2014年9月28日日曜日

三位一体節後第15主日

キリスト教とユダヤ教は親戚みたいなもので、実はイスラム教も根っこは同じ。神様と言えば、3つの宗教とも、同じ概念のもとにただひとつ。それまでの宗教は、多神教であることが多かった。

ユダヤ教では、いつか人々に大きな災いが起こり、それを救ってくれる救世主 (メシア) が登場すると待望されていて、ナザレのイエスは救世主として持ち上げられてしまったわけです。

イエスを神格化したキリスト教では、唯一のはずの神様が増えてしまったわけで、イエスも様々な聖霊も唯一の神と一体のものとして合理化したのが、三位一体という考え方です。


今日は、三位一体節後第15主日ですが、教会暦順カンタータ巡礼では久しぶりにちょいと忙しい。明日が大天使ミカエルの祝日となっていて、聴くべきカンタータがたくさんあります。

今日のカンタータは、3曲が残されています。いずれも比較的短い。

BWV138 汝なにゆえにうなだるるや、わが心よ (1723)
BWV99 神なしたもう御業こそ いと善けれ (1724)
BWV51 全地よ、神にむかいて歓呼せよ (1730)

BWV51はかなり有名曲。ガーディナー先生も、以前のマグニフィカトに併録していました。ソプラノ独唱のためのカンタータで、管楽器が大活躍する、大変華やかなカンタータです。

ガーディナー先生は、この日のものにあと1曲加えています。
BWV100 神なしたもう御業こそ いと善けれ (1734)
この曲は、用途がはっきりしていないのですが、何とBWV99とタイトルが一緒。第1曲は、そのまま転用です。

実は、11月に出てくる、三位一体節後第21主日用のBWV98も同じタイトルで第1曲は、多少雰囲気を変えているものの転用しているんです。

さらに最後のコラールも、10年前に作られた三位一体節後第1主日用のBWV75の最後のコラールの転用となっています。出だしの1行は同じ歌詞です。

まぁ、「神様のすることはすべてOK、まかせておけば大丈夫」みたいな内容ですから、比較的気楽にあちこちに使いまわしたのかしれませんね。

2014年9月27日土曜日

青木カレン

毎日毎日、宗教音楽ばかりを聴いている・・・みたいなところは、確かにあるんですが、さすがに世界中に音楽はあふれていて、これを聴かずにいるのはもったいないの極み。

まぁ、そんなに大袈裟な話でもないのですが、 話はガラっと変わって、テレビのドラマは今週最終回が多くて、例えば「HERO」は予想通りの大人気でした。

特に女性の方々が、毎週ドキドキして見ていたのが「昼顔」じゃないでしょうか。不倫モノで、それなりにドロドロなんですが、主演が上戸彩ですから、だいぶ雰囲気を軽くしている。

内容はともかく、主題歌は一青窈が歌う・・・「他人の関係」でした。金井克子の昭和の名曲のカバーで、平成風ななかなかいい感じ。ですが、もう一つ挿入歌として注目されたのが、「Never Again」という曲。

これを歌っているのは、青木カレンという、あえてカテゴリーをあてはめるならジャズ・シンガー。年齢不詳、帰国子女で、慶應大卒ということになっています。

昨年の「ガリレオ」の映画の中でも使われていましたが、けっこう最近注目度の高いアーティストなんです。おしゃれで、大人の音楽とはこけだ、みたいなアレンジが、ちょっとけだるい感のある声をひきたてている。

古いスタンダードから、新しいポップスまで、幅広いレパートリーがあって、アコースティクなものから今時風のものまで、飽きがきません。

昔ね、オシャレなジャズボーカルとして人気があった阿川泰子を思い出しました。実際、阿川泰子のデヴュー・アルバムに入っていた''Skindo-Le-Le''をカバーしていたりして、本人も意識しているんだろうと思います。

