今回の参議院議員選挙、ワールドカップと相撲問題の影に隠れて、何とも盛り上がらずに終了。本当は大きな問題を伴う結果だったのに、もともと盛り上がっていないだけに盛り下がりもめりはりがない感じ。
去年の衆議院議員選挙でせっかく政権交代をして、さぁこれからの日本はと期待した国民が馬鹿だったのか。結局、今の与党は口先だけで、実際に政権を進めるための力はなかったのか。
今回の選挙で、あらためて国民が現与党に対してどう審判を下すのか。たいへん大きな選択だったはず。ところが、実際には選択肢がほとんどない・・・と自分は思ってしまいました。
元の与党だった正統派、もう完全に抜け殻状態。党首には日本を預けてもいいかと思えるようなカリスマ性は無い・・・でしょう? それ以外の政党は、まったくの団子状態。
少なくとも去年の選挙で、自分は現与党に投票したわけで、選択した責任があるわけです。ですから、しばらくは我慢しないといけない。もう少し、彼らにチャンスを残さないといけない。
でもね、やっぱりお灸をすえないとね。ここまでのことは、どう見てもだめでしょう。もう一度、期待をこめて投票ははずさせてもらいました。ここからが本当の勝負でしょう。どうか、次回の選挙では、是非進んで気持ちよく一票を投じさせていただきたいと思います。
2010年7月13日火曜日
ブログの上にも3年
ブログというのも、最近はツイツターに押され気味なのか、一頃ほどは話題性が無くなったようなところがあります。それは、ブログが成熟したというか、ある意味単なるブームから定着した文化になったということでしょうか。
最近は有名人などでブログを持っていない人はいないわけで、それぞれの最新ニュースなどの情報もブログから発信されているのが当たり前という状況です。芸能レポーターも、ブログをチェックしていればいいわけで、ある意味楽になったのではないかと。
自分もまわりの影響でブログを書き始め、一般に公開してからだいたい丸3年になります。これは驚異的なことなのです。今まで、日記といえるものはつけたことがない。夏休みの宿題の絵日記でさえ、最後の数日間でまとめて書いていたわけです。
さすがに、今年になってからは1日に複数のエントリーをして投稿数を稼ぐというのは辛くなり、1日にひとつだけという形を守っています。このエントリーは1379投稿ということになりますが、1日ひとつでもネタを搾り出すのにけっこう苦労する。
最初はタダでできるクリニックの宣伝という意識が強かったので、とにかく一杯書いて少しでも検索にひっかかるようにしたいと思っていたわけです。
最近は、自分の日記としての役目のほうが大きいように思います。もちろん宣伝としての役割はいまだに大きいわけですが、3年も続けているとそれなりにブログの限界というのも見えてきている感じはします。
当面は、やめる気は毛頭無いのですが、どっちにしても実名ブログという形態である以上、書けることは多くの制約を受けるわけで・・・もっとも、匿名だったら何でも書いてよいというものではありませんが・・・誰でも楽しませる文章を次から次へと書くというわけにはいきません。
もっとも、そんなに書けるようなら、第二の渡辺淳一を目指して、文壇デヴューしているはず。実際はそんなに世間は甘くない。まぁ、気楽にできるだけ続けてみたいと思うのでした。
最近は有名人などでブログを持っていない人はいないわけで、それぞれの最新ニュースなどの情報もブログから発信されているのが当たり前という状況です。芸能レポーターも、ブログをチェックしていればいいわけで、ある意味楽になったのではないかと。
自分もまわりの影響でブログを書き始め、一般に公開してからだいたい丸3年になります。これは驚異的なことなのです。今まで、日記といえるものはつけたことがない。夏休みの宿題の絵日記でさえ、最後の数日間でまとめて書いていたわけです。
さすがに、今年になってからは1日に複数のエントリーをして投稿数を稼ぐというのは辛くなり、1日にひとつだけという形を守っています。このエントリーは1379投稿ということになりますが、1日ひとつでもネタを搾り出すのにけっこう苦労する。
最初はタダでできるクリニックの宣伝という意識が強かったので、とにかく一杯書いて少しでも検索にひっかかるようにしたいと思っていたわけです。
最近は、自分の日記としての役目のほうが大きいように思います。もちろん宣伝としての役割はいまだに大きいわけですが、3年も続けているとそれなりにブログの限界というのも見えてきている感じはします。
当面は、やめる気は毛頭無いのですが、どっちにしても実名ブログという形態である以上、書けることは多くの制約を受けるわけで・・・もっとも、匿名だったら何でも書いてよいというものではありませんが・・・誰でも楽しませる文章を次から次へと書くというわけにはいきません。
もっとも、そんなに書けるようなら、第二の渡辺淳一を目指して、文壇デヴューしているはず。実際はそんなに世間は甘くない。まぁ、気楽にできるだけ続けてみたいと思うのでした。
2010年7月12日月曜日
リスタート ~ あすなろ海水魚館
新装オープン。おっかなびっくり、海水水槽にまた魚を入れてしまいました。う~ん、どうやったら落ち着くのか・・・もぉ~、よくわからない!!
