曲順に沿ってバッハの人生を振り返るというのも・・・50年くらい、いや端折って5年くらいに圧縮してもいいのですが。

がーディナー先生に日ごろからお世話になっていますので、がーディナー盤でまた聴いていないカンタータを、先に別の演奏で聴くのも、なんとなく気が引けるというところもあったりするんですよね。

ところで、鈴木雅明 & BCJ のカンタータ全集は、定価10万円という、一度に使うにはかなりの高額商品でした。もっとも、初期の半分くらいの通常CDもSACD化したり、解説も1000ページもある、それなりの価値がある日本独自企画による限定盤というもの。

販売店ではほぼ完売で、こういうものに価値を感じる人がけっこういるということなんでしょうが、発売元は2匹めのどしょうを狙って、今度はバッハの4大宗教曲を中心にしたセットを発売する計画です。

12枚組で、カンタータ全集と並べて困らないデザインです。解説もバラバラではなく、一冊にして日本語対訳などもしっかりつけるというもの。カンタータ全集を購入した者としては、買わざるを得ないという代物です。

ところが、問題はすでにSACDで発売されているものがあるにもかかわらず、すべて通常CDだということ。数年前に、4大曲を通常CDのボックスで発売済ですし、 どうせ同じ企画意図であるなら、マタイ、ヨハネ、クリオラもSACD化すべきでしょう。

ボックスと残りもすでに所有(amazonの中古ですが)している身としては、かなり悩ましい。足元見られた思いです。カンタータ全集でたまったポイントを、ここで一気に吐き出すしかないかんじでしょぅか。

さて、三位一体節後第7主日です。三位一体節後第×主日というのは、クリスマス前の待降節まで続くわけで、まだまだ半分もいっていません。ところが、さすがにめりはりがない長い期間で、多少教会歴に沿ってカンタータを聴くと決めたのはいいけど、少し気持ちがだれ気味。

そんなところが影響しているのか、この日のためのカンターータは3曲あるのですが、比較的地味な印象です。

BWV186 魂よ、躓づくなかれ (1723)
BWV107 汝なんぞ悲しみうなだるるや (1724)
BWV187 彼らみな汝を待ち望む (1726)

BWV186は、ワイマール時代に作曲したものに、数曲を追加した使い回し。バッハ自身も、多少疲れがたまっているんでしょうか。ただ、この曲と、BWV187は2部構成になっていて、カンタータの中では長めです。BWV107も、バスとテノールが中心で、そういうところが華やかさを抑えているのかもしれません。


2014年8月2日土曜日

リウマチ治療の費用

リウマチの治療で欠かす事ができない薬。基本的には「治らない」ということを前提に考えると、薬の価格と言うのは無視できない要素です。

実際、いろいろなデータが示す理想的な治療をしようとすると、かなり高額なことが多く、できるだけ安いにこしたことはないと思うのは当たり前と言えば当たり前。

昭和の頃によく使っていたシオゾールという注射薬がありますが、1本400円弱で、毎週筋肉注射をして1ヶ月で1600円、3割負担で500円程度です。

古くからある内服薬で最近でも比較的使われるのは、アザルフィジン、リマチル、メタルカプターゼといったところですが、いずれも1錠が50~100円。毎日服用して1ヶ月間で3割負担なら数千円でしょう。

リウマチ治療を大きく変えたリウマトレックスは1カプセルが285円で、ジェネリック品だと185円です。標準的な週に3カプセルの服用だと、3割負担で月に1000円ちょっと、ジェネリックなら700円弱となります。

 アラバ、ケアラムといった平成になって登場した内服薬も1錠200円程度で、だいたい似たような負担が必要になってきます。

ただし免疫抑制薬に分類されるプログラフだけは飛びぬけて高くて、通常使う5mgのもので3094円。毎日一つを服用して、1ヶ月で3割負担で月に約28000円です。

 昨年登場した内服薬のタイプの新しい生物学的製剤であるゼルヤンツは、1錠が2600円、1日2回、毎日服用で3割負担で月に約47000円。


生物学的製剤の薬価を並べてみると、
レミケード 89536円/本
エンブレル 15746円/本
ヒュミラ 65144円/本
シンポニー 126622円/本
シムジア 63494円/本
アクテムラ 39291円/本
オレンシア 27947円/本

今日の治療の主力である注射薬のタイプの生物学的製剤は、だいたい値段がそろってきました。いずれを使っても、3割負担で月に25000円~40000円程度が3割負担の方で必要になります。使う頻度や量はさまざまですから、3割負担でいくらとは決めにくいので、主治医の先生によく確認してください。

これらに、痛みを抑えるための薬や、副作用のための薬などが加わるわけですから、これだけというわけにはなかなかいきません。さらに、定期的な検査も必要です。

年間だと、リウマチの治療を受けると、おおよそ5~10万円程度の負担になるのかもしれません。ただし、生物学的製剤や新しい薬を使うと、50万円近く必要になります。


2014年8月1日金曜日

成長

あっいうまに7月が終わり、きょうから8月。湿度が高い蒸し暑さは、けっこう体力的にも消耗しやすくて、年を取るとなおさらきついです。

とは言え、水をせっせと飲んだり、扇風機やエアコンを使いながら、それなりに少しでも快適さを求めて、日々頑張るしかありませんが・・・

さて、3月に水につけて始めたアボカドの種。実は、数週間たっても変化は無し。

こりゃダメかいな、と思いましたが、せっかくなので鉢植えにしてほったらかしにしてみました。そしたら、7月になった頃にやっと芽がでできた。

基本的に寒冷地の植物ではないので、温かさが必要だったんでしょうか。一度伸びだすと、ぐんぐん大きくなり、1ヶ月間で15cmくらい、先端の葉も開いて植物らしくなってきました。

もう少し大きくなったら、植え替えをした方がよさそうです。つまらないことですが、こんなことが日々のちょっとした楽しみになりますね。