おこちゃまには、わからんだろうなぁ~



2014年9月26日金曜日

しゃぶしゃぶ食べ放題

全国展開するファミリーしゃぶしゃぶの店は、よくありますよね。まぁ、それなりに美味しく、それなりに安くすませるにはちょうどいい。

特に中高生の男の子がいる家なんかだと、こういう店は重宝するものです。でも、この手の店はたいてい時間制です。

牛肉のコースを頼んでも、「豚も食べますか」と聞いてきて、「はい」とでも答えようなものなら、「残さないように」という決めの一言とともに豚肉をどっさりと運んでくる。

テーブルのコンロは、火をあまり強くしない。なかなか沸騰してこないので、その間によけいなサイドメニューを取ってきて、これだけでもけっこうお腹が膨らみます。

追加の肉を注文しても、忙しいため(?)なのか、なかなか持ってこない。ここでも、またサイドメニューに手をでしてしまいます。

その間も、時計の針はどんどん進んでいます。サッカーのようにアディショナル・タイム制度ならいいのに。

ドリンク飲み放題をつけると、ついつい何杯も飲んでしまうので、これも注意が必要。

それでも、男子は負けていません。この手の店の一番の脅威は、大学生でしょうか。彼らは、きっと口からあふれるまで、肉を食べつくすはずです。次から次へと、肉の皿が空になって行くたびに、店主は冷や汗をかいていることでしょう。

2014年9月25日木曜日

新東名

正式には第2東海自動車道横浜名古屋線というらしいですが、通称は新東名。2012年4月に、御殿場―三ヶ日の区間が開業して、すでに2年6ヶ月です。

実際は2020年の予定で、海老名から名古屋まで開通することになっていますが、予定はあくまで予定。どうなることか、まったくわかりません。

自分のテリトリーでいうと、東名高速の上りは、休日ともなると大和市の短い大和トンネルを先頭に数十キロの渋滞は年中行事です。

厚木で県央道との連絡がつくようになっても、渋滞が緩和された様子はありません。新東名は海老名が起点とるようですが、少なくとも大和トンネル渋滞の解消に寄与するとは考えにくい。

自動車会社はせっせと車を作っては売り、日本の経済の根本から支えているらしいのですが、これ以上車を増やすなら、走れる場所も増やさないとしょうがない。

実は、今まで一度も走った事がなかった。というわけで、行ってみました。とは言え、走った時間は夜中。当然、渋滞は無くスイスイ。トラックが多くて、多少走りにくいですが、まだまだ道も痛んでないので快適です。

周りは・・・真っ暗なので、景観の良し悪しはまったくわからない。後からできた道路ですから、やたらとトンネルが多いという印象だけでしょうか。

駿河湾沼津SAでトイレ休憩にしましたが、やはり真っ暗でなんだかよくわからない。おそらく沼津市の夜景だと思うのですが、光が横に広がっています。

その光のベルトの向こう側は真っ黒ですから、おそらく駿河湾で海が広がっているはずなんですが・・・

とりあえず、本丸が開通しないと、新東名の存在意義についてはわからない。利用者からすると、車線が増えて欲しいのはそこじゃない、というのが正直な感想です。


2014年9月24日水曜日

浜松の風力発電

静岡県というところは、東西にやたらと長い。真ん中に静岡市、西には浜松市、そして東に伊豆半島。

静岡市民と浜松市民は、それぞれが県の中心と自負していて、いずれも伊豆は神奈川県だと思っているみたいなところがあります。

これは、自分が勝手に言っていることではなくて、それぞれ知人の静岡市民と浜松市民が、口をそろえて語っていた事。

浜松は、遠州灘の真ん中あたりに位置していて、比較的凹凸のない平べったい土地。遠州灘から吹いてくる風は、けっこうすごい。

1年間、近くに出向していたことがあるので、実際に体験したわけですが、とくに冬ともなると、もうそれは、お年寄りの自転車を吹倒すほどです。

大凧あげの祭りなどに活気があるのは、つまりは風がすごいからで、せっかくの無料の自然のエネルギーを使わない手はないだろう・・・

ということだと思いますが、丘の上に風力発電の大きな羽が並んでいました。ゆっくりと廻っていましたが、ばっと見で10基程度でしょうか。

うーん、このあたりは無知なのでよくわかりませんけど、どの程度の電力を発生させているのか。もしも浜岡原発のかわりにするなら、相当な土地が必要でしょうし、これは実験レベルなのかもしれません。


2014年9月23日火曜日

ワイマール時代のバッハ

1708年に、バッハはワイマールに転出します。宮廷オルガン奏者になったバッハは、まずはオルガン曲をせっせと作曲し、地固めを行いました。

と、同時にイタリア音楽を研究し、自身の作曲にも反映し始めます。そして、1713年になると、カンタータの創作がはじまります。時期が確実にわかっている初期のものとしては、通称「狩のカンタータ」として有名なBWV208 「わが楽しみは元気な狩だけ」があります。