半分やけくそ・・・と、いうわけでもないのですが、とにかく一匹ずつ入れていると、絶えず縄張り争いがあるようで、一度に入れた方が縄張りが作れないのではないか、という安易な考えのもと、何事もチャレンジです。
今日から壮絶なサバイバルレースになるのではないかと戦々恐々です。うちの水槽で生き残っていける強い個体だけが生き残るのでしょうか。
今回タンクメイトとなったのは・・・
カクレクマノミ
フレームエンジェル
ハタテハゼ
ホンソメワケベラ
3匹のマンジュウイシモチ
ホワイトソックス
ユビワサンゴヤドカリ
普通に考えると、ちょっと入れすぎだろうと。そうなんです。入れすぎです。でも、多いと互いに縄張りを作れないので、後は魚の個性によるかなぁと思うんです。
強い魚、弱い魚、攻撃的な魚、いろいろ言われていますが、実際には魚の一匹一匹によってずいぶんと違うということです。もちろん個体の大きさによっても強さの関係が変わってきます。
ある程度のセレクトをした後は、最終的には、ぶっちゃけ「入れてみないとわからない」というのが本当のところではないかと思います。でも、一度うちの住人になった魚は、どれも可愛いので、何とか生き延びてもらいたい。
さらに、条件をよくするために、大きめのライブロックの導入と酸素不足にならないように空気付加の道具を追加しました。もう、あとは祈るだけです。ヨロシク!!
2010年7月11日日曜日
クリニック納涼会 べったこ亭@センター南
昨夜はクリニックの納涼会で、地元センター南のべったこ亭。まさにホームという感じで、飲んで食べて大いに盛り上がったわけです。だいたい数ヶ月に一度くらいのペースでクリニックの宴会をやっていますが、いろいろな店を楽しみたいので場所はさまざま。ところがこのべったこ亭は昨年に続いて、2回目の利用になります。
クリニックからあまり遠い場所は行くのが大変。近い場所は騒いでひんしゅくを買うかもしれません。その点この店は、すぐに歩いていけて、うちのクリニックの人数にはちょうどよい広さの個室が使えるので気兼ねがありません。
もちろん料理も大満足で、それなりにこだわりのある居酒屋メニューで、言うこと無しです。
今回は欠席者が無く、全員参加で大いに盛り上がりました。けっこう酒豪がいるのか、あっという間に焼酎のビンが空になっていたり、どんどんいろいろな色の飲み物が机に運ばれてきて、飲むわ飲むわ。
3時間以上大騒ぎして、あとは締めのスイーツ食べたさにサーティワンのアイスクリームの店へ突撃。冷たい甘味でちょっと冷静さを取り戻してから解散となりました。
スタッフの皆さん、来週からもがんばってね。ヨロシク!!
2010年7月10日土曜日
横山幸雄 / Beethoven Complete Sonatas
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ(通はベトソナと呼ぶらしい)渉猟の旅はずっと続いているのですが、こればかりはLPレコードの時代だったら到底難しい。なぜなら、経済的に厳しいということです。クラシックのレコード盤はだいたい1枚2000円から2500円、廉価版で1000円からという値段でした。すると、全32曲、およそ8時間分くらいになる全曲の入ったセットは最低でも12枚組みということになります。
普通に考えると、3万円以上するようなセットをおいそれと買うわけにはいきません。ところが今はCDで多くても10枚以内、しかも3000円程度から6000円くらいで手に入る。新譜であっても1万円程度ですから、まぁ大人買いができないくない程度。
おかげで、ずいぶんとそろってきましたよ。ケンブの60年代、アラウは60年代と80年代の2種類、このあたりが自分にとってはスタートであり基本となる音源。バックハウスは新盤ですが、一般には最も評価が高いが、どうも自分はあまり好きではありません。
歴史的にはシュナーベルですが、30年代ですが意外と音がいいけどやはり「歴史」でしょうか。アシュケナージ、バレンボイム、グルダ、ブレンデル、グールド、ギレリスという20世紀を代表する方々。女流ではアニー・フツシャー、マリア・グリンベル、タチアナ・ニコラーエワ。
今はベテランというところでは、グード、リル、コバセヴィッチ、プルーデルマッハー。ハイドシェイクはただいま注文中。現役若手どころではポール・ルイス、イリーナ・メジューエワ。
そして、すでに廃盤となり手に入らなくなって、ますます聞きたくなっていたのがこの横山幸雄だったのです。最近盲目の辻井君の師匠として注目されましたが、最近はショパンの全曲目を1日でいっきに聞かせるというギネス記録も樹立するなど、日本の現役ピアニストの中ではなかなか精力的な活動をする中堅どころとして貴重な存在。
1999年に連続演奏会を行いライブレコーディングされたものですが、当初からソニーの限定発売であっというまに廃盤になっていました。同レーベルのベートーヴェン全集の中に半分くらいの音源がはいっていますが、なんで全部いれてくれないのと嘆くことしかりであったのです。
今回は久しぶりにYahooのオークションのお世話になりました。もともと国内版で定価は2万円くらいだったものですが、中古で15000円。それでも安くはありません。しかし、なにしろ大変に評価が高い。
ひさしぶりに勇気をもってポチっとしてしまったというわけです・・・が、期待をうらぎりません。とにかく感覚が若い。勢いがある。力任せ的な弾き方という人もいるかもしれませんが、作曲者の年齢を考えると、初期のソナタは若いベートーヴェンの感性を代弁しているかのようです。
後期のソナタは、やたらと難しくとらえる演奏もありますが、横山は勢いを落とすことはなく、そこに円熟の味わいを追加してきたという感じでしょうか。なかなか聞き応えのある演奏です。さすがに世評が高いだけのことはある。
さらにすごいのは、このセットでは作品番号付きの曲も網羅しているというところ。WoO番号の「エリーゼ」はありませんが、ひととおりベートーヴェンのピアノ曲を楽しめるというのもポイントが高い。
いゃ~、さすがに奥が深い領域なので、こういう名演奏を探しているときりがありませんな。
2010年7月9日金曜日
レントゲン写真 Part2
レントゲン写真で思い出すことはいろいろあって、実は学生の頃からレントゲン写真を見るのが大好きでした。これは今でもそうなんですが、目に見えるものは理解しやすいのですが、見えないものは容易には信じられない・・・ということに関係しているわけです。これはいわゆる唯物論とは違うのでして、とにかくレントゲン写真には嘘が無いということなんですが、う~ん、うまく説明できません。
学生のときに唯一読了した英語の本がありました。それはDr.FelsonのChest Roentgenographyという有名な胸部レントゲン写真の基本的な解説書でした。これはレントゲンの基本的な理屈を説いた初心者向けのテキストでした。
とにかく、そんなわけで卒業前には本気で放射線科に入局しようかと思っていたこともありました。まあ、縁があって整形外科の門を叩いてしまったのですが、それからも画像診断については是非勉強がしたくて、研修医のときに特にお願いして放射線科をローテーションさせてもらったのです。
整形外科から研修医がくるのは初めてのことだったらしく、たぶんその後も自分の知る限りはいませんでした。さて、自分が放射線科に回ったのは、一番研修医が少なくなる3月から5月だったと思います。普通なら多くの研修医がいて楽勝の放射線科のローテーションですが、この時期だけは大変。
おかげで、多くのことをやらせてもらえて、自分としてはとても楽しかったわけです。まず午前中は胃の造影検査をします。今では古典的とも言える二重造影という方法で、慣れると5分くらいで一通りを撮影できるようになりました。これを10人くらいこなして、余った時間は大腸の造影検査。
午後からは血管造影検査があるとその手伝い。無いとひたすらいろいろな画像のレポート作成をします。時々リンパ管造影というようなマニアックな検査をやったり、とにかく暇な時間はほとんどありませんでした。
当時の放射線科の講師の先生が、お前は整形外科なので骨の単純写真のレポートも書けといわれ、大量の写真が自分のところに回ってきました。さらにMRI検査が導入される直前のことで、いきなり英語の解説書を渡され、他の研修医との勉強会用に訳して来いといわれて四苦八苦。
夜は消化器外科や内科のカンファレンスに放射線科として参加して、偉い先生方のやり取りをひたすら黙って聞いているわけです。やっと開放されて、整形外科の医局に遊びに行くと、「お前の書いたレポートがついていたが、間違いだらけだ」と先輩に怒られる。
でも、そういうことすべてが今の自分の肥やしになっているわけで、もう一度研修医からやり直すなんてことは勘弁してもらいたいと思いますが、放射線科だけならもう一回やってみたいと思ったりもします。
2010年7月8日木曜日
レントゲン写真
今こうやって整形外科をやっていると、レントゲン写真をよく使う。実際、レントゲン撮影ができなかったらお手上げ、商売上がったりになってしまうと思います。最近、レントゲン写真のデータの転送トラブルで、診察室で写真を確認するのに四苦八苦したおかげで、あらためてその重要性を再確認したというわけです。いろいろと試行錯誤した結果、何とか追加の出費をせずに回復することができました。
日本は世界で唯一の被爆国であるためか「放射線」という言葉には、時に過剰な反応を示すことがあります。レントゲン写真も、レントゲン線という放射線を使用しているわけですから、いろいろな誤解をもたれることが少なくない。