そしてこの頃に、バッハはハレの教会オルガン奏者に応募しています。本気で就活していたのかはわかりませんが、その結果バッハをよそにとられたくないワイマール公によって、楽師長への昇進と待遇の改善かはかられました。

そして、バッハには、毎月新しいカンタータを作曲して演奏するという機会が与えられることになります。1716年の末までに演奏された新曲のカンタータとしては、20曲程度が残されています。

この時期、イタリア音楽の影響で、最も顕著なことはレチタティーボの導入です。レチタティーボは、もともとオペラの中で、主として状況説明をたんたんとするための独唱です。

教会音楽にレチタティーボを導入することは、聖書が言わんとする教えを、よりわかりやすく伝えるという効果が期待できるということでしょうか。

合唱の様式も、複雑化し様々なパターンが使われるようになり、後の円熟した作曲技巧がワイマール時代に完成していったことは間違いないところです。

ところがワイマール公とその甥っ子の確執があり、甥と仲が良かったバッハは微妙な立場に立たされることになります。さらに上役の楽長が亡くなり、自分が昇進することを期待していたのでしょうが、よそから新しい楽長が赴任することでバッハはだいぶやる気をなくしたようです。

そこで、バッハのファンだったケーテン公レオポルトの招聘により、1718年はじめにケーテンの地に宮廷楽長として移ることになりました。

ただ残念なことに、バッハはルター派のプロテスタントだったのに対して、レオポルト侯はカルヴァン改革派であり、バッハは積極的な教会カンタータの作曲を行っていません。

その代わりといっては何ですが、ブランデンブルグ協奏曲や主要クラーヴィア曲の作曲がこの時期に行われました。

2014年9月22日月曜日

ミュールハウゼン時代のバッハ

ちょっと考えてみれば当たり前のことなんですが、イエスはユダヤ教徒だったんですよね。

ナザレのイエスが、ユダヤ教に矛盾を感じて、独自の考え方を示したところ、民衆から支持された。ところが、時の支配者は、イエスの思想に危険を感じて処刑しました。

十字架の磔刑になって、3日後にイエスは復活して、教えを説いたのち神となって昇天します。そののち、弟子たちに精霊が降りてきて、各地に散ってイエスの教えを伝え始めたところからキリスト教が始まるわけです。

ここから、ローマ帝国の中でキリスト教徒は迫害を受け続けるのですが、次第にヨーロッパに拡散・浸透して、ついに313年にミラノ勅令によってローマ帝国から公認され、380年には国教となります。

ここからは、国王との権力争い、内部の勢力争いが活発になりました。その最たるものは十字軍による東方遠征でしょうか。

いずれにしても、イエスが歴史に登場してから、最初の3世紀くらいの間が、おそらく宗教としての最も進展を遂げた時期なんだろうと思います。

16世紀になって、マルチン・ルターらが行った宗教改革は、キリスト教をより民衆のために戻そうという行動でした。その結果、ローマ・カトリックとプロテスタントという2大勢力が誕生します。

バッハは根っからのプロテスタントで、幼少期からルターの自作した讃美歌(コラール)に慣れ親しんでいました。ですから、音楽家を志すにあたって、「整った教会音楽」を作っていきたいという願望は、かなり早くから頭にあったわけです。

バッハの教会カンタータが最初に作曲された時期は、1707年、22歳からの1年間のミュールハウゼンの教会オルガン奏者を務めていたときです。

翌年、ワイマールの宮廷オルガン奏者に転出するにあたっての ミュールハウゼン市への辞表に、すでに「整った教会音楽」に携わるためと記されているのです。

現在残っている、この時期のカンタータとしては、6つのものが推定されています。
BWV4 キリストは死の縄目につながれたり
BWV131 深き淵より われ汝に呼ばわる、主よ
BWV106 神の時こそ いと良き時
BWV71 神はいにしえよりわが王なり
BWV196 主はわれらを御心に留めたまえり
BWV150 主よ、われ汝を仰ぎ望む

ライプチィヒ時代のように、教会歴に沿ってきちっとした記録がないため、音楽学者と呼ばれる方々が、作曲技法などから推定したものですが、後年の確立した様式がないために、一つ一つに個性があり、ある意味未熟な面があるにしても、大変聴いていて面白い。

特に後年多用される、オペラの技法から取り入れられたレチタティーボは、まだ用いられていません。合唱とアリアがどんどん出てきて、若いバッハのスピード感みたいなものが感じられます。