医療関係者でも撮影となるとはるか地の果てまで逃げていくような人がいますが、直接自分に向いていなければ1mも離れていれば被爆はほぼゼロ。だいたい、そんなに逃げ出さなければいけないようなものを患者さんに向けれるわけがないでしょう。患者さんに失礼というものです。
患者さんの中にも、レントゲンは怖いという方が時々いますが、晴れた日に外を歩いて自然と浴びている放射線の量に比べたら微々たる物です。さすがにCT検査ともなると使用するレントゲン線の量が多量ですから、毎日のように検査するとなると問題。
通常の数枚の単純撮影なら、年間何回という程度はまったく健康被害を考える必要はありません。それが危険だったら、自分を含めて大半の医者はとっくに滅亡しているというものです。
例えば骨折の手術では、手術中にレントゲンの透視をしばしば使いますが、たいてい骨折部分と一緒に支えている自分たち整形外科医の手も写っているものです。昔、医者の被爆を減らすために鉛を混ぜたゴムでできた手術用手袋の試供品を使ったことがあります。
おー、これなら安心だぁ、と呑気に手術を始めたのですが、いざ透視を見ようとしたら、画面の大半が真っ黒で何がなんだかわからない。つまり、鉛入りの手袋が画面の大部分に入り込んでいるため、肝腎のところがよく見えないということなのです。結局、普通の手袋に替えることにして、鉛入りはゴミ箱行き。
そうは言っても、できるだけ被爆は少ないにこしたことはない。無駄にレントゲンを使ってはいけないということは、大変重要なことです。
いろいろ教わった先輩医師が手術の助手に入ってくれたときに、今日は透視は使用禁止と言い出しました。どうしてもというときに、単純撮影をするだけでやれと言う。透視でワイヤーの位置などを確認しながら骨折のずれを直したりするので、透視を使えないということはほとんど勘だけでやるということです。
先輩曰く、しっかりと解剖学の三次元的な構造が頭に入っていて、術前のレントゲン写真を正しく理解していれば、透視に頼らなくてもちゃんとできるはずだ。とは言え、やはり大変でした。しかし、先輩が言いたかったことは、無駄にレントゲン線を出してはいけないということだったのです。
このことは、大変教訓になりました。本当に必要だと思うときは遠慮せずにレントゲンを使いますが、そうじゃないときはできるだけがまんする。それが患者さんのためになるということだったのです。
そんないろいろなことを思い出して、レントゲン検査のありがたさを再認識したわけです。
2010年7月7日水曜日
人工関節勉強会 @ 横浜ベイシェラトン
横浜ベイシェラトンホテルと言うと、なんか海の近くにありそうなネーミングです。
実際は横浜駅の真ん前にあるわけですあら、だまされたみたいな感じがします。でも、それはそれで悪くはありません。港北ニュータウンからは行きやすい。
さて、今夜は整形外科の講演会。人工関節のはなしでした。勤務医をしていたときは、せっせとやった手術でした。
特に股関節がすきで、あえて難しそうな器械を使ったりしたものです。
開業してからは、当然このての手術はまったくやらなくなります。そういう意味では、聞いても面白くはありません。しかし、患者さんに紹介するかもしれないわけですあら、それなりに知識のアップデートが必要です。
時代の変遷とともに、人工関節のコンセプトもいろいろ変わってました。自分の知っていたことから、そうはずれてはいませんでしたが、なるほどっというようなこともたくさん勉強できました。
それにしても、夕食なしで9時過ぎまではつらかった・・・
2010年7月6日火曜日
地域に密着するクリニック
このところの暑さというか、蒸し加減というか・・・
もぉ~、いやんになってしまいます。って、毎日同じことをぼやいてもしょうがない。
それにしても、話はどーんと変わりますが、地域に溶け込むクリニックという話。
開業してクリニックを始めると、「地域に密着」とか「地域に貢献」という言葉は嫌が応にも避けては通れない呪文のような感じです。
最初から、地域に密着した医療をしようと思っても、実際にどうすればいいか具体的なイメージを持つことができる医者はそうは多くないでしょう。
自分も実際にどういうことが地域に密着なのか、よくわかっていなかったというのが正直なところです。
医師会の仕事を通して、区役所や地域の中核病院との話し合いをいろいろやっている。市のケアプラザに定期的に顔を出すこと。
そういうことが増えてきたことも地域に根付いてきたことのひとつであることは間違いありません。しかし、患者さんとのコミニュケーションに勝るものはないかもしれません。
よくきていた患者さんが来なくなると心配。病院に来ないのがいいことなんですが、それはそれで心配なわけです。以前よく通院していた患者さんで、たまたま近くホームセンターで見かけると、あー元気だったんだと嬉しいものです。
初診はたまたま来たという患者さんが多いわけですが、再初診は違います。これはうちを選んできてくれるわけです。再初診の患者さんが多いと、それはうちの評価として素直に受け止めることができます。
まぁ、もうじき5年たちますので、やっと地域に密着するということが実体験として理解できるようになってきた気がします。もしかしたら、開業医としてやっとスタートラインについたのかもしれません。
もぉ~、いやんになってしまいます。って、毎日同じことをぼやいてもしょうがない。
それにしても、話はどーんと変わりますが、地域に溶け込むクリニックという話。
開業してクリニックを始めると、「地域に密着」とか「地域に貢献」という言葉は嫌が応にも避けては通れない呪文のような感じです。
最初から、地域に密着した医療をしようと思っても、実際にどうすればいいか具体的なイメージを持つことができる医者はそうは多くないでしょう。
自分も実際にどういうことが地域に密着なのか、よくわかっていなかったというのが正直なところです。
医師会の仕事を通して、区役所や地域の中核病院との話し合いをいろいろやっている。市のケアプラザに定期的に顔を出すこと。
そういうことが増えてきたことも地域に根付いてきたことのひとつであることは間違いありません。しかし、患者さんとのコミニュケーションに勝るものはないかもしれません。
よくきていた患者さんが来なくなると心配。病院に来ないのがいいことなんですが、それはそれで心配なわけです。以前よく通院していた患者さんで、たまたま近くホームセンターで見かけると、あー元気だったんだと嬉しいものです。
初診はたまたま来たという患者さんが多いわけですが、再初診は違います。これはうちを選んできてくれるわけです。再初診の患者さんが多いと、それはうちの評価として素直に受け止めることができます。
まぁ、もうじき5年たちますので、やっと地域に密着するということが実体験として理解できるようになってきた気がします。もしかしたら、開業医としてやっとスタートラインについたのかもしれません。
2010年7月5日月曜日
リカバリーショット
今日は午前中は閑で、午後は・・・なんとレントゲンのデータ転送が調子が悪く、それも手伝ってかず~っとわさわさして、なんか疲れました。
うちのクリニックでは開院当初から、デジタルプレートにレントゲン写真を撮影すると、ただちに読み取って、レントゲン用のサーバーに送ります。それを診察室から読み出すというわけで、1枚の写真なら1分程度、4枚なら数分で見ることができます。
自分の父親は撮影すると暗室で現像・定着作業をしてしばらく乾燥させてから見ていたことを考えると、夢のようなシステムです。
自分が医者になったころは、レントゲン撮影をして、結果は来週なんていうのが普通でした。それから自動現像機が普及して、だいたい数分以内に乾いたフィルムが出てくるようになって、画像診断は飛躍的に進歩したわけです。
フィルムと違ってデジタルデータとして画像を見れるようになって、画質をいろいろといじれるため、フィルムでは見れなかった部分まで参照することができるようになりました。拡大も思いのままで、診断には大いに役に立つようになったのです。
レントゲンの画像の専用フォーマットをDICOM(ダイコム)といいます。専用のサーバーはDICOM Server、診察室の画像を見るためのクライアントを含めたシステム一式をPACS(パックス)と呼んでいます。
実は数日前から、デジタルプレートの読み取り機からDICOM Serverへのネットワーク転送がエラーになりやすくなっていました。どうも原因がよくわからない。
今日は朝から、転送に時間がずいぶんとかかっていたのです。そこで、昼にServer PCの入れ替えをおこないました。もともとLinux baseの小型PCを使用していたのですが、このメーカーから別機を無償提供されていたのです。
とりあえずレントゲン用のネットワークに接続して、サーバー設定をして何度か再起動の後に稼動状態をチェック。まぁ、大丈夫そうだなというわけで午後の診療をむかえたのですが、いざ始まると・・・なんでこんなに時間がかかるんでしょうか。
結局、使用していたクライアント用のViewerも捨てて、使い勝手の悪いServerに搭載されているWeb baseのソフトを使用することにしました。でも、それでも一向に具合はよくなりません。
明日は、もう一度設定などを調整してみまますが、それでもだめならいよいよメーカーにヘルプするしかありません。大変便利になったシステムですが、いざとなるとこっちが使っているというより、使われているな気がしてきました。