BWV4は、すべてが一つのコラールからできていて、「コラール変奏曲」という呼ばれ方をするもの。最初の弦だけの短いのですが大変深いイントロのあと、見事な合唱や独唱が次々に登場します。

BWV106は通称「哀悼行事(Actus Tragicus)」と呼ばれ、バッハの教会カンタータの中ではかなり人気の高いもの。 若きバッハは、すでに当時の死生観について悟りを開いていたのか、死への恐怖と神の救い、そして死の克服の内容で書き上げています。



2014年9月21日日曜日

三位一体節後第14主日

夜は涼しくて、秋らしさが深まってきました。キリスト教の教会歴は、三位一体節後が続いていて、第14主日まできました。

バッハがこの日のために用意したカンタータは、やはり3つ残っています。

BWV25 汝の怒りによりてわが肉体には全きところなく(1723)
BWV78 イエスよ、汝はわが魂を(1724)
BWV17  感謝の供えものを献ぐる者は、われを讃う (1726)

いずれもライプチッヒ時代のもので、いずれも合唱から入って、レチタティーボとアリアが交互に登場してコラールで締める、典型的なタイプ。

実は、ここまであまり歌詞については言及してこなかったのですが、それというのもドイツ語がわからないというところから始まります。

そして、最も重要なことはキリスト教信者ではないものにとっては、その内容を理解するためには、世界史、特にヨーロッパ史を2000年分勉強しないといけないという難題があるからです。

その中でも、ユダヤ教の教義と旧約聖書、イエスの生涯、その教えがつまった新約聖書を理解するということは、並大抵のことではありません。

客観的に考えて、あらすじくらいは知っておきたいとは思いますが、そこに時間を費やすより、音楽的な部分に集中するほうがはるかに簡単です。

BWV25は、ヒトの罪を病気にたとえて切々と説いていく内容らしいのですが、おそらく日本語訳で歌ってもらっても、なかなか理解できるものではないでしょう。

BWV78の2曲目はアルトとソプラノのデュエットなんですが、これが軽快なリズムにのって、実に楽しげに絡み合います。イエスの顔を見ていると、とっても楽しいというような内容通りに、見事なデュエットです。

BWV17も、タイトルからして意味がよくわからない。そもそも最初の合唱は、歌詞は18単語しかないのですが、これをいろいろなバッハのテクニックで、ヒトの声を「楽器」として様々なパターンで処理していくのが楽しい。

一巡した後は、歌詞についても吟味しながら聴きたいと思いますが、今はこのくらいで許してもらいたいものです。

2014年9月20日土曜日

デイバッグ

ふだん使いのバッグは、基本的にパソコンが入って、本の一冊くらいも一緒に持ち運べるくらいのもの。

さすがに、休日にちょっと出かけるときに使うには大きすぎです。そこで、何て呼ぶのかわからないのですが、ナイキの袋をよく使っています。

リュックみたいに背負う事もできますが、単なる布のペラペラのものですから、おそらくジョギンクとかするときに、ちょっと何かを入れて使うようなもの。

さすがに、あまりかっこいいもんじゃない。色もオレンジで、おっさんが普通の格好で持ち歩くには派手すぎ。

昔は、いわゆるポシェットと呼ばれる、財布と煙草と鍵だけ入れるようなバッグを小脇に抱えているオジサンがたくさんいました。オジサンは、ベルトを手に通して持つのが定番。

さすがに、今時これはないわ。何か、金貸しのオッサンのイメージとでも言うんでしょうか、ダサイ感じ全開になってしまいます。

そこで、デイバッグとか言うんでしょうか、小さめのショルダーを購入しました。

知る人ぞ知る Manhattan Passage のバッグです。このブランドは、基本的にはビジネスバッグを中心に展開していて、機能性は抜群にいい。デザインも、嫌味が無い程度に凝っていて、安っぽくありません。

患者さんの持っているバッグを見ていると、若者からオジサンまで、わりとよく見かけます。

これから休日は、このバッグでブラブラしたいと思います。

2014年9月19日金曜日

毎日のブログ

今さら、あらためて書くのも何ですが・・・このブログの目的は・・・??

2007年に書き始めて、最初は何をどうするかもわからず、回りの人が書いていることを真似て始めたというのが正直なところ。7月から本気で利用するようになって、丸7年が過ぎました。

わずかに7年前のことですが、その頃はブログというとネットの利用法としては、最新のトレンドみたいなところでしたが、その後FacebookやTwitter、Lineと、どんどん新しいコミュニケーション手段が登場して、今となってはブログにはあまり新鮮味はありません。

最初は、クリニックの無料でできる宣伝として、情報発信することを意識していました。クリニックは、まだまだ順風満帆とはとうてい言えない状況で、何とか赤字にならないくらいの状況でしたから、広告にお金をかけるわけにもいかない。

何とか、毎日せっせと書いていれば、ネットでの検索にも引っかかりやすくなって、患者さんの増加に役に立つだろうと思ったわけですが、実際のところ、どれだけ効果が出ているのかはよくわからない。

最初のころは、せっせとアクセス数とか、検索されるキーワードとかを確認したりもしていましたが、数年もするとまったく無頓着になってしまいました。

その頃からは、もう完全に自分のプライベートな日記としての意味が大きくなって、もう完全にいつどんなイベントがあったとか、あるいは自分の興味の対象についての覚書という内容です。

毎日書くことが意味があると思っていたのが、今では書かないと気持ちが落ち着かないみたいなところもあって、義務感というより、日常のひとつになってしまいました。

ですから、クリニック関連で、病気の話、特に専門にしている関節リウマチの話は、最低月に一度は書くようにしていますが、以前ほどエントリー数は多くありません。

実際、リウマチの話を書いて、誰が読んでいるのかということなんですが、確かに読者の一部は患者さんかもしれません。でも、少なからず製薬会社の営業の人も含まれていることも間違いない。

最近はまっている宗教音楽については、まぁより一層読者はいないでしょうし、もう完全に自分の世界に没頭しているようなもの。誰が読むかなんて、まったく気にしていない状態です。

今年中にエントリーは3000を超えそうなんですが、これだけの量の文章を全部集めると何文字になるかしらとか、bloggerのサーバーの中で、どれだけの容量を消費しているかしらとか、何となく考えることがあります。

一度、バックアップした中から、海水魚・熱帯魚関係のあすなろ水族館シリーズだけを、ワープロで整理してみましたが、ちょっとした小冊子になるくらいの量でした。

今のところ、容量一杯で書きこめなくなるということは起きていませんが、いつか限界ですと表示されるのかもしれません。そのときは、別のアカウントで続けるか、潔く止めてしまうか、まだ何にも考えず、ただひたすら日常を続けるのみです。

2014年9月18日木曜日

珈琲が無い!!

朝起きるでしょう、最初に何します?