便利と不便は表裏一体ということでしょうかね。特にこういう仕事で使っていると、いつでも不調時の代替方法も考えておかないといけないのが大変です。有効なリカバリーショットを放てないと、場合によっては診療がストップしてしまうかもしれませんからね。
うちのクリニックでは開院当初から、デジタルプレートにレントゲン写真を撮影すると、ただちに読み取って、レントゲン用のサーバーに送ります。それを診察室から読み出すというわけで、1枚の写真なら1分程度、4枚なら数分で見ることができます。
自分の父親は撮影すると暗室で現像・定着作業をしてしばらく乾燥させてから見ていたことを考えると、夢のようなシステムです。
自分が医者になったころは、レントゲン撮影をして、結果は来週なんていうのが普通でした。それから自動現像機が普及して、だいたい数分以内に乾いたフィルムが出てくるようになって、画像診断は飛躍的に進歩したわけです。
フィルムと違ってデジタルデータとして画像を見れるようになって、画質をいろいろといじれるため、フィルムでは見れなかった部分まで参照することができるようになりました。拡大も思いのままで、診断には大いに役に立つようになったのです。
レントゲンの画像の専用フォーマットをDICOM(ダイコム)といいます。専用のサーバーはDICOM Server、診察室の画像を見るためのクライアントを含めたシステム一式をPACS(パックス)と呼んでいます。
実は数日前から、デジタルプレートの読み取り機からDICOM Serverへのネットワーク転送がエラーになりやすくなっていました。どうも原因がよくわからない。
今日は朝から、転送に時間がずいぶんとかかっていたのです。そこで、昼にServer PCの入れ替えをおこないました。もともとLinux baseの小型PCを使用していたのですが、このメーカーから別機を無償提供されていたのです。
とりあえずレントゲン用のネットワークに接続して、サーバー設定をして何度か再起動の後に稼動状態をチェック。まぁ、大丈夫そうだなというわけで午後の診療をむかえたのですが、いざ始まると・・・なんでこんなに時間がかかるんでしょうか。
結局、使用していたクライアント用のViewerも捨てて、使い勝手の悪いServerに搭載されているWeb baseのソフトを使用することにしました。でも、それでも一向に具合はよくなりません。
明日は、もう一度設定などを調整してみまますが、それでもだめならいよいよメーカーにヘルプするしかありません。大変便利になったシステムですが、いざとなるとこっちが使っているというより、使われているな気がしてきました。
便利と不便は表裏一体ということでしょうかね。特にこういう仕事で使っていると、いつでも不調時の代替方法も考えておかないといけないのが大変です。有効なリカバリーショットを放てないと、場合によっては診療がストップしてしまうかもしれませんからね。
2010年7月4日日曜日
Captain EO
東京ディズニーランドがオープンしたのは1983年4月。あと2年で30年も経つんですね。当初は、名前はオリエンタル・ランドになるなんて噂もあって、なんじゃそりゃと思ったものでした。
当時はまだ学生でしたが、浦安といえば東京に近い千葉の漁業の町というイメージでしたか、とにかく生涯近づくことはないと思えるような場所でした。
さてさて、キャプテンEOは言わずと知れたマイケル・ジャクソン主演の立体映画のアトラクション。1987年にスタートしたもので、その前までやっていたあまり記憶に残らない富士フイルム提供の・・・う~ん、思い出せないくらいつまらなかった・・・に代わって始まりました。
とにかくいきなり小惑星がせまってくるリアル感には度肝を抜かれました。さらに臨場感を高める振動と360度の重低音、そして照明効果などで、もう興奮しないわけにはいきませんでした。
もちろんスリラーで飛ぶ鳥を落とす勢いになったマイケルも凄かったが、とにかく当時としてはこの中編映画を作ったのが、スター・ウォーズで一躍人気映画作家になったジョージ・ルーカスと地獄の黙示録やゴッドファーザーで有名なフランシス・コッポラというのが驚愕でした。
当時のアメリカのショービジネスで最も成功していた3人がディズニーのためにタッグを組んだのですから、その話題だけでもしばらく飽きません。また、赤と青ににじんだそれまでの立体映像とは違い、リアルな色彩のもとに超立体感を出した映像技術も驚嘆に値しました。
こどもが小さかった関係で、その頃は東京ディズニーランドへは何度か行ったので、行くたびに必ず見た覚えがあります。自分としては、一番のお気に入りのアトラクションだったかもしれませんね。
マイケル・ジャクソンが1年前に亡くなって、この7月からキャプテンEOが復活したということで、期間限定らしいですから、もう一度体験しておきたいような気もします・・・が、さすがに、もうこの年になるとディズニーランドはつらいです、ハイ。
当時はまだ学生でしたが、浦安といえば東京に近い千葉の漁業の町というイメージでしたか、とにかく生涯近づくことはないと思えるような場所でした。
さてさて、キャプテンEOは言わずと知れたマイケル・ジャクソン主演の立体映画のアトラクション。1987年にスタートしたもので、その前までやっていたあまり記憶に残らない富士フイルム提供の・・・う~ん、思い出せないくらいつまらなかった・・・に代わって始まりました。
とにかくいきなり小惑星がせまってくるリアル感には度肝を抜かれました。さらに臨場感を高める振動と360度の重低音、そして照明効果などで、もう興奮しないわけにはいきませんでした。
もちろんスリラーで飛ぶ鳥を落とす勢いになったマイケルも凄かったが、とにかく当時としてはこの中編映画を作ったのが、スター・ウォーズで一躍人気映画作家になったジョージ・ルーカスと地獄の黙示録やゴッドファーザーで有名なフランシス・コッポラというのが驚愕でした。
当時のアメリカのショービジネスで最も成功していた3人がディズニーのためにタッグを組んだのですから、その話題だけでもしばらく飽きません。また、赤と青ににじんだそれまでの立体映像とは違い、リアルな色彩のもとに超立体感を出した映像技術も驚嘆に値しました。
こどもが小さかった関係で、その頃は東京ディズニーランドへは何度か行ったので、行くたびに必ず見た覚えがあります。自分としては、一番のお気に入りのアトラクションだったかもしれませんね。
マイケル・ジャクソンが1年前に亡くなって、この7月からキャプテンEOが復活したということで、期間限定らしいですから、もう一度体験しておきたいような気もします・・・が、さすがに、もうこの年になるとディズニーランドはつらいです、ハイ。
2010年7月3日土曜日
TARKUS Classic meets Rock
これは、驚いた!!TARKUS (タルカス)とといえば、Emerson Lake & Palmer のプログレッシブ・ロックの名盤中の名盤。それをなんと、フルオーケストラに編曲してぶちかまそうという企画。
その昔、LPレコードの片面全部を使って20分以上にわたるロックシンフォニーに狂喜乱舞したものです。たった3人だけで演奏しているとは、とうてい思えない重圧感のある練り込まれた音楽には、心底まいったと思っていました。
72年の来日公演では、後楽園球場(?)での模様をテレビで見ましたが、レコードだらかできた演奏と思っていたら、ちゃんとライブでもやりきっていたのに感動しました。
EL&Pの演奏をパロったのがギタリストの成毛滋で、ドラムスにつのだひろ、ベースに高中正義を従えたフライド・エッグで"オケカス"という演奏を披露。タルカスのエッセンスをうまく拾い上げた演奏はなかなかのものでした。
今回のクラシック版を編曲したのは奇才吉松隆。否が応にも期待は高まります。まだ発売まで3週間余りあり、当然まだ耳にすることはできないのですが、面白くないわけがない。
いつものHMVで即予約を入れてしまいました。今年はEL&Pが来日公演をするそうで、タイムリーな企画でもあります。もともと、楽典知識がしっかりとしたEL&P(ロック・ミュージシャンには珍しい!?)の音楽ですから、むしろオーケストラに向いているような気がします。
2010年7月2日金曜日
あすなろ菜園 ~ 赤ちゃん
「ガルマは死んだ!! 何故だ!?」「ゴーヤだからさっ!」
と、いうわけでもないのですが、今年のあすなろ菜園は今のところ・・・まぁ順調です。
ミニトマトはかなり大きく育っていて、そろそろ花がいっぱい着き始めようとしています。じつは、これは患者さんに株をいただいたものなのです。こういう場合は、失敗は許されません。けっこう緊張して毎朝水遣りをすることになります。
今日始めて収穫をしました。鈴なりに生るミニトマトはなかなかきれいなものです。
ところが、期待していた枝豆なんですが・・・失敗です。今月半ばには駄目になってしまいました。プランターの深さが足りなかったのでしょうか。あ~、こいつでビールを・・・というのは夢となってしまいました。
そして、もうひとつ。ゴーヤは、順調です。どんどんベランダの手すりを広がっていて、存在感が強まっています。いくつか花も咲き始めました。今日、その中に赤ちゃんゴーヤを発見しました。
ゴーヤって、小さいうちからゴーヤなんだ(←当たり前だろっ!!)。ちいさいと味はどうなんでしょうか。もしかしたら、苦味が少なくて、食べやすいかも・・・なんてことを考えてしまいました。いくつか収穫できたら、若いゴーヤも是非食べてみたいきがします。
海水魚館に比べれば、ひたすら水を忘れなければなんとかなる菜園です。なんとか、患者さんにも配れるほど収穫ができるといいんですけどね。
2010年7月1日木曜日
海水魚館リセット
皆さん!! こんにちは!!