朝、シャワーを浴びる男子は10%以下というアンケート結果があるそうです。自分は、朝シャン派なんですよね。もう、ずーーーーっと前からです。

整髪剤とかまったく使わないので、寝ぐせが嫌なんですよね。

その後は、コーヒーです。コーヒーは無くてはならない。

毎朝欠かさず飲むようになったのは、大学に入ってから。

入学式の後、医学部長が「君らも医学生になったんだから、体の健康を考えてコーヒーや紅茶に砂糖とか入れるのはやめなさい」みたいな話がありました。

それじゃ、ってんで、試しに飲んだブラックが美味しいかった。以来、ほぼ毎朝2~3杯は飲むようになって、朝食はとらなくなりました。

う~ん、もしかしたら、より不健康な生活になったのかも・・・と思うことはありますが、もう30年もそんな生活していますからね。いまさら・・・

コーヒーは、挽き豆でもインスタントでもいいんですけど、昨日の朝はしくじった。

インスタントは、一昨日飲み切っていたのはわかっていたんですが、豆がまだあるとたかをくくっていました。

ところが、豆も無くなっていたんです。こりゃ、まいった。飲めないとなると、よけいにあせるもの。

なんか、ぼーっとした感じが抜けないまま仕事にでかけましたが、体が重い。

医学的には、単なる脱水状態なんでしょうけど、やっぱりカフェイン中毒入っているのかと思ったわけです。

2014年9月17日水曜日

金魚見てきました

金魚みてきました。

たかが、金魚ですが・・・アートになっています。

いろいろな形の水槽、色とりどりのLED照明、さらに鏡なども使って、何とも幻想的な雰囲気をかもし出しています。

いろいろな種類の金魚が丸い水槽の中で展示されていました。確かに、まぁたくさんの種類があるものだと、感心します。

ここは日本橋、COREDO室町というところ。アート・アクアリウム2014という催し物。7月からやっていて、あと1週間、秋分の日まで続きます。

夜に行くと、中で飲食ができて、ショーなどもやっているそうですが、日中に行くと・・・ただ見てまわるだけで、相当ゆっくりしても1時間。

正直、きれいなんですが、基本は飾ってあるだけのものですから、そんなに面白いものではない。死んでる金魚もそのまま放置されてましたしね(朝一にもかかわらず)。

唯一、一番最後にある金魚の屏風は見ごたえありました。縦に細長い水槽を屏風見立てに並べて、流行のプロジェクション・マッピングで四季折々の風物を映し出しています。

ただ・・・面白いのは流れて行く春夏秋冬の景色であって、本物の金魚がその中を泳いでいる必然性はありません。

う~ん、こういうのを素直にいいと思える素直な気持ちになりたいとは思うのですが、すんません。デパートの入り口とかに、でーんと一つ大きくディスプレイされているくらいが、涼しげで気持ちいいかもと思ってしまいました。

2014年9月16日火曜日

芸能人を見た!!

もともと信じられないかもしれませんが、渋谷の、それも原宿育ちでして・・・まぁ、表参道あたりには、芸能人とかよく歩いていたりして、何が何でもすれ違っても振り向いたりはしない。もちろん、サインを求めたりもしない。

それは、地元民としてのプライドのようなもので・・・今から考えると、ずいぶんと生意気な感じ。女子医大に勤務していたときは、芸能人も何人か診察しましたが、今では芸能人とはとんと無縁な生活。

昨日の敬老の日は、二子玉川の高島屋なんていう、ちょっとモダンな場所に出かけてみました。いきなり、都筑区のお世話になっている内科の先生と鉢合わせしてびっくり。

さらに、1階のフロアで何やら歌声が聞こえてくるじゃありませんか。言ってみると、ああ懐かしい長江建次さん。欽ドンの良い子・悪い子・普通の子の普通の子で一躍有名になりました。けっこう、歌がうまい。下手な今時のアイドルよりも、まぁまぁ楽しめる。

歌が終わって登場したのが、道端アンジェリカさん。いやぁ~、現役バリバリのタレントさんですから、やっぱり華があります。伸長も高くて、かっこいいわ。

この方、世田谷育ちで、近くの中高を出て、二子玉川の居酒屋でバイトしていたそうな。

なんか、久しぶりに芸能人を見て、ずいぶんと得した気分です。あとは夕飯の惣菜を買って帰ってきました。

2014年9月15日月曜日

エアポート

飛行機のパイロットになりたいな、とかいう思いを一度はしたことがあるという方は挙手を・・・そう、大多数が手を上げましたね。

そうなんです。飛行機に乗りたい、飛行機を操縦したい、大空を自由に飛んでみたい、などという夢は、けっこう地面から離れられない人間の本能的な欲望の一つかもしれません。

まぁ、そんな大袈裟にしなくてもいいんですが、昨日はせっかくの休みで、天気もいいので羽田空港に遊びにいってみました。

飛行機ものとか空港もののドラマとか映画は好きですから、最近のものとしてはTOKYOコントロール、TOKYOエアポート、ミスパイロットなどは嬉々として見ていました。

この管制塔の仕事のすごさは、あくまでもドラマからの知識だけですが、いゃぁ~感激モノです。昨日は天気良好、風もあまり強くなかったので、比較的楽だったかもしれませんが、次から次へと離発着を整然と指示して行くのはプロフェッショナルとして尊敬します。

ターミナルの中はたくさんの人で、賑やか。旅行で訪れる人、自分のように遊びに来ただけの人であふれています。たくさんある店でぶらぶらと見て廻るのもいいんでしょうけど、空港に来たらやはり飛行機を見ないといけません。

展望デッキに上がって、ただ何となく眺めているだけでも十分に楽しいのですが、こういう時にあると便利なのがリアルタイムの飛行機の運行状況を確認できるアプリ。

まぁ、それほど普段役に立つ事はないのですが、地図の中で飛行機が動いている様子を見ているだけでも、けっこう楽しめるものなんです。

自分が使っているのはFlighrader24というもの。HPでも運行状況は見る事ができるので、ときどきこれと決めた飛行機が、飛んで行く様や操縦席から視点の動画をぼーっと見ていることがよくあります。

昨日はスマホでこのアプリを起動して、どんどん飛んでくるのがどこから来たのかとか、これから飛び立つのがどこへ向かうのかとか、いやぁ~全くいつまで見ていても飽きません。

ちょっと管制官になったような気分を・・・まぁ、ほんの少しですけど、味わうことができました。家でぼーっとしているのもいいのですが、たまにはこういうぼーっと仕方も悪くありませんね。