今日から7月です。2010年、上半期、いいことありましたか。それとも、これからの下半期に期待していますか。
自分の場合は・・・とにかく、毎日毎日をしっかり診療して・・・上も下もありません。毎日の積み重ねが、1ヶ月、1年となっていくだけです。
でも、それにしても、年を取ると月日がたつのはやたらと早いものです。あっという間に半年が過ぎ・・・
今日、最後のカクレクマノミが☆になりました。先週、水槽ほぼ崩壊状態となって大改造を行いました。全換水を行い、外部フィルターを交換し、クーラーを設置したのです。
これは当然かなりのリスクを伴うことは承知しています。つまり、フィルター内の濾材の中には、水槽内にたまってくる窒素化合物(主として排泄物)を分解するバクテリアが増えているはずです。
フィルターを換えるということは、この生物的濾過をゼロに戻すということです。しかし、いろいろな病原微生物が蓄積されている可能性も否定できない。藻の原因になる物質もだいぶたまっているはず。
水槽内に入れていたのはデッドロック(dead rock)でしたが、半年以上かけて「養殖物の」ライブロック(live rock)になっていることを期待していたのです。つまり岩の細かい隙間に必要な微生物がつまっていると考えました。
それと、水槽の広さからすれば限りなく少ない生体の数ですから、しばらくは大丈夫とたかをくくっていたのもあります。それにしても、イソギンチャクはなんとか保たれているようなのは、一体なんなんでしょうか。
一般的には、イソギンチャクの飼育は魚より大変と言われています。長期飼育できるというのは、挑戦者の限りない夢みたいなところがあるんです。そういう意味ではうちの水槽にいるシライトイソギンチャクは半年以内に半分以上が☆になっていることからすれば、けっこうがばっている。
それにしても、泳ぐもののいない水槽は寂しいです。イソギンチャク以外は藻の食べるということで最近投入したエメラルドグリーンクラブと、ついにうちのなかで最古参となったヤドカリが住人。
少し水が落ち着くまで待って、また一から出直しです。ここまで来たら、そうそう簡単には撤退できませんからね。
今日から7月です。2010年、上半期、いいことありましたか。それとも、これからの下半期に期待していますか。
自分の場合は・・・とにかく、毎日毎日をしっかり診療して・・・上も下もありません。毎日の積み重ねが、1ヶ月、1年となっていくだけです。
でも、それにしても、年を取ると月日がたつのはやたらと早いものです。あっという間に半年が過ぎ・・・
今日、最後のカクレクマノミが☆になりました。先週、水槽ほぼ崩壊状態となって大改造を行いました。全換水を行い、外部フィルターを交換し、クーラーを設置したのです。
これは当然かなりのリスクを伴うことは承知しています。つまり、フィルター内の濾材の中には、水槽内にたまってくる窒素化合物(主として排泄物)を分解するバクテリアが増えているはずです。
フィルターを換えるということは、この生物的濾過をゼロに戻すということです。しかし、いろいろな病原微生物が蓄積されている可能性も否定できない。藻の原因になる物質もだいぶたまっているはず。
水槽内に入れていたのはデッドロック(dead rock)でしたが、半年以上かけて「養殖物の」ライブロック(live rock)になっていることを期待していたのです。つまり岩の細かい隙間に必要な微生物がつまっていると考えました。
それと、水槽の広さからすれば限りなく少ない生体の数ですから、しばらくは大丈夫とたかをくくっていたのもあります。それにしても、イソギンチャクはなんとか保たれているようなのは、一体なんなんでしょうか。
一般的には、イソギンチャクの飼育は魚より大変と言われています。長期飼育できるというのは、挑戦者の限りない夢みたいなところがあるんです。そういう意味ではうちの水槽にいるシライトイソギンチャクは半年以内に半分以上が☆になっていることからすれば、けっこうがばっている。
それにしても、泳ぐもののいない水槽は寂しいです。イソギンチャク以外は藻の食べるということで最近投入したエメラルドグリーンクラブと、ついにうちのなかで最古参となったヤドカリが住人。
少し水が落ち着くまで待って、また一から出直しです。ここまで来たら、そうそう簡単には撤退できませんからね。